その子は亡くなった方が幸せだったと言われた

その子は亡くなった方が幸せだったと言われた

れおんのママ (2006-11-13 18:37 )
こんばんわ!みなさん
みなさんは、天使ちゃんの写真飾ってます?
私は、部屋に何枚かの写真・・
パソコンのスクリーンにも出るようにしてます。
携帯の中にもいっぱい入ってます。

昨日、夫が・・写真は、仏壇の一枚にした方がいい・・って
パソコンのスクリーンにも出ないようにしてました。

あんまり、写真とかをいっぱい飾ってると、れおんが
天国に行けないと言ってました。
なにかで調べたらしいのですが・・・

わたしは、部屋のあちこちに、れおんがいることで、
いろんな、れおんに話し掛けていたのに、、

私達には、ほとんど、れおんの思い出がありません。
たった、二ヶ月で天国に行っちゃたから・・

やっぱり、写真ばかり見て、泣いてるママだと
れおんが心配して、天国に行けないのかな?

話は変わりますが・・・
さっき、家計調査の依頼でおばさんが来ました。
話をしていたら、そのおばさんも、若い頃にお子さんを亡くされていて
その先輩からの言葉・・・
生きて行くなかで、バツ×はないよ・・
子供が亡くなった事は、悲しいことだけど、その子には
亡くなった方が幸せだったと・・

複雑な気持ちで聞いてましたが、たしかに、あのまま、れおんが
生きていたとしても、生後二ヶ月のちっちゃい体に、すごい量の
薬・・40度以上の高熱が二週間続き・・抗がん剤の副作用や、
後遺症の心配をしたのも事実です。
今とは違う苦しみが待っていたのかもしれません。
そう考えると、れおんが、痛みや、苦しみから、開放されただけでもれおんにとっては、×ではなかったのかな?

なんて書きながら、泣いてます

かなママ (2006-11-13 22:36 )
れおんのママさん、こんばんは。

家も写真はいっぱい飾っています。
娘のとてもいい笑顔ばかりです。

四十九日にお寺さんが
「これからのことは、こうしなくちゃいけないとか、こうするべきといったことはないですから、お父さんやお母さんがいいと思ってされることが、仏さまが一番喜ばれることでしょう。」と
おっしゃいました。

形にとらわれなくていい・・・
それぞれの考えでやるのがいいということなのですね。
だから、いろいろな考え方があっていいと思います。

まーくんパパ (2006-11-13 23:28 )
れおんのママさん>

写真いっぱいあったって、何も問題ないんじゃないですか?
僕も、携帯の待ち受けメイン画面とか、亡くなった二男の写真にしていますし、部屋の中にも一杯写真が飾ってあります。

天国へ行っても、いつでも一緒だよ、って思えるじゃないですか。
確かに遺骨とか、残しておくと、思いが残って成仏できないという考え方もあるとは聞きますが、気持ちの持ちようではないでしょうか。
いつまでも思っていてあげたい、思っていたいというのが、親の心情ではないかと思います。

二男は十ヶ月で永眠し、最期は安らかで、脳腫瘍ということもあって苦しまなかったと思うことが、救いと思うのは同じです。

逆に、忘れられたら、悲しむんじゃないかなあ、なんて思っています。

いつまでも一緒ですよ。

かな (2006-11-13 23:38 )
こんばんは。

うちは、遺影ともう1枚だけ写真を飾っています。
だけど、PCの中とか、日記とか、あちこちで娘が見えますよ。
車のカーナビの画面も娘です(^▽^;)

主人はPCの壁紙、携帯の待ち受けだって、私も主人も娘です。

飾っている写真が気に入らないと、娘が主人の夢に出てくるそうで、
そうすると主人は写真を入れ替えています。

私は、天使になった子供にすることでいけないことはないと思ってます。
写真を見て、かわいいねーとか、いーっぱい話をしたら、子供たちは、うれしく思ってくれるんじゃないかなー。
天国にいても、パパも、パパもきっと大好きだろうし。

はちひめ (2006-11-13 23:56 )
れおんのママさん、こんばんは。

それぞれの親がしたいように・・と思っても
ご主人と意見があわない場合は辛いですね。
同じ親でも、パパとママでは子供との関わりも役割も違うので、
悲しみ方も癒し方も違うのかな、と思うことがあります。
(まーくんパパに聞いてみたい!!)

