自殺方法をネットで検索してしまいました

自殺方法をネットで検索してしまいました

sayamama (2014-7-14 15:42 )
先週末から、精神的にかなり凹です。
こちらでは、自分なりに「こうなりたい」と思いつつ強気に書いていましたが、本当の私はすごい弱虫。あんなに娘は頑張ったのに、母親失格の私です。

本音はね、もう死んでしまいたい。今すぐ娘に会いに行きたい。自殺じゃ娘の所に行けないとか、もうどうでもいい。娘のいない世界で、生きているのが辛い。今日は朝から洗濯だけはしましたが、あとは何もする気にもなれず寝てました。昼も食べる気にならず・・・。また痩せちゃうね。

でも餓死するのは大変でできないし、だとしたら入院したら、家族に迷惑かけてお金かかっちゃう、と思って、スーパー行ってチャーハン買って食べました。ついでに夕食のおかずも買って・・・。死にたいと思いながら、今日も生きる糧を買っている自分、矛盾してる。でも頑張って仕事した夫には、食事作ってあげないといけない。

家の中も汚いから掃除もしないといけないし。ああ雨降ってきたから洗濯ものを片づけないと・・・・。
ここ3日間、自殺方法をネットで検索してしまいました。その結果わかったのは、確実に楽に死ねる方法なんてないってこと。自殺未遂して障害者になっちゃう人が多いってこと。だから自殺はやっぱりしちゃいけないんだってこと。

でも娘に会いたいよ。会いたくて会いたくてたまらない。いっそ気が狂った方がマシじゃないかと思います。

自死で娘さんを亡くした人のブログに、「自分が辛いと思うのは、自分がそう考えるから」と書いてありました。だから「私には夫がいる、一緒に住んでないけど息子もいるし母もいる、私は幸せ者だ」と思おうとしました。でもやっぱり娘がいなくて辛い、という思いがふつふつと沸いてきて。

この13年間、ほとんどいつも一緒にいた娘。なんでいないの?どうして?母に「自分の人生を生きないと、何か楽しみをみつけなさい」と言われますが、この13年間私はひたすら娘のために生きてきて、娘が私の楽しみだったのに。他に何もみつからないよ。

ゆきぴー (2014-7-14 16:42 )
sayamamaさん
私も全く同じことをして一日が終わろうとしています
ネット検索も洗濯以外何もしていない事も

この苦しみだけは 時間も解決してくれない
日に日に心の穴が大きくなっていくように思います
どうして なんでと遺影の前でそればかりです

sayamama (2014-7-15 20:58 )
ゆきぴーさん、本当にいつになったら、この苦しみが少しはマシになってくれるのでしょうね。1周忌すんだらとか思ってましたが、心の穴は本当に大きく深くなってきたように思います。

今までほかのサイトや娘がいた病院仲間で、お子さんを亡くされたお母さんたちとも知り合いましたが、みなさんそれはそれはそろって前向きな方たちばかりで、「なんで同じ苦しみ悲しみを負っているのに、私だけこんなに引きずるんだろう」と劣等感に苛まされていました。でもこのサイトでは、私と同じ思いをされてる方も多くいらっしゃり、自分だけができそこないではないんだ、と思えるようになりました。

私の娘は亡くなる前非常に苦しんだので、今の私の苦しみは、本来娘が味わうはずだったものを、代わりに神様が私に与えたのだと思うようにしています。もちろんそれで苦しみがマシになるわけではないですが、娘が苦しむよりはまだ耐えられるかも、と思います。わが子が苦しむ姿だけは、親として耐えられませんものね。

