元気なお子さんがいる人とのふれあいは心にダメージ

元気なお子さんがいる人とのふれあいは心にダメージ

pp (2016-4-26 11:54 )
昨年末、一人っ子を小児がんで亡くしました。
およそ3年半の闘病の末、でした。
長い闘病期間と、病気のことを理解していくうちに覚悟は何度も何度もしましたが、人前では冷静ですが、一人になると悲しみに襲われます。
百箇日法要も終え、新年度になり誘われていた仕事を始めました。
義両親と同居で、家にばかりいても息が詰まるのでありがたい話でした。
しかし、元気なお子さんがいる人とのふれあい、なかなか心にダメージがあります。
私の心が狭いせいなんですかね・・・
じゅぴたー (2016-4-26 22:47 )
ppさん

こんばんは
昨年末、
同じ頃に、悲しみと大変なことに追われていたんですね。

一人っ子さんで長い闘病、本当に辛いこと多かったことと思います。
おいくつでしたか?
小さければ、あまりにも可愛そうだし、
我が家の娘のように、大人になってからでは、
思い出が多すぎて、それもとても辛いです。

どんな場合でも、我が子を失うほど辛いことは、この世にはないと思えるほどの4ヶ月でした。

pp (2016-4-27 8:51 )
>じゅぴたーさん
ご返信ありがとうございます。
子供は、9月に6歳になったばかりでした。
ずっと頑張ってくれたのですが、願いはかなわず・・・
元気でいてくれたら、小学校に入学していました。
黄色い帽子をかぶって桜の下を歩いている同年代の親子を見るのはまだまだ私にはつらい事で、目を逸らしてしまいます。
ここまでできることはできる限りしてきたとは思っていましたが、その先の時間を作ることができないのは仕方のないことだとわかっていても残念でなりません。
しかし、生きる希望も目標も目的もなくなっても、生きていかなくてはならないんですね・・・このままではいけないと思いながらも、この気持ちは一生なんですよね・・・

大人になっていても小さい子供でも、親にとっては大切な子供です。じゅぴたーさんも、一緒にいた時間が長かっただけ、思い出も多くおつらい事と思います。

じゅぴたー (2016-4-27 22:15 )
ppさん

こんばんは

6才。
本当に可愛い盛りでしたね
小さな社会に初めて飛び込んでいく小学校
行かせてあげたかったですね

今でも入学式の日の娘の小さな姿が目に浮かびます
張り切っていたと思っていたのですが、写真には笑顔がなくて???
我が家は、娘の入学に合わせて引っ越したので、
お友達が一人もいなく、きっと不安だったのでしょうね
最近、やっとアルバムを整理して初めて分かったことでした

元気な時は子供の心なんて本当に分かってなかったダメ母です

子育てしているときは、本当に色んなことありました
成長するなかでは、親も子も泣いたり叫んだりもあったんですよ
苦労して育てて本人も頑張って生きて、
社会でも人間関係に悩んだりしながら本当に頑張ってました
それなのに、、、。

なんて、また思い出しては後悔ばかりです

けど、それでも、
朝が来ると、お仏壇にご飯をあげ、お花の水を換えて、
バタバタと用意して、仕事に出ます

この4月から復帰しました
6才のお子さんと毎日一緒に過ごしています
このサイトでは本当に不思議な御縁を感じてばかりです
 
ppさんのお子さんが6才だったなんて、本当に驚きました
私が見守るお子さんと共に、ppさんの可愛いお子さんも感じながら、
明日から過ごそうと思います

前向きに生きることは正直、できる日は遠いかも知れません
けれど、ここに来ている天使の家族は、
手離さなければならなかった可愛い子供が、
どれだけ頑張って短い人生を生きたかを忘れず、
これ以上に子供を悲しませたくない想いだけで、励まし合って生きていくだけだと今は思ってます

その中でも笑える時間もあります
笑ってる自分に罪悪感を感じて悩む日もまたあります
けれど、皆、同じ想いです

一緒に少しずつ進みましょうね

マサコ (2016-4-28 10:45 )
ppさん、私もじゅぴたーさんが言われた言葉に心打たれました。

手離さなければならなかった可愛い子供が、
どれだけ頑張って短い人生を生きたかを忘れず、
これ以上に子供を悲しませたくない想いだけで、励まし合って生きていくだけだと今は思ってます。

涙も枯れることはなく、哀しみだってなくなることはないけど一人で抱える気持ちをここで共有できたら、ここでしか言えない毒舌を吐いてもきっとみんなわかってくれるって思います。
私たちだけが知ってるあるある話なら共感できる人がここにはたくさんいますから。

