悲しくてつらい状態になった時、どうやって気持ちを立て直していますか?

悲しくてつらい状態になった時、どうやって気持ちを立て直していますか?

moeka (2008-2-5 16:38 )
みなさん こんにちは!

先週からまた娘のことが頭の中をグルグル回り、つらくてつらくて
仕事を休んでしまいました。
寝て、起きては泣き、また寝て、起きては泣きの繰り返しで、心がつらくてどうしようもなくなり、病院に行ってきました。
先生にお話し、薬を変えてもらって少し落ち着きました。

みなさんはこのような状態になった時、どうやって気持ちを立て直していますか?
いつか心穏やかになる日がくるんでしょうか?

エンジェルママ (2008-2-6 10:27 )
こんにちは
私もmoeka さんと同じ様に気持ちがグルグルと回っています
私は、いつも子供に手紙を書いています。自分の気持ちを
書いているうちに、気持ちの変化が出てきているのが変わってきているのです
辛い気持ちは消して消えないけど、自分に対しての気持ちの整理と言うかないんと言葉で言えばいいのかわからなんですが
一日頑張った事を書いています。例えば、今日は可愛い服をきてみたよとかささいな事を

私も精神科に通っています。けして、すぐに先が見える光ではないのでゆっくり自分の出来る事から焦らずにやっていけば言いと先生は言ってくれました

それでも、辛い日は一日横になって泣いています。そんな感じでいいんんじゃないでしょうか?
子供を亡くした悲しみは簡単に消えてなくならないのですから
先は見えなくて不安ですが、ゆっくりでいいと思います

moeka (2008-2-7 8:48 )
エンジェルママさん ありがとうございます。
私もエンジェルママさんとまったく同じです。
昨日もつらくてつらくてお仕事早退しちゃいました。
家に帰ってきてずっと寝てました。寝ているとそのときだけは、頭の中グルグルしなくてすむので・・・

そうですよね・・・ 分かってはいるんですけど・・・
焦ったって治るものでもないし、かえって頭の中グルグルしちゃって辛いだけなんですよね。
そんなに簡単に光がみえてはこないかぁ~ そうですよね・・・
ゆっくりゆっくり進んでいこうと思います。
ありがとうございました。

チルチル (2008-2-7 18:48 )
こんばんは。

私は昨年11月に娘を亡くしたばかりです。
今のところは、だいたい常に鬱々とした状態で過ごしていて、たまにドーンと深い波が来る感じです。
悲しくて辛くて、どうしようもなく苦しくなってしまいます。
波が来ると、家事さえもままならず、何も手につかなくなります。
コントロールが効かない。ホント、苦しいです。

そんな時、その場しのぎかもしれませんが、私はパソコンつけます。
このサイトを見ていると同じ体験をした人がたくさんいて、
少なくとも孤独感は和らぎます。

とは言え、またすぐに波がやってくるのですが

Diablesse (2008-2-23 19:48 )
こんにちは。

私は、天使になった子の姉でしたので、自分自身の体験ではありません。
母は、妹が天使になった後も、私を育てるために、必死に悲しみを我慢していました。
そのせいで、亡くなってから5年近く経った頃に、
パニック障害になってしまったほどに。

でも、20年以上経った今、妹のことを家族で話せます。
辛かった思い出ではなく、その中から、嬉しかったり楽しかったりしたことを、
一つ一つ大切に拾い上げるようにして話します。
「生きていたら~だったね、きっと。」という想像までふくらませて。

悲しい時は、うんと悲しんだ方が、早く楽に穏やかな気持ちになれると思います。
悲しい気持ちを涙で外に流し出してください。

私は、鬱と共生しているので、思うように動けません。
でも、私にとっての一番の薬は、(薬を使ってですが)眠ることです。
動けない時は、ゆっくりお休みしてください。

この2つは、母に言いたくて言えなかったことです。

たかしママ (2008-2-24 9:51 )
おはようございます。

私も鬱と喪失と。。。です。
ほんとは薬なんて飲まずに涙とまるまで無制限の涙を流したいと思ったり、でも涙があまりでないときは薬に頼っています。
それでもいいんだって、自分を責めず、、、

それで布団にはいって寝ます。

とめどなくあふれる涙はだしたほうがいいですよね。

ゆうゆうたん (2008-3-3 14:53 )
はじめまして。私は、先月、6歳の息子を、急に、病気でなくしました。信じられないまま、入院生活を、おくり、そして、今にいたってます。安定剤飲んでで、ぼっとする感じもあるなか、たまらなく淋しく苦しい波がきます。なぜ、元気だったのに、私の子が。
朝起きると、現実にかえるため、一番、つらく、朝が、来なければと、思うことです。
時間をかけること、本、体験談、どなたかとの気持ちの共有など、で、癒されるのではと、思ってはいますが…….。少しでも、楽になりたいですね。
ここまま (2008-3-14 13:06 )
はじめまして、moekaさん。

私も同じです。
元気なときとどうでもいいやって時の波があって、
たぶん私も病院に行ったほうがいいのでしょうね。
鬱の気分のときはホントに何も手につかず、
すべてのことから逃げたくなります。

悲しくてつらいのはずっと消えない気持ちなんでしょうね…。
悲しいときはいっぱいお嬢さんのことを思い出してあげて泣いたらいいと思います。
思い出してあげることが供養になって、
覚えていてあげることが一番お嬢さんが喜ぶことなので…。

takumio (2010-3-2 0:04 )
こんばんわ。
皆さんのやり取りを見て、同じ思いの方々がいて心強く、
投稿させてもらいました。

長男のたくみを看取ったのが今年の一月中旬。
たくさんの約束や将来の夢を実現させてやれず、
日々悲しみは増す一方です。悲しみって、後から
どんどん膨れ上がるものですね。そして涙が枯れること
もないんだろうなと、気付きました。