ゆきぴー (2014-7-18 22:23 )
sayamamaさん
今の苦しみ 娘のかわりに。。。という考え方私も使わせてもらおうと思います
写真をいつも持ち歩けば娘と一緒にいれる気分になれるのではとか
遺骨ペンダントがあれば 少しは気持ちが落ち着くのではとか
いろいろ 思いましたが やはり心の穴は埋まりませんね
当たり前ですが。。。
ひたすら耐える しかないんでしょうかね
ROCO (2014-8-18 22:00 )
私は先月に長男が天国に行きました。二次性白血病でした。
本当に、自分なんじゃないかと思うぐらい気持ちが同じです。
あんなに苦しんで、一言もしゃべれずいってしまいました。
もう一度しゃべるなら、今の命はいりません。
神様が本当にいるならあんな素敵で優しい子を連れて行くわけがありません。世の中の思想をすべて受け入れる事すらできないです。
子供をなくすことは、未来を失う今、実感しています。
トマト (2014-8-19 18:50 )
ROKOさん
私も6月に息子が天国へ行きました。二ヶ月になります。激しい悲しみから静かな悲しみに変わってきた様に思います。でも、買い物に行き同い年位の日焼けした元気な男の子を見ると、何故、息子だけが、息子がこんな事になってしまったのか。。。苦しくて辛くてたまらなくなります。カロートペンダントを四十九日が終わり着ける様になり辛くて悲しい時は握りしめて耐えてます。ROKOさん寝れてますか?私は昼も夜も寝れない日々が続き眠剤を処方してもらい眠れる様になりました。天国の息子に心配かけない様に寝る事と食べる事はしていかなければと思ってます。私もこのサイトに出会えて私一人じゃないんだと。。。辛くてたまらない時はこちらのサイトを見させて貰ってます。うまく伝えられなくてごめんなさい。
ゆきぴー (2014-8-20 10:53 )
こんにちわ
お盆も終わり 時間だけが過ぎていきます
自分だけがあの時から進んでいないように思います
でも 確実に1日1日あの子のいるところに近づいているんだと
自分に言い聞かせて過ごしています

こんなに医学が進んでも治せない病気 たくさんあるんですね
悔しいです

カロートペンダントがあると 少しは落ち着きますか?
一緒にいる気持ちになれるかなと私も考えているのですが
なかなか 行動に移せなくて。。。
以前なら 思ったことをすぐ行動していたと思うのですが
何もやる気が出ず 一日中ぼーっと終わる事が多くて
今は小さな写真と私の誕生日にくれた手紙をコピーして
いつも持っているのですが
ペンダントならいつでも握りしめられますよね

sayamama (2014-8-20 17:40 )
今日は娘の22回目の誕生日でした。生きていたら、プレゼントねだられたただろうなあ、と思うと、無言で鎮座している遺骨しかないことが、哀しくて悲しくて・・・・。

引っ越してからすごい回りが田舎で、ケーキ屋さんもないので、車で片道30分かけて大手のスーパーに初めて行ってきたのですが、花屋もケーキ屋もなくて、結局スーパーの切り花と、生前娘が好きだったとはいえ安物のゼリーを買ってきました。それ以外に見つからなくて。なんだかすごく手抜きの誕生日で、娘に申し訳なくて・・・。

でも文句を言ってくれるわけでもなく、生前のように家族で外食して楽しくお祝いしてあげられるわけでもなく、本当にさびしくて辛くて、朝からともすれば泣いてばかりです。

今夏休みなので、スーパーでは当然ながら、たくさんの母子連れがいました。なのに私は一人。なんで娘がいないの?なんで?
元気なお年寄りもいました。どうしてこんなお年寄りの方も元気で生きてらっしゃるのに、娘はたった20歳で人生を終えなければならなかったの?とたくさんの思いがあふれてきて、思わず涙ぐみながら急いで帰ってきました。

私がもっと気をつけていれば、娘はいなくなることはなかったんじゃないかと、やっぱり自分を責めてしまいます。

「見えなくても、いつもあなたのそばにいるんだよ」「生きたかったお子さんの分まであなたが頑張って生きなければ」「これが運命だったのだと諦めて」「自分を責めたって、天国のお子さんは喜ばないよ、お母さんが明るく笑って幸せになることを望んでいるよ」

回りの人からいつも言われる言葉です。その通りなんだろうなと思いつつも、自分を責め、いつも一緒にいた娘の存在を感じられないことに悲しくて、涙する毎日から脱することができません。
こんな日々をあと何十年耐えなくてはいけないのでしょう。

娘の代わりに私が死にたかった。娘のいない今、私も娘の所に行きたい。

ゆきぴー (2014-8-21 0:00 )
22歳のお誕生日だったんですね
おめでとう。。。直接言ってあげたかったですね
うちは21歳のお誕生日が亡くなってから過ぎたばかりなので
1歳お姉さんですね

気持ちが曇りなく 綺麗に晴れることはもうないのでしょうね
どこか気晴らしに行きたいところとかないの?
とか言われる事がよくあります
にっこり笑ってスルーしていますが 心の中で娘のところと
言っています