私は昨年の6月に娘を旅立たせました。
ここで、私一人じゃないって思いました。
私も不思議な御縁を感じた一人です。
お顔も知らない人たちばかりなのに今まで友達付き合いしていた人たちより
何百倍も何千倍も頼りにしています。

私たちはこんなに苦しいけど、子供たちは今幸せだと信じています。
どんなに哀しくても私たちの心もちょっとずつ柔らかくなるそうです。
まだまだカチンコチンの私が言えることではないかもしれませんが(-_-;)

チョコ (2016-4-28 16:16 )
私も、じゅぴたーさんマサコさんの言う通りだと思います。娘たちは、短かったけど自分の人生を精一杯全力で駆け抜けました。そして、たくさんの幸せを残していってくれました。ありがとうを何回言っても言い足りません。
人を幸せにするって、こういうことなんだと身をもって表現してくれました。本当に感謝しています。

娘が元気だった頃は、考えもしなかった当たり前のことが、こんなに有り難く素晴らしいことだということを教えてもらいました。人生観が大きく変わりました。

あまり嘆いてばかりいると娘が心配する。だから、思い出を胸に綺麗にラッピングしてずっとずっと心の中にしまっておきたい!
辛く苦しい時、ここにいる仲間とおしゃべりをしてお互いに助け合って生きていきたいですね。
人は経験しないと分からないことが、まだまだたくさんありますね。同じ痛みを持った者でしか分からないこと、また、吐き出させてくださいね!

そうは言っても…
今日、娘とよく行った仕事場に行ってきました。車窓から見る景色は変わらないのに、ここにいるのは私だけ…
どこに行っても何をしていても、虚無感につかまります。
多分、この思いは一生続くのでしょう。
ただ、上手に付き合っていける日が来るのかなぁ?
また、宜しくお願い致します。

pp (2016-5-2 19:01 )
>じゅぴたーさん
こんばんは。ご返信ありがとうございます。
闘病のため保育園にも行ったことのなかった子なので、小学校・・・通えたのかな・・・
心配で毎日ついていきそうになっていたと思います。
本当に、元気な時はこんなこと思わなかったのに、ああしてればよかったこんなことしなければよかったと後悔の連続です。
前向きに・・・今は考えられないですね・・・
何かで笑うことがあっても、心の底には冷たい湖のようなものがあって、どこかでひんやりとしながら笑っているというか。
しかし、子供のことは忘れず、何とか少しずつやっていかないとなと・・・悲しませるようなことはできないので生きている、まさにそんな状態です。
連休も去年を思い出してしまい、つらい時間です。仕事をしていると気がまぎれるというのはありますね。
戻りながらも少しでも進んでいきたいです。

>マサコさん
ご返信ありがとうございます。
ここでしか言えない毒舌・・・ありますね・・・
本当に元気な同世代の子供を見ることのつらいこと・・・人の幸せを願えないような私ではこの先どうなるんだろうとか色々と・・・
いろんなお母さん友達だった人との連絡も滞りがちです。
子供はときどき夢には出てきてくれます。どうかどうかもう痛いこと苦しいことのないところで楽しく暗いていてくれることを願うばかりです。
治ってほしい一心で辛い治療もさせました。そのことも申し訳なく後悔したりする日々です。
まだ、柔らかくなる気配を感じられない私ですが、そういう時期だと思うしかないのかな・・・

>チョコさん
ご返信ありがとうございます。
本当に、子供には今までになかった幸せを感じさせてもらうことができました。
失うことになって、こんなつらい思いをするなら最初からいないほうがよかったかといわれると、絶対にそんなことはないです。いてくれてよかったです。
辛く苦しいとき、周囲に話せる人もいなくしまい込んでいくとどんどんどんどんその感情は大きくなって、だんだん羨望なんかに変わっていってしまうのを感じるのです。そしてますます、という繰り返しで・・・
こうやって聞いていただけるのは本当にありがたいことです。
よく出かけていたところに一人で行くの、辛いですね。本当に虚無感に襲われます。
私はいまだに車からチャイルドシートを外すこともできずにいます。いつもいっしょだよ!と思う反面空っぽのシートを見ると悲しくもなります。でも外せません。
いつも心に子供を抱いて、いろんなことをしていろんな人とお付き合いを再開なんて、まだ私には難しそうです。

カテゴリー: 人間関係

コメントはまだありません。最初のコメントを投稿しませんか.

コメントを残す

ログインしていない方のコメントは、管理人の承認後に公開されます。

コメントとお名前を入力してください。

メールはこちらから

お問い合わせ