先日はたくみと観に行こうと約束していた映画を、
遺影を持って主人と見てきました。内容はウルトラマン。。。
たくみに見せてやりたかった…。どうしてたくみがここに
いないんだろう…。周りのキャッキャッと喜んでいる
他の子を横目に、主人と号泣でした。

そしていつもそういう後に来る思いは、どうして守ってやれなかったんだろう。どうしても助けたかった…。という後悔や自分に対する悔しさ、たくみに対するごめんね…の気持ちです。

闘病中は思うように遊べなかったから、楽になった今、せめてお空で楽しく遊んでいたら良いな…。うちの息子も、仲間に入れてあげてください。

ちなみに私は、Greeeenの“キセキ”を聞くと号泣です。
たくみが大好きでよく聞いていたのと、本来は恋愛向けの
歌詞なんでしょうが、すごく胸にくる歌詞です。苦しくなります。

置いて行かれた母親にできることって、何でしょうね。。。
最近そんなことも考えます。
私はまだ亡くしてから間もないですが、これから先もずっと、
悲しみや痛みは消えないし、しかもその思いを忘れたくもない。

こうやって皆さんと子供への思いを語り合って、
子供たちは見てるんですかね。穏やかに笑ってるんですかね。

思いが尽きません。。。
とりとめもない話ですいません。。。

みみ (2010-3-2 14:12 )
はじめまして。私も去年10月に娘を小児癌で亡くしました。
2歳になったばかりで、可愛い盛りで・・・
同じ年の子供達が沢山いるマンションなので、他の子たちの成長を
見ながら、どうしようもなく、辛い気持ちになる事があります。
つい半年前までは一緒に遊んでたのに、どうしてうちの娘だけ
居なくなってしまったんだろう・・・。

娘が亡くなって間もない頃は、一生この悲しみが続く事が怖くて
生きるのが辛かった。
今は、しょっちゅう泣きますが、直ぐに気持ちを切り替えられる
ようになりました。少しは悲しみが和らいで来たのかな・・・と
思ったりもしてます。
人間だから、ずっと同じ状態である訳がないです。

一生忘れる事はないし、一生思い出しては泣くんだと思うけれど
亡くなった我が子は一生懸命病気と最後まで戦ったんだから、私も
最後が来る時まで娘に恥じないように一生懸命生きたいと思います。

そして、最後の時が来たら、きっと娘が笑って迎えてくれると
信じてます。

takumio (2010-3-3 10:28 )
はじめまして。
takumioです。

10月だったんですね。
この週末、うちは四十九日です。

まだまだ日に日に悲しみが増すばかりで、
前向きな気持ちを持てることが、まだまだ
少ないです。それでも下の子に支えられながら
やってる感じです。

私もたくさんの同級生のいる大型マンションに
住んでました。幼馴染もたくさんいて、兄弟のように
お互いの家を行ったり来たり、夕飯を食べたり
お風呂に入ったりするようなお友達に囲まれてました。
闘病が始まってからは私が一緒に付き添い入院しなければ
ならなかったので、産まれたばかりの下の子を養育することが
できず、マンションを売り、実家に同居。マンションとは
他県になってしまいました。亡くなった息子は、お友達が
大好きだったので、外泊許可が下りた時に帰る家に
お友達がいなくて、淋しかったことでしょう。だからきっと
娘さんは、お友達に囲まれた場所にいられて、うれしいことが
沢山あったんじゃないでしょうか。私もやはり
お友達たちを見たりすると、息子だけがいないことや、
同じようにこの世で遊んでいられないことが苦しくなります。
でも、たまに皆どうしてるかな…。と、会ってみたくもなります。
お友達を通して、息子を思い出したいのかもしれません。
みみさんを通して、娘さんはお友達が遊ぶのを楽しそうに
見ているかもしれませんね。みみさん自身は目の当たりに
するのが辛いこともあるでしょう。私は結果的にお友達の周りから
離れていますが、どこが心落ち着く場所なのかはわからないですね。

最期の時がきたら、息子が迎えに来てくれる…。
そうですね、変な話、また会えるその日を楽しみに…。

ももこのママ (2010-3-3 12:34 )
私の娘も小児癌でした

でも本当につい最近まで幼稚園から帰ってくるとお姉ちゃん達と一緒に近所の子達と日が暮れるまで遊んでいたんです

それがあの子だけいなくなってしまった

近所のママたちも悲しんでくれました
いつも見ていたから・・

一生この悲しみを背負っていくのかと思うと
心がこわれてしまいそうです

かといって和らぐのも怖い気もします

やっぱり同じ年くらいの子を見るとつらいです

SUN (2010-3-9 21:19 )
はじめまして。

私も、takumio様のおっしゃるように、皆さんのやり取りを見て、「私は一人じゃないんだ。ここにいらっしゃる方達は皆さん同じお気持ちなんだ。」と、心強く感じております。

たくみ君は今年の一月中旬に天使になってしまったんですね。
私の息子も1月でした。
しかも、元旦というおめでたい日に天使になってしまいました。
日付が変わってすぐでした。
私の父は「あの子は、1歳半にしてとても賢い子だったよな。きっとママもう新年だよ。難しいと思うけど、もう自分を責めるのはやめて少しずつ前を向いて歩いて行ってね。ってメッセージを残して逝ったんだよ。」と言われ、号泣してしまいました。