うちは、主人がなんでも頭で考えるタイプ。
自分のこうしたいという気持ちよりも、こうすべきだ、というのが先に出てきてしまうんです。
今までの育児のなかではそれでも我慢してたけど、
お葬式の事、お墓のこと、戒名のこと、供養のこと・・
などは絶対に妥協できず、初めて「本音を言え~!」と迫って泣かせて(主人を)
それでことごとくぶつかってきました。

ご主人も、何かで調べて「そうなんだー!」と思っちゃって、
自分の気持ちに気づいてないのかも・・
でもママの方が一日中家に居るんだし、
家の中のことぐらい、ママの気持ち最優先でいいと思います。
(まーくんパパに聞いてみたい・・)

今は写真だらけにしてても、いつしか気持ちが落ち着いて
仏壇の一枚になる日が自然に来るのかもしれません。
それを、「パパが言ったから」と無理やり一枚にすると後々まで尾を引くというか・・。

私は、子供にとって死んだ方が幸せだったというのは、やはり好きではありません。
うちはもう子供で、幸せいっぱいに生きてた姿も知っているから、死んだ方が幸せなんてあり得ない。
「早く死ぬ子はエリートなんだよ。普通の人は長い修行(人生)を積むところ、短い間でいいところへ行くんだよ」というのはまだ許せますが・・。
それでも、泥だらけの人生でもいいから、長生きして欲しかった。

まーくんパパ (2006-11-14 0:26 )
はちひめさんへ>
「長生きして欲しかった」というのは、その思いは全く一緒です。大きくなっていく過程で、こんなこともできたよね、あんなこともしたかったよね、と思ってしまいます。

悲しみ方も癒し方も違う、というのは、それは個性があるから、そうだと思います。例えば、僕の場合、通夜~葬儀について、妻は宗教儀式をしたくないといい、実家は菩提寺と相談してちゃんとやらないと成仏できないといい、間に挟まれた僕は、折衷案として、通夜~葬儀はお寺さんを呼ばないけど、火葬の時には読経してもらうという実家にも納得してもらう形にしました。また、葬儀は家族葬という形をとったのですが、通夜の際に冒頭の挨拶:なぜ家族葬にしたのかと闘病の説明は僕がするから、締めの今後についての挨拶は、妻にしてとお願いし、最期は納得してやってくれました。
癒し方については、例えば、僕はブログとかこのHPで、書いたり愚痴ったりすることで、なんとか精神的な平衡を保っているところがありますが、妻にこのHPを紹介しても、見るだけで悲しくなるので嫌だといいます。こういうことを書いたら、また勝手にプライバシーを暴露して侵害と怒られかねないのが辛いのですが・・・

「一日中家にいるし、ママの気持ち最優先でいい」というのは、妻も「ずっと長い間一緒にいたんだから、私の気持ちを一番に考えてよ」といいますが、パパだって、過ごした時間の長さは違うにしろ、子どもを思う気持ちには変わりないと思うのです。特に共働きで、妻は関西に戻ってしまい、遺骨は12/2の四十九日まで僕のいる関東の実家で預かってもらっている場合、実家は浄土真宗で、「おつとめ(読経)」を行い、四十九日法要などするとしている一方、妻は法事は一切いらない。心の中にずっといるから何もいらないと主張しても、それは通らない話なのではないか、と議論になります。ここらへんは、とても難しいと思いますが、ぞれぞれ意見をいって、どこかで妥協しながら、折衷案を模索していくしかないのではないでしょうか。