トマト (2014-8-21 13:47 )
1日1日天の息子に近づいていると考えたら少し朝目が覚めた時に気持ちがましでした。カロートペンダントは、私は心がざわざわするときに握りしめて自分に言い聞かせる様に、息子に話しかける様に心の中で語りかけてます。お風呂にはいる時以外はずっと一緒だと自分におまじないの様に毎日何回もペンダントを触っています。私はペンダントを付けてから少しだけ少しだけ寂しさが減った様な気がします。

天国の子供の誕生日。。。息子は誕生日すぎてすぐに天国へ行ったのでまだですが、想像しても涙がでます。どんな病気であれ、年齢性別であれ子供に先立たれた母親はこれからの人生、生地獄だと思ってしまいます。
今日は久しぶりに晴れてます。息子が天国へ行ってから晴れてても雨でも暑くてもどうでもよくなりました。自分の一部も死んだのかもしれません。
自分の全てが息子の所に行ける日が待ち遠しいです。
光が見える日が、自分や天使のママ達皆に来ることを
祈ってます。

sayamama (2014-8-21 18:06 )
ゆきぴーさん、御嬢さんはうちより1歳年下だったのですね。ではちょうと姪と同じ年です。その姪は私の弟の娘だったのですが、先々月20歳で結婚しました。いとこ同士なのに、片方は20歳で人生を終え、片方は同じ年で新しい人生を踏み出すなんて・・・。

ちなみに結婚式は、当時の私の住まいから電車で1時間ほどのホテルで挙げたのですが、親族なのに私達夫婦だけ招待されませんでした。結婚する事も弟から直接は言ってこず、母経由でした(すぐお祝いを送りましたが)。

弟なりに気を使ったのだろうと思います。私達も結婚式に出たかったわけではありません。でもちゃんと言って欲しかったな、式への招待も、勝手に決めつけずに相談してほしかったな。娘はその従妹がすごく好きだったので、生きていたら、きっと何かお祝いを、得意のビーズででも作っただろうと思います。

弟のお嫁さんも私も4回妊娠して、1度流産し、3回出産したのですが、私はそのうち2人を亡くし、弟の所は3人とも健康に育ってます。正直うらやましいです。なぜ姉弟なのに、こんなにも違うのだろうと思ってしまいます。なんていやらしいんだろう。娘がいなくなって、性格も歪んできてしまった私。

先日は義姉に「sayamamaさんは偉いわねえ。私だったら子供亡くしたら生きてられないわ」と言われました。私だって死ねるものなら死んでしまいたい。だけどそう簡単に死ねないから苦しんでいるのに。

またある友人からは「花子とアン見てる?子供亡くなったよね」とわざわざ電話が・・・。子供亡くしたのは私だけじゃないと言いたかったのかな。以前もその友人は「子供欲しくてもできない人もいるんだから、あなたは子供授かって育てる喜びを与えられただけいいじゃない」と言われました。その友人は確かに不妊治療してましたが、めでたく娘を授かり大学に行ってます。私を慰めようと言ってくれてるのでしょうが・・・。

娘がいなくなり性格がどんどん暗く悪くなっていくようで、娘に申し訳なく思います。

トマトさん、本当に早く子供のもとに行きたいですね。でも1日がすごく長くて、こんな日々をあと何十年もたたないといけないのが辛いです。

とろサーモン (2014-8-21 19:18 )
素通りできず、突然すいません。
皆さんこんにちは。

義姉の
私だったら子供亡くしたら生きてられないわ

最低……。
あり得ない言葉だと思います。

sayamamaさん、周りからの慰めだか何だか分からない言葉は全て聞き流しましょう。誰もわかってくれないし、誰も助けられないところに私達がいることを、ただ知らない無知な方なんです。私だってここには書けないほど、人を羨み、妬み、同じ思いをすればいいのに…とひねくれた思いもあります。
同じですよ。皆ここに集まる人は同じ思いと闘ってます。

それでも、一日一日を終え、子供に会える日が近づいたことを励みにしています。
あの子が辛い思いをしていることが一番辛いことだったから、今の自分の哀しみは二番目に辛いこと。かあちゃんがんばってるやろ??と、遺影に話し掛けてます。
カロートペンダント、私も身に付けてます。
いつも一緒。
いつも一緒だよ。