あぁ。息子が息を引き取る所を思い出します。
あんなに皆から驚かれるくらい元気に走り回っていたのに、突然意識不明になり、そのまま帰らぬ人になってしまうなんて・・・。
人工呼吸器や沢山の点滴の管でつながれている息子を思い出してはとても辛くて胸が張り裂けそうになります。
胸が張り裂けそうとは、こういう事を言うんだなと思い知らされました。

たくさんの約束や将来の夢を実現させてやれず、日々悲しみは増す一方なのですね。
私は、夢を持たせてやれる事も出来ず、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
いっぱいいっぱい色々な所に連れて行ってあげたかったし、美味しい物もたくさん食べさせてやりたかった。
いっぱいいっぱい満面の笑みで抱きしめてあげたかったし、「大好き。愛してる。」もいっぱいいっぱい言葉に出して伝えたかったのに・・・。
ほんと、悲しみって、日にちが経つに連れて増していきますよね。
私は、テレビを見ていて息子と重なるなと思うと涙が出て、音楽を聴いていても(バラード)涙が出るし、車を運転中に公園やお花をみてもウルウルきてしまいます。
息子と同じ年くらいの男の子を連れて楽しそうにしているママさんを見ると、羨ましくて羨ましくてたまらない気持ちになります。
「どうして、私の子が・・・。」って。
でも、息子は「ママそんなに人の事を羨ましがらないで。」と言っているだろうなと思うと、いけないなと思うのですが、なかなか・・・。

私の父に「takumioさんという方が、息子さんと観に行こうと約束していた映画を、遺影を持ってご主人と見てきたんだって。息子さん喜んでいるよね。」と話をしたんです。
そしたら父が、「立派な方達だね!亡くなって間もないのに、遺影を持って一緒に映画を見に行くのはとても辛い事だよね。息子さんは本当に幸せに感じているね。」と言っていました。

私の息子はまだ映画をみれるほど大きくありませんが、私はドラえもんが大好きで、映画のドラえもんはとっても感動物なので一緒に見に行きたかったなって思います。
私も、外出先で周りのキャッキャッと喜んでいる他の子を横目にウルウルしてしまいます。
見ると辛くなると解っていて見てしまうんです。

takumioさんと同じで、日が経つに連れて、いつも、どうして守ってやれなかったんだろう。どうしても助けたかった。また元気になっておうちに帰ってきて欲しかった。という、ものすごい後悔や自分に対する悔しさがこみ上げてきます。
あぁぁぁぁぁぁ。泣けてくる。
もう無理なのに、帰ってきて欲しいです。

そうですよね。
たくみ君も息子も天国で、ママ達がいない事で寂しがったり悲しがったりすることなく、楽しく幸せに遊んでくれている事を毎日毎日祈りたいと思います。
きっと息子はたくみ君をお兄ちゃんだと思って遊んでくれていますかね!

私は、アンパンマンの歌を聞くと悲しくなります。
「なんの為に産まれて、何をして生きるのか・・・」。
常に全ての事を息子と結び付けては、辛くなります。
この先、何十年もこの出来事を背負っていかなくてはいけないなんて、辛すぎます。
早く、年をとりたいなとか毎日のように思ってしまします。
娘には申し訳ないのですが・・・。
息子が気づかせてくれた事を一つずつ努力して改善し、息子が自慢できるようなママになったら、早く天国に逝って息子に会って、思いっきり抱きしめてチュゥしたいと考えてしまします。
でも、こんな事を考えてはいけませんよね。
残された人生を一生懸命に全うしなくてはですね。

私も、息子がいなくなってしまって、私には何ができるのだろうと考えます。
両親や友人からは「しっかりと供養をしてあげる事だよ。美味しい物を作ったら備えてあげたり、お花一つにしたって向きが変だったら直してあげたり、いっぱい話かけてあげたりね。そして、子供に心配をかけないようにゆっくりで良いから一歩ずつ前に進んで、しっかりと生き抜く事だよ!」と言われました。
その通りだなと感じました。
でも、ご飯を作ってはお供えをしていて、とても虚しくなってしまうんです。元気な姿のあの子に尽くしたいのに。どうしてこのような形でしかやってあげられないのだろう。と・・・。
あぁぁぁ。もう本当に悲しいです。

自分の事ばっかり書いてしまいすみません。
読んで下さり、ありがとうございます。

takumio (2010-3-11 11:05 )
こんにちわ。

お返事ありがとうございました。
今日はこちらはとても天気が良く、
お散歩日和です。私には少々眩しすぎます。

映画に行った話、立派なんかじゃないんです。
まだまだ私のたくみへの役目が終われないんです。

たくみは10か月の闘病中に、徐々に体の自由を
奪われていきました。最初は走れなくなり、次に
歩くこともおぼつかなくなり、立ち上がることも
出来なくなり…。じゃあお絵かきでもすれば
楽しいよね、なんて感じがそれもできなくなり、
最後はTVを見ることも、話もできなくなっていきました。
ついこの間まで出来ていた遊びや身の回りのことが、
どんどんできなくなりました。でもたくみは、何度も何度も
やれていたことをやろうと黙々と挑戦するだけで、
自分の体を悲しんだり、他のお友達を羨んだりしませんでした。
仲良しのお友達が走り回っているのを見て、穏やかに微笑んで
ました。みんな笑ってるね、楽しそうだねって、心の底から皆を見て喜んでるんです。そんなたくみを見ているのが、私には
辛かった。私なんて、たくみがみんなと同じように遊べなくなっていることや、そうさせてしまった自分が情けなく、悲しくて
そこに居ることすら嫌だったのに。