パパだって、子どもが大好きで、いつまでも一緒にいたかったんです。その思いを、妻の方が気持ちがより深いというのは、ちと違うんではないかなあ、とは思います。確かに、お腹を痛めた分、母乳をあげている分、違うというのは一理あるとは思いますが、父親には父親の接し方もあると思うし、遊んだり刺激を与えたりするのは、父親の方が優れていると思うし・・・・

でも、今の社会、父親の接し方というのは、とっても難しいとも思います。奈良の田原本で、父親が厳しく、名門中学に入った子どもが放火して、母親たちが亡くなってしまった事件など、とても悲しくなります。生きていれば、いろんなことができるのにね。

聞いてみたいという問いへの答えになったかどうか、今後とも、よろしくお願いします。

いちご (2006-11-14 15:24 )
みなさん、こんにちは。

我が家も沢山写真を飾っていますよ。
きょうだいがまだ小さいので何も言いませんが、分かるようになったら「なんで姉ちゃんの写真ばっかりなの?」と文句を言いそうなくらいです^^;
休日のたびにフォトフレームを買ってくるので、もうそろそろ飾る場所がなくなるくらいです。
主人とも、あの写真可愛いね、とか色々話します。

皆さんと同じように、携帯の待ちうけも娘と一緒だし、
携帯のストラップも2個娘です(笑)
パソコンは壁紙でなく、スクリーンセーバーを娘にしています。

さすがに主人はストラップは見られちゃうのでちょっと^^;
と言って、携帯の待ち受けと、キーケースの中に写真を入れられるキーホルダーに娘と遺髪を入れて持ち歩いています。

私もお空にいる子どもの事で、してはいけない事はないと思います。
ご自身の信じている宗教があれば色々とあるかもしれませんが、我が家は無宗教なので、自分たちの心のままにしてきました。
我が家は無宗教なので、位牌もいらない。
お経もなし。法事もなし。線香も御焼香もせず、葬儀の時は献花にしました。
お経をあげない代わりに、娘の好きな曲を葬儀の間流し続けたり。
今も主人は一切お線香はあげません。
遺影や遺骨に実際に手を合わせる姿も見たことがありません。
多分、私の見えないところで、娘に話しているのでしょうね。

私の主人も自分の感情を出さない人です。
普段の生活やいろいろな事を私の気が済むようにしていいよ、と言ってくれるのですが、葬儀の時は来てくれたお友達に配りたいものがあったようで、配っていました。
母親である私がやってあげたいことがあるのと同じように、パパもあったんだ、と娘が旅立って始めて気が付きました。

入院中も会いたくたって、週末しか会えない。
状態が悪い時は、心配で心配で飛んできたくても、会社もあって自由に会いに来れなかったでしょう。
だから、娘が亡くなった後も、
「俺は週末しか会ってなかったから、まだ病院にいる気がする、病院に行けば会える気がする、信じられないなぁ」と言っていました。
そういう面で言ったら、ずっと娘のそばにいさせてもらった私のほうが、パパよりも何倍も幸せだったのかもしれないなぁと思ったりします。

最後になりましたが、「亡くなった方がいい」という考えは私も反対です。
そんなことあるわけないじゃない、と思ってしまいます。

娘は一時期、良い兆しが見えたものの、たとえ乗り切ったとしても、人工呼吸器を外せない、外せたとしても酸素をずっと使うような形、と言われていました。
それでも、私たちには光が差したように思えました。
どんな形にせよ、生きていて欲しかった。

それが全てです。

cacao (2006-11-14 18:54 )

こんにちは。
うちも写真たくさん飾ってありますよ。
毎日「天国でおなかいっぱいみんなとなかよく楽しくにこにこすごしていますように」と祈っているので楽しくやっていてくれてると思っています。