みどり (2014-8-21 21:23 )
みなさん、こんばんは。5ヶ月前に19歳の娘を脳腫瘍で亡くしました。
私はよく、知り合いに会うと『強いよね』ってよく言われて凄く悲しい思いをします。 まるで我が子が亡くなったのに、元気にしてられるね。って思われているようで…。 実際はよく頑張っているね。という意味なのかもしれません。 素直に受けとることができない自分がいます。

中には、我が子を亡くしてはいないけど、時間が経っても落ち着いたりすることではないと思うから、軽はずみには言葉は絶対かけられないよって…気持ちをわかってくれる方がいました。

それでもまだまだ 誰にも会いたくない自分がいます。

自分の命より大事な大事な我が子が先に逝ってしまったのですから…

ゆきぴー (2014-8-21 23:59 )
訳のわからない薄っぺらな慰め辛いですね
でも 言ってる人は本当にそう思ってるのでしょうね

そりゃできることなら投げ出して逃げたいと思うときたくさんあります
いろんな柵があって その気持ちを必死で押さえ込んで
これからの時間は 支度のために使っていきたいです
一つ一つ自分に絡まっているものを外して
誰にも迷惑 かからないようにしたいです

sayamama (2014-8-24 17:53 )
とろサーモンさん、ゆきぴーさん、ありがとうございます。そう、この思いは同じ思いをした人でないと、絶対わからないのだから、そうじゃない人の「慰め」は上手に聞き流さないといけないですね。そう思いつつも、ただでさえボロボロの心に突き刺さる言葉に、また涙が出てきてしまって(いった人の前では泣かないですが)。

みどりさん、誰にも会いたくない気持ちわかります。私はもうすぐ娘が逝って1年4か月になりますが、いまだに引きこもり状態です。でも親族とかはどうしようもないし、かかってくる電話には出ないといけないし・・・。

今日も雨の中買い物に行って、やっぱり母子連れを見ると悲しくなってしまいました。帰って来てから「会いたいよー」とまた泣き叫んでいる私。わが子に会う、普通なら簡単なことなのに、私達にとってなんでこんなに困難な事になってしまったのでしょう。それでもいつか会える日を目指して、1日1日を生きていかないといけないのですね。わかっていても、今すぐにでも後を追いたい気持ちが、心の底によどんでます。

カロートペンダント、私も迷っているのですが、いろんな形がありますよね。みなさんはどんな形のものですか?またそこにお骨を入れる時は、お坊さんにお願いするのでしょうか?それとも自分で骨壺の中から選んで、お箸か何かで入れるのでしょうか?

ゆきぴー (2014-8-25 1:34 )
こんばんわ
5ヶ月前 脳腫瘍で 全く同じで驚きました
まだ寒かったですね
今はこんなに暑くて 時間だけが過ぎたことを感じます

このサイトに来るとどうしてこんなに大切に大切に育てられた子供たちが大変な病気になってしまうんだろう
どうして どうしてと答えのない考えががまた同じところをぐるぐる回ります
子供をなんだと思ってるんだ と思う事件もあれば
こんなに大切にされてるのにと。。。
比べても仕方がないのでしょうが
納得できる答えなどどこにもないのでしょうが
ごめんなさい ちょっと変ですね

れんれん (2014-8-28 14:46 )
みなさん、こんにちわ。

私も思います…なんで、こんないい子達が…優しくて気持ちもキレイな子が多いですよね、親子仲がいい人が多いですよね。
だったら、悪い子でよかった…仲が悪くても生きててほしかった…

私も思っていました…子どもが亡くなったら、生きていけないと。
でも、当人を前にして酷すぎます‼︎
みんな、生きていけない中生きていかなければいけないから苦しんで辛い想いをしているのに…
でも、経験してない人にはわからないんですよね…私もきっとそうだったから、今でもなんで生きていかなあかんねんって思ってますもん‼︎早くあの子のそばにいきたいと…