で、私は決めたんです。どんな時でもどんな状態でも、
絶対に幸せはあるってたくみに教えよう。たくみと感じようって。
(↑っていうか、たくみから教えられたことなんですけどね。)
だから、病気関係なく、やれることを全部やらせました。行きたいと言ったところは、全部連れて行きました。例えばアスレチックも、16kgのたくみを私が担ぎあげて、木の階段を上り、
トンネルをくぐり、ロープを渡り…と、私がてっぺんまで
連れて行きました。そしてわたしは毎日毎日たくみを笑わせる、
企画担当になっていきました。入院中に主治医の先生に
無理を言って、ディズニーランドも行きました。温泉も行っちゃいました。乗馬もしましたし、バーベキューも。まだまだ
たくさんしました。絶対に病気してても何だってできるって
教えてあげる、笑わせてあげるよ…って必死でした。

だから亡くなってからは、ポカンとしちゃいました。
今私にやれることはなんだろうって…。
で、映画に連れて行ったりお散歩コースを歩いたり、
海辺でランチしたり。しかも、こっそりお骨をかばんに
入れて連れてくんです。だって他の人が見たらぞっと
しますもんね。だから、立派じゃなくて、たくみが好きなことを
まだまだ一緒にやろうって、それだけです。もちろん
毎回号泣ですけどね。辛いけどでも意外に、そういう時間が
一番落ち着く時間だったりもしますよ。

残された私たちは、亡くなった子供の分まで、
この世の楽しみをたくさん経験してあげましょう。
私たちがそうすることで、見せてあげましょう。
感じさせてあげましょうよ。だから周りのどんなご家庭より、
人生を楽しみましょう。笑っていきましょう。何処まで実践できるか分からないけど、たくみや亡くなった他の子も、その姿を
すごく楽しそうに見てくれるんじゃないかな。

SUNさんや同じように苦しんで悲しんでるママたちがいる…。
皆頑張ってるから私は力をもらえます。だから
近いうち、笑っていけそうです。そうありたいんです。

SUN (2010-3-22 21:42 )
こんばんは。
お返事をくださったのに、遅くなってしまって、すみません。

お散歩日和の日は、私にとっても、ものすごく眩しいです。
息子はヨチヨチ歩きを卒業し走れるようにまでなったので、とっても公園が大好きでした。
お天気の日は、いっつも息子と公園で遊びたい(;;)と思っては悲しくなります。
そこからまた色々な事を考えては更に悲しくなります。

たくみ君の闘病中のお話を伺い、涙が出ました。
今まで元気で、この間まで出来ていた遊びや身の回りのことが、
どんどんできなくなってしまったと知り、息子の事と同じように胸が痛みました。
takumio様のお気持ちを考えたら又涙が出ました。

たくみ君、スゴイと思いました。
「何度も何度もやれていたことをやろうと黙々と挑戦するだけで、
自分の体を悲しんだり、他のお友達を羨んだりしませんでした。
仲良しのお友達が走り回っているのを見て、穏やかに微笑んで
ました。みんな笑ってるね、楽しそうだねって、心の底から皆を見て喜んでるんです。」と聞き、素晴らしいお子さんだなと思いました。
私がたくみ君の立場なら、絶対に人を羨んだり穏やかになんて過ごせないです。
自慢の息子さんですね。

そして、takumio様も、たくみ君は絶対に自慢のお母さんだと思っていると感じました。
takumio様のお話を伺い、私はほんと、母親として何もしてやれませんでした。
息子への罪悪感や色々な気持ちがあり、息子の意識のない姿を見るのがとても辛く、合せる顔がないと思っていまし4日も病院に行かない時もありました。

私は、息子が元気な時も、入院をしてからも、やり残した事が多すぎて・・・。
本当にいっぱいいっぱいいっぱい後悔があり、どうしようもない気持ちになります。
本当に、いっぱいいっぱいいっぱい幸せにしてやりたかった。
「ママの子供に産まれて良かった」と思ってもらえるようなママでありたかったです。
元気な息子にしてやりたい事が沢山あるのに、これからは供養をするという形でしか何かをしてあげられないなんて、こんな悲しく虚しいことはないと思ってしまうんです。

自分の事ばっかり、言いたい放題ですみません。

takumio様は、今私にやれることはなんだろうって考え、映画に連れて行ったりお散歩コースを歩いたり、海辺でランチしたりしていらっしゃるんですね。
ほんと、素敵なお母様です。

私も色々と考えていて、ロケットペンダントを購入して、息子の写真をいれ、お出かけするときには「いつも一緒だよ。一緒にお出かけしようね。」とお話をしながら共に生きて行こうと思っているのですが、気持ちに激しい波があり、ある時はポジティブに「あの子が天国で寂しい事なく悲しみもなく、幸せいっぱいにくらせるようにしっかりと供養してあげなくては!!!」と思うのですが、またある時にはネガティブになり「本当に供養をしっかりしたらあの子は幸せになれるのかなぁ。私があの子を愛している気持ちは伝わっているのかな。」と思ってはなんだか虚しくなり、どうしようもない気持ちになり胸が締め付けられて苦しくなります。