うちの子もれおんちゃんと同じ乳児白血病だったのですが、
多分おなかの中にいた時から病気になっていたのだと思います。
今は、もしかしたらもっと早い段階で流産という形になっていたかもしれないところを、頑張って顔を見せてくれたのだなと考えています。
そんなふうに考えてみると、短い一生であったかもしれないけれど、精一杯全うしてくれたんだと思えます。
れおんちゃんもパパとママにかわいいお顔をみせられるように生まれてきてくれたんだと思います。
上手く伝えられませんが、人それぞれに運命があって長さだけじゃないんじゃないかと思います。

れおんのママ (2006-11-14 19:56 )
みなさん、いろんなご意見ありがとうございました。
やっぱり、れおんの写真はそのまま、出しておこうと思います。
夫が帰ってきたら、話してみます。
そうですよね!見える所にれおんが居てくれると安心だもん ・・
ほんとに・・いつまでも、一緒ですよね

まーくんパパさん!こんばんは
ご意見を聞かせてください。
私の夫は、めちゃくちゃ泣き虫なんです。
れおんが白血病と解った時、号泣・・
病室でも毎日の様に二人で号泣・・・私よりよく泣いていたかも・・

いつのころからか、私の事を思ってか、
泣かなくなりました。
泣いている私を元気ずけてくれていました。

れおんが天使になった時も別人のように強くなっていて
泣き崩れることもありませんでした。

そして、いまだに、れおんの、DVDを見ては、泣いている私を
なだめる事はしても泣かないのです。

わたしは、パート先や家で、感情にまかせて、泣く事が
できますが・・
夫は、仕事先はもちろん、泣きたくても泣けない時が
多いんじゃないかなーって心配です。

仕事に追われて、忙しい毎日です。
精神的にも、ガマン&無理をしてないでしょうか?

まーくんパパ (2006-11-15 2:07 )
れおんのママさん>

こんばんわ。夜勤の仕事が終わって最終電車で帰り、遅くなりました。確かに、仕事先では、忙しくもあり、また、悲しんでいる姿をみせるわけにもいきません。れおんのパパさんも、そうだと思います。ただ、それが我慢&無理かどうかといえば、そうした環境の中で、しだいに受け入れているのかも知れません。

キューブラーロスさんの本「死の瞬間」「ライフレッスン」、アルフォンス・デーケンさんの本「死とどう向き合うか」「よく生きよく笑いよき死と出会う」など読みながら、「悲嘆のプロセス」には、いろいろあるのだと思います。初めはそんなはずはないと「否認」し、なぜこの子がと「怒り」、こうすれば助けてと「取引」し、どうにもならないと「抑うつ」になり、そして受け入れて「受容」する・・・「受容」まで長い月日がかかる人がいれば、数ヶ月程度の人もいる。それぞれ個性だと思います。そして、事件や事故で突然亡くなった場合には、このプロセスはもっと長くなるようです。病気の場合には、ある意味、心の準備ができる場合もあり、れおんのパパさんも、「受容」するようになったのかも知れません。
男性は、これまでの社会では人前で泣くなという教育も受けてきていますから、そういうことも影響しているのかも知れません。

僕自身、以前ほどは泣かなくなってきました。ただ、ふとしたきっかけで思い出したり、人の優しさを感じたりして、じーんと泣きたくなることもあります。ただ、泣いてばかりもいられない、というのが、仕事をしている場合の実情です。その折り合いをつけながら精神的に平衡を保とうとすると、泣かなくなってくるのではないでしょうか。

きょうは月命日、ちょうど1か月たちますが、もっと昔のことのようであり、またついこの間のことのようでもあり、この時間感覚がなんともよくわかりません・・・・

答えになっているかどうか?お役に立てれば幸いです。

れおんのママ (2006-11-15 19:56 )
まーくんパパさんへ・・
大変、お役に立ちましたよ
ありがとうございました。

やっぱり、男の人は、大変なんですよね。
いつまでも、やさしい気持ちを忘れないで、支えあっていきたいなー

これからも、いろんな、意見をお聞かせくださいね

カテゴリー: 人間関係

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