どうやったら、前向きに考えられるようになるんでしょうね…

とろサーモン (2014-8-28 18:23 )
sayamamaさん、カロートペンダントのことですが……
カロートペンダントを購入すると、小さなロートやドライバー、防水用のボンドなどがついてきます。そのロートに遺骨の欠片を入れ、棒でつつきながら細かくして入れます。
ウチは初めからカロートペンダントを考えており、火葬場で骨壺に入れるお骨とは別に少しだけ小さな欠片を貰っていたので、それを入れました。お骨をつついて入れるとき、何だか息子を傷つけているようで辛い気持ちにもなりましたが、これでずっと一緒だよ。一緒にいられるよ。と話し掛けながら自分で入れました。主人はブレスレットタイプのものを身に付けてます。
もし、お骨を小さくすることに抵抗があるなら、小さな可愛らしい骨壺もあります。卵のような形でとてもさわり心地の良さそうなものや、とても綺麗な色で幻想的なものなどもたくさんあるので、娘さんのイメージに合うものを探してみるのもいいですね。
時々、お骨をギューっと胸に当てていると、切なくなって悲しくなって、でもキュンとなる……何て言えばいいのか難しいけど、お互いが大好きだよって通じあってる感覚になります。だから私にとってはカロートペンダントはお守りのような存在です。
ちなみに私のはハート型です。好きな文字も刻印してもらえるので、とても満足しています。
sayamama (2014-8-28 21:46 )
ゆきぴーさん、娘が病気にかかって割と早い段階で、同じ病院で入院していた親の間でその話題が出たことがあります。みんな病気の子供を一生懸命看病していて、なんで私らの子供がこんな病気にならないといけないの?世の中子供を虐待してる親もいるんだから、神様もそんな親の子供を病気にしたらいいのに!って。

でもその話を娘にしたら「親から虐待されてるだけでもかわいそうなのに、その上病気にまでされたら、その子かわいそすぎるよ」と言いました。ああ、娘のいう通りだなあ、と思いましたし、そんな風に思う娘も優しいなあと思いました。

よく「神様はちゃんとあなたを選んだのよ」なんて、病気でもない子の親から慰め?を言われ、「そんなん選んで欲しくないわ!」と心の中で反発したものですが、もしかしたら、病気にしてもこの親なら一生懸命看病する、と見込まれてしまったのかもしれないですね。見込まれたくなんかなかったですが・・・。

れんれんさん、こちら↓のページに、病気になって天に逝ってしまう子供たちの事が、こんな風に述べられています。

子どもを亡くした親はどう生きる

私の娘もまるっきり当てはまりました。でも冒頭にも書いた通り、親を残して逝っちゃうくらいなら、悪い子でよかったのに、と思います。

私も娘が存命中、何度も危ない時があったのですが、その度「この子が死んだら私も死ぬ」と思ってました。でも実際になるとなかなか難しいですよね。誰にも迷惑をかけず、確実に簡単に逝く方法なんてないんですもの。それにそんなことをしても、きっと子供たちは喜ばないでしょうしね。

とろサーモンさん、教えて下さりありがとうございます。やはり自分で入れるのですね。うちは名古屋に長年住んでいて、娘が一番好きだった土地だったので、名古屋で葬儀をしたのですが、名古屋は喉仏の骨だけを、骨壺とは別に小さな木箱に入れてくれました。娘の場合、その骨がすごくきれいに残っていて、仏様が座禅を組んでいる形がはっきりわかるのですが、下がハート型のようにも見えてます。時々それを抱きしめています。

カロートペンダントもいつも一緒にいるみたいでいいですね。私も購入を検討してみます。骨壺開けちゃう時は絶対泣いちゃうだろうけど・・・・。

まさこ (2015-7-7 14:27 )
同じご病気のお子様がむこうにいかれた投稿を拝見し今まだ見ていただけるのかわかりませんが思わずメールしてしまいました。
私の娘も脳腫瘍でつい先日旅立っていきました。
自分の命より大事なわが子が先に逝ってしまったこの苦しさは本当に経験しないと誰もわからないですよね。闘病生活の時はただただひたすら奇跡を信じていました。信じないとあの子の前で強くて優しい母親ではいられなかったから。今は訳のわからない子供の様に娘を返してほしい抱きしめたいそれが無理なら私が今すぐ行きたいとどうしようもないことを延々叫んでいます。助けてほしいです。この世の中にこんな惨いことがあるなんて…。ここで、同じ思いをされているお母さんを知ったことは私にとってとても支えになります。もしかしたら繋がっていられるかもしれないと思い投稿してみました。読んでいただけたらという思いです。
sayamama (2015-7-8 22:11 )
まさこ様、別トピで投稿されているマサコ様と同一の方でしょうか。