どうしたら、takumio様のように、「残された私たちは、亡くなった子供の分まで、この世の楽しみをたくさん経験してあげましょう。」となれますかね?
私も息子と家族の為、そして自分自身の為にもそうなりたいんです。

最近、毎日のように「人生って何なんだろう???」とか「こんなに悲しくて辛いのに、それでも生きて行かなくてはなんて・・・」などと考えてしまい、しょっちゅう無気力になってしまうんです。
甘ったれてますよね?
息子は病気と闘い頑張ったのに、私はこんなでほんと情けないです。
情けないと思うなら頑張れ!って自分の気持ちを持ち上げようとするのですが難しく・・・。

takumio様のおっしゃるように、同じように苦しんで悲しんでるママは私だけじゃない。沢山いるんだ。皆頑張ってるから私も頑張らなくちゃと力を頂いているのに、少したつとまた元の自分に戻ってしまいます。

私も、悲しくても辛くても笑って生きて行きたいです。
私も、そうでありたいです。
そのためにどうしたら良いか考えたいと思います。

文章が下手で、すみません。
そして、自分の事ばかりお話して、すみません。
読んでくださって、ありがとうございます。

takumio (2010-3-24 17:01 )
こんにちわ。

今日の気持ちはどうですか?

下の子が熱を出していて、すっかり返信遅くなりました。
すいません。

SUNさん、私やたくみのことばかり褒めてくれますが、
みんな皆、その時々で一生懸命生きたし看病したし、
ママをやってきたんですよ。愛情の深さは病院に通った
日数じゃないし、遊びに行った回数でもない。SUNさんは
今こうやって、たくさん悲しんで苦しんで、もちろん
病気と闘っていた時だってどれだけ頑張ったことか…。
十分、息子を愛する素敵なママじゃないですか。
私だって後悔いっぱいありますよ。入院中に手抜きだって
ありました。入院中にどうしても息抜きしたくて、
無菌室の中の息子を看護婦さんに預けそっと置いて、
買い物に出かけたこともあります。その時たくみは
泣きました。「いいなぁ…皆はそうやって、お外に出たり
病院に入ったり」って。無菌室から一歩も外に出れず、
面会も禁止の状態が続いてる時に、唯一の付き添いの私が、
そんなことをするべきじゃなかったんです。一緒に戦って
いるはずの私が外に出て、たくみはすごく孤独を感じ
ちゃったんだと思います。その時にたくみは私に
「ここのびょういん がんばって」という手紙を書いてくれた
んです。腫瘍に侵され、震えた字で。。。治療に苦しむ
たくみが、私を気遣う手紙をくれたんです。気遣わせて
しまったんです。なんてことをしたんだろう…、本当に
可哀想な事をしたと思います。

たくみが皆を羨ましがらない…。
これも、子供はみんなそうじゃないかな…
SUNさんの息子さんも、一生懸命生きてたでしょう?
小さい子供は過去も振り返らないし、未来を想像して不安に
なることもないから、その日その日を一生懸命生きるんだと
思います。幸か不幸か、寿命なんて知らないから、
もっと生きてればあれもやれた…これもやってあげられた…
と思うのは親ばかり。SUNさんの息子さんもたくみも、
今頃お空で、お友達とキャッキャッ!遊んでるかもしれない
です…。

私が前向きになろうと強く思うのは、そんな私や楽しそうな
家族が、たくみは大好きだから。大好きな家族のままでいよう
って思うからです。たくみは、こんなことじゃめげない
ママかな…、残された家族で楽しくやってくれそうなパパ・ママ
だな…って、私たち親を選んでくれたんじゃないかって
思う時があるんです。あとは、絶対にたくみの死を無駄に
したくないんです。たくみがお空でずっと笑っていられるように
したいし、今度たくみに会う時に、お互い楽しかったね、
こんなことがあったよって、たくさんお話したい。あとは、
闘病を通じていろんなことを考えさせられたし、たくみから
いろんなことを教えられたから、それを大切にしていきたいん
です。めげることもたくさんあるけど、泣きながらでも
笑っていきたいです。

SUNさん、息子さんはSUNさんじゃなきゃだめだったんです。
SUNさんは後悔がたくさんあるって言っても、息子さんにとっては
十分に大好きなママなんです。息子さんの大好きなママの
ままでいてあげてください。泣きながら、笑いながら、
穏やかな時間を増やしていきたいですね。私もがんばります。

SUN (2010-3-24 18:48 )
takumio様、こんばんは。

今日の気持ちは、いつもよりかは穏やかに過ごせたように思います。
雨が降っているからかな・・・。

今日は、歯医者さんへ行ってきました。
歯茎に膿がたまってしまい、腫れていました。
昨日、切開をしたので消毒に行ってきたんです。

穏やかには過ごせたものの、歯医者さんに行くとまた息子の事を考えてしまうんです。
息子が意識をなくす数週間前にも歯医者さんにかかっていて(歯医者は変えましたが・・・。)、「助手の方に抱っこしてもらいながら、しまじろうのビデオを観ていたなぁ。」とか「歯医者さんのゴミ箱や子供用の椅子を持ち歩いて悪戯をしていたなぁ。」とか「私が治療中、心配そうな顔をして泣いている時もあったなぁ。」などなど、色々と思い出していました。

はぁ。ほぼ毎日のように常に息子の事を考えてしまします。

takumio様は、今日はどのようなお気持ちで過ごされていましたか?

下のお子さま、一日も早く良くなりますように。

息子が病気になってしまし、過敏になってしまいました。
娘の身体に発疹が出ただけで、「また何かあったらどうしよう。」「変な病気だったらどうしよう。」と不安になってしまします。
昨日は予防接種にも行ってきたのですが、接種後、数時間したら機嫌が悪くなりミルクもほとんど飲まなくて、心配で病院に電話をかけたりしてしまいました。ぐったりしている訳でもないのに。
しかし、泣き疲れたのか眠りにつき起きてからは機嫌がよくなりミルクもしっかりと飲んでくれたので、安心しました。

でも、この先もいつ何が起こるか分からないと思うと、とても怖くなります。

takumio様とお話をさせて頂いていて、本当に素敵なお母さんと息子さんだなって、思ったんです。

takumio様からの「SUNさんは、今こうやって、たくさん悲しんで苦しんで、もちろん病気と闘っていた時だってどれだけ頑張ったことか…。十分、息子を愛する素敵なママじゃないですか。」というお言葉で涙が出ました。
ありがとうございます。

失礼かもしれませんが、takumio様のお話から、たくみ君の事を想像してしまったり、息子の闘病中の事を思い出し、悲しくなってしまいました。

面会に行った日の病院からの帰り道が大嫌いでした。
「こんなに大きな大学病院の中に、ママっ子のあんなに小さな息子置いて帰らなくてはならないなんて。」と思いながら、いつも後ろ髪を引かれる思いで帰ってきていた事を思い出します。

「意識がなくても、心の中で何かを思っているのかな?」とか「あんなに走り回っていたのに管や点滴に縛り付けられて意識がなくても辛いだろうな。」など本当に辛い毎日でした。
息子が一番辛いのにこのような事を言ってはいけませんが・・・。

いつもいつも、罪悪感が二の足を踏んで、「今日は病院に行こうかな。どういようかな。行きたくない。でも息子は私を待ってくれている。」と考えてしまっていました。
病院に着くまでの道のりも大嫌いでした。
しかし、不思議と息子の顔を見ると「来て良かった。この子から離れたくない。家に帰りたくない。」と思っていました。
あぁー。ちょっと何かを思い出すと、どんどんドツボにはまり色々と思い出したり考えたりしていまいます。

「たくみが皆を羨ましがらない…。
これも、子供はみんなそうじゃないかな…
SUNさんの息子さんも、一生懸命生きてたでしょう?
小さい子供は過去も振り返らないし、未来を想像して不安に
なることもないから、その日その日を一生懸命生きるんだと
思います。幸か不幸か、寿命なんて知らないから、
もっと生きてればあれもやれた…これもやってあげられた…
と思うのは親ばかり。SUNさんの息子さんもたくみも、
今頃お空で、お友達とキャッキャッ!遊んでるかもしれない
です…。」というお言葉で、とても元気が出ました!

はい。息子はとても一生懸命に毎日を過ごしていました。
周りの皆から「あの子は、1歳6カ月にして珍しいくらいパワフルで寝る間も惜しんで遊んでいたよね。」とか「あの子は、いつも全力だったよね。」と言われました。
あぁ泣けてきます。
会いたい・・・
そうですね!たくみ君も息子もお空でお友達と楽しく遊んでいますよね。
悲しみも寂しさもない、温かいお空で遊んでいますよね。

私も、あの子が私を選んでくれたのだから、これからは息子に恥じない生き方をするように努力をし、いつか天国で再会した時には胸を張って会えるように成長したいです!
「ママっ!!!良く頑張ったね!僕の自慢のママだよ!ママの所に産まれて良かったぁ!」と言ってもらえるような、母・妻・人間を目指して頑張りたいと思います!

父も言ってくれました。
「あの子の死を絶対に無駄にしちゃダメだぞ!人間の進化が問われる時だぞ!お前は試されているんだよ。あの子は最後まで病気と闘ったんだ!強いあの子のママなんだから、もっと強くなりなさい。負けてはダメだよ!」と。
涙が出ました。

「息子さんはSUNさんじゃなきゃだめだったんです。
SUNさんは後悔がたくさんあるって言っても、息子さんにとっては
十分に大好きなママなんです。息子さんの大好きなママの
ままでいてあげてください。泣きながら、笑いながら、
穏やかな時間を増やしていきたいですね。私もがんばります。」というお言葉にもとても元気が出ました。

本当にありがとうございます(;;)

文が下手で読みずらくてすみません。

takumio (2010-3-24 22:24 )
こんばんわ。

SUNさんにも、小さいお子さんがいらっしゃるんですね。
うちは下は女の子で1歳7ヶ月です。私はたくみに付き添い入院
をずっとしていたので、生後6ヶ月からの10ヶ月間、下の子はお婆ちゃんに育ててもらいました。母乳もいきなり奪われ、下の子も辛い毎日だったはずです。実際、母乳をあげている他のお母さんの
ところにハイハイして行き、自分も貰おうとしていたとのこと…。その影響でか、今もあまり私を頼ってきません。お腹が減っても寝たくなっても、お婆ちゃんのところに行ってしまいます。ママとしては悲しいです。やっと一緒に生活できてから、まだ3ヶ月。これから頑張ったら、ママと認めてくれるかしら。。。不安です。

闘病中のいろんなこと、考え出すと止まらないですよね。
あの時はこんな気持ちだったのかな…とか、こんなこともあったな…とか。私も先日健康診断を受けた時、採血や心電図などたくみがやっていたことを自分がして、こんなことを毎日のようにやってたんだな…辛かったろうな…と、あらためて思いました。怖かっただろうな…。家に帰りたかっただろうな…。