本当に自分の命より大切だったのに、何よりあの子の幸せを願っていたのに、なぜこんな事になるのでしょう。

闘病中は私も奇跡を信じていました。医者は治らないと言ってましたが、私は絶対治る、と思い娘にもそう言い続けました。結果的に私は娘をだましたことになるのかもしれません。でもあの時はそうしないと、私自身が自分を保っていられなかったし、娘にも希望を失って欲しくなかったから、あれでよかったのだと思います。

娘を返して欲しいです。でもどんなに泣いても後悔しても、もう帰ってはこないのです。かといって娘のそばに逝こうとしても難しいです。自殺するのはかなり大変ですし、また自殺したら娘の所には行けないという風にも聞きますし・・・。もう娘に再会することだけが唯一の望みなので、万一会えなくなるのなら、どんなに苦しくても辛くても、残された人生を全うするしかない、と思っています。

マサコ (2015-7-9 14:14 )
sayamama様
同じですね、同じ思いなんですね。
返してはもらえない、かといって私が逝こうとしてもむこうで永遠に会えなくなる怖さがあるので自分ではいけない。こんな惨く酷いことがこの世の中にあるのが未だに信じられません。sayamama様の娘さんもきっと天使のように素晴らしいお子様だったのでしょう。娘も、家族に愛され沢山のお友達にも恵まれ穏やかで人の悪口など聞いたこともなく頑張り屋さんでした。かなりの甘えん坊でしたが(*^_^*)私の場合は、あの子のところに早く行くには性格から直さなくては天国で受け入れてもらえなさそうです。苦しいですよねこの先どれくらい待てばいいのかわからないからこそ苦しさも倍増します。sayaamama様の娘さんも私の娘も闘病生活を必死で頑張ってくれました。あの子たちは頑張ってくれたのに私たちが後戻りばっかりは出来ないですもんね。わかってはいますがまだまだ私も娘が恋しくて恋しくて…。ですが、頑張ります。sayamama
様も私と一緒に頑張ってもらえますか?
私一人では辛いですsayamama様も一緒にこの苦しみを乗り越えていくと考えることができれば私に力が湧いてくるかもしれません。
私の投稿に書き込みくださいまして本当にありがとうございました。
sayamama (2015-7-9 22:55 )
マサコ様、娘は本当にいい子でした。普通の学校に行けなかったので、友達は少なかったですが、人の悪口も言わない子で、病院の子やスタッフさんみんなから好かれていました。

自分もしんどいのに身障者手帳持っているのに、バスでお年寄りが乗ってくると、座席を変わってあげるような子でした。自分は我慢しても人を喜ばせるのが大好きな子でした。

本当に私にはもったいない子でした。あの子は私よりもずっと徳の高い子だから、あの子の所に行くには、まだまだ努力して徳を積まないといけないですね。

すごくすごく苦しくて辛くて、本当に嫌になる人生ですけど、マサコさん、一緒に頑張って生きていきましょう。この世の中、こちらのサイトに来ている人たちが、みんな苦しい心を抱えて生きているのです。この苦しみを乗り越えるのは無理かもしれません。けれどこの苦しみと共に生きる事はできると思います。

マサコ (2015-7-10 9:02 )
sayamama様、娘さんやっぱり本当に良い子ですね。そういえば私の娘も脳腫瘍のため身障者手帳を持っていたのですが娘の前にお年寄りや妊婦さんが来られると席を替わってあげていました。今の今まで忘れていました。ただただ哀しくて、思い出すとあの子がいない辛さや苦しさが溢れてきてしまうのがわかっているので考えないようにしてきました。一緒に思い出すと違います。本当に私にももったいない子でした。思い出させてくれてありがとうございました。これからもお互い娘の思い出話でもできたらいいですね。sayamama様が仰るようにすごくすごく苦しくてつらくて嫌になる人生ですがこうやって皆さんと苦しみを共有できれば少しずつは癒されていけるかもしれません。この苦しみと共に生きることができたら娘のすべてを忘れずに思い出しながら来ていけるかもしれません。これからもsayamama様こちらのサイトにいらっしゃるみなさんと一緒に生きていけたらと願います。sayamama様本当にありがとうございました。

カテゴリー: 分かち合い

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