息子は4~5歳の闘病だったので、もうその頃にはまるで彼氏のような感じでした。病気になる直前まで、私が料理で失敗したり出先で忘れ物をしたりすると、「ママ~、またやったの?」なんて笑って励ましてくれました。新しい洋服やアクセサリーを付けて、どう?と聞くと、似合ってるよ~とか、可愛いよ~とか、よく言ってくれたものです。私が甘えてたんですね、たくみに。二人でご飯を食べに行ったりスーパー銭湯に行ったり、本当に楽しい毎日でした。今は同じことをしても、何だか全てが色褪せます。そしてやっぱり、周りで仲の良いママと息子の組み合わせをみると、無条件に泣けます。

たぶん、亡くした子供たちのことを、考えない日はないですよね。考えては泣いて、謝って、後悔して懐かしんで、こんなんじゃいけない、頑張んなきゃって、その繰り返しですね。ただ私は親と同居中で、いつも誰かがいるので、自分の悲しみの感情に素直に向き合う時間がなかなかありません。人がいるとその目を気にして、自分の悲しみをごまかします。だから強そうなことも言えるというか、強そうにしてないと場が持たないというか…。私はそんな自分はあまり良いとは思ってません。

だから辛いでしょうけど、いっぱいいっぱい考えて、悲しみにもとことん向き合っているSUNさん、偉いなぁと思います。

SUN (2010-3-26 11:37 )
takumio様、こんにちは。

はい。うちも下の子は、女の子です。6ヶ月になりました。

takumio様の下のお子さんも女の子なんですね。
1歳7ヶ月。とっても可愛い時ですね。
私の息子は、1歳6カ月ちょっとで、突然病気になってしまいました(;;)
走れるようになり、色々な単語も話せるようになり、私の真似もしていました。とっても可愛くなってきた矢先にこのような事になってしまいました(;;)
「もうすぐ、2歳2ヶ月かぁー。」と思いながら、色々な事を想像してしまいます。
守ってやりたかった・・・生きていて欲しかった・・・。

娘さんは、たくみ君が入院中は、おばあちゃんに見ていただいてたんですね。
「実際、母乳をあげている他のお母さんのところにハイハイして行き、自分も貰おうとしていた。」「その影響でか、今もあまり私を頼ってきません。お腹が減っても寝たくなっても、お婆ちゃんのところに行ってしまいます。」とうかがい、おんなじママとしてtakumio様が悲しく思うお気持ちが解ります。
状況が状況だったから、仕方ないですよね。
私も、息子に会いに行く時は、おばあちゃんにあずけていました。娘には申し訳ないけれど、息子の事だけで頭がいっぱいになっていて娘の事をほったらかしにしているような感じでした。

娘さん、今はおばあちゃん子ですが、また月日がたてば「ママッ!ママッ!」となると思いますよ。
お互いに、娘と一緒にいられなかった時間を取り戻しましょうね!
娘と二人きりで過ごす時間を増やして、ママを一番ダイスキにさせてしまいましょうよ!(笑)
娘さんがもう少し大きくなった時に、お兄ちゃんの状況をお話ししたら、きっと解ってくれますよ。
子供は親が思っている以上に、理解力がありますよね!
なんて、偉そうな事を言って、すみません。
ポジティブな発言をしていても、実際はネガティブなのに・・・。

はい・・・。
闘病中のいろんなこと、考え出すと止まらなくなるし、とても辛くなってしまうので、何かをして紛らわしている自分がいます。
あぁ。文を書いてもチラチラとあの時の事がよみがえってきて悲しくて辛くなります(;;)

息子さんは、4歳~5歳の1年間、病気と闘われたんですね。
私の息子もまだ1歳6ヶ月でしたが、元気な時は彼氏のような存在と考えた事がありませんでしたが、入院をしてから私の中でうまく口では現わせないのですが、「息子でもあり彼氏のような存在」に変わっていた事に気づきました。
彼氏と言っても恋愛をしていた時の彼氏とは違った、とてもとても大切な、恋愛とかそのようなものを遥かに超えた特別な彼氏みたいな。
って、なんだか自分で書いていても意味が解らなくなってしまいましたが、(^^;)
ぶっちゃけてしまいますが、夫よりも父や母よりももっともっとみたいな・・・。
とは言っても、もちろん皆、大切なのですが。

たくみ君のお話しを読みながら、たくみ君のお顔を知らないのに「ママ~、またやったの?」と笑って励ましてくれている所や、新しい洋服やアクセサリーを付けて、どう?と聞くtakumio様に「似合ってるよ~」「可愛いよ~」と言ってくれている姿を想像してしまいました。
お顔は知らないのに、可愛いなぁ~と、思いました。
私も息子に言われてみたかったな。
私は息子の可愛い声と満面の笑みで「ママァ~!大大大大だぁ~~~いスキッ!」と言われてみたかったです。そして、私の胸に飛び込んできてくれる息子の姿を想像してしまいます。

takumio様も、たくみ君との思いでが沢山あり過ぎて、辛いなんてものじゃないですよね(;;)

ほんと、そうですよね。
きっと、亡くした子のことを考えない日はないでしょうね。
「考えては泣いて、謝って、後悔して懐かしんで、こんなんじゃいけない、頑張んなきゃって、その繰り返しですね。」
その通りだなと思いました。

takumio様は、ご両親と同居していらっしゃるんですね。
いつも誰かがいてくれる事は、気持ちが紛れたり、心強かったりするかもしれませんが、ご家族の目を気にして、自分の悲しみをごまかす事も私には辛いように感じます。
大丈夫ですか?

私は、偉くないんです。
確かに、色々な事を考えますが、考えているだけて、心で思っているだけで、全然実行に移していないんです。
息子はきっと「ママ、考えて思っているだけではダメだよ。それなら誰にだってできるよ。行動しなくちゃ。自分を磨かなくちゃ。」と思っているに違いありません。

しかし、なかなか行動にするのも難しいです。
でも、少しずつではありますが、変わっていきたいと思います。

takumio (2010-3-29 10:41 )
こんにちわ。

そうですね。いろんなことを考えていても、行動に移すのって
難しいですね。行動することで、余計に考えちゃって辛くなってしまう怖さもあるし。でも、考えているだけでも、十分息子さんにとって嬉しいことじゃないですか?いろんなことを思い、話しかけ、それが何よりのように思います。私は忙しかったり人のいるいないに関係なく、いつも決まって話しかけられるようにしたいです。ムラがあるように思うんです。凄く凄く思い込んでしまう日と、そうでもない日と。なんか自分の都合で想いを寄せている気がして、嫌だから…。

下の子には、息子のように息子のように…と、いろんな面で息子がしてくれたことや仕草を、娘に期待してしまいます。可愛がっているんですけど、そんなことを期待してしまう自分が嫌になったりもします。娘は娘なのに…。SUNさんが言うとおり、たくさん接してゆっくりママを認めてくれたら、理解してくれる…、そして自分も息子に重ね合わせなくなっているはず…と信じてみます。そして、ママ大好き!と、思ってくれたらいいな。励ましてくれてありがとうございます。

息子との思い出、沢山あります。でも年齢じゃないですよね。息子がちょうどSUNさんの息子さんくらいの時、やっぱり可愛くて可愛くて仕方なかった。泣いて後を追ってきたり、抱っこから降りなかったり。全部の思い出、ずっとずっと大切にしたいですね。一つも忘れたくない。。。抱っこしてた感触も今はまだ何となく覚えてるけど、覚えてられるかな。。。心配です。忘れてしまうのは怖いです。

SUN (2010-4-1 23:07 )
こんばんは。

お返事が遅くなってしまって、すみません。

昨日から、また落ち込んでいます。

takumio様が、「考えているだけでも、十分息子さんにとって嬉しいことじゃないですか?」と言ってくださり、気持ちが楽になりました。
ありがとうございます。

私は、息子が元気だった時も、自分の事ばかり考えていて、息子がこのような事になってしまった今、変わらなくていけないのに、それでもまだ、自分の事ばかり考えてしまいます。
息子が命をかけて沢山の事を教えてくれたのに・・・(;;)

私も、takumio様のように、忙しかったり人のいるいないに関係なく、いつも決まって話しかけられるようにしていきたいと思います。

私も、娘に、息子がしてくれたことや仕草を期待してしまう時があります。
と同時に、同じような事をする時があるのですが、期待していながら、とても悲しくなります(;;)
そして、息子に逢いたいという思いがものすごく膨らんでしまうんです(;;)

takumio様は、お話をうかがっていて、とっても素敵なママだなと感じます。
娘さんにとって、絶対にママが一番になります!絶対に!

って、こんな弱気で駄目駄目だった(現在もです)ママである私が言
える言葉ではありませんが・・・。すみません。

ほんと、そうですよね。
息子と過ごした時間、全部の思い出をずっとずっと大切にしたいですね。
私の宝物です(;;)

私も、一つも忘れたくないのに、あんなに毎日、抱っこをしていたのに、感触をはっきりとは覚えていないんです(;;)
はい、忘れてしまうのが怖いです。

あぁ。本当に今日はとても辛いです・・・
どうしようもないです・・・

テルパパ (2010-8-7 22:54 )
7月12日に息子を骨肉腫で16歳で命を奪われました。仕事に復帰してまだ9日です。私は、仕事中は気丈に振舞いますが、通勤の車でひとりに、なると思い切り泣きます。声を出して泣きます。時には、大声で怒鳴ります。私は、心底骨肉腫が憎いと怒鳴ります。そして、天使になった子供たちを見ます。
ももこのママ (2010-8-8 0:02 )
私も病気が憎いです

小さな命、かけがえのないいのちをどうして奪ってしまうのか。
いくらかんがえてもわからないです

私も泣かない日は一日たりともありません。

SUN (2010-8-8 11:49 )
テルパパさん、はじめまして。

ももこのママさん、『天使になった子供たち』でお話をするのは、久しぶりですね!

私の、息子は1歳6カ月の時に、風邪の悪化が原因で急性脳症・多臓器不全になってしまい、1月1日の元日に1歳11カ月で天使になってしまいました。

私が実家へ帰っている時に風邪をひき、痙攣をおこし、救急車で大学病院へ。
搬送された時には意識があったのに、MRIを撮って息子と対面した時には意識がなかったんです。
皆が驚くほど元気のよい子だったので、そのうち目を覚ますだろうとか、一週間位入院すれば帰れるだろうと思っていました。
しかし、最初のMRIでは全く異常がなかったのに、一週間後に再度撮ったら、脳の3分の2はもう機能しておらず、中枢神経までやれてしまっていました。あー泣けてきます。
自分では、もう息をすることができなくなっていました。
そのままずっと意識が戻ることなく、天国へと逝ってしまったんです(;;)
「産まれてきてくれて、ありがとう」も伝える事ができないままお別れになってしまったんです。
はぁ。思いだすと涙がとまらなくなります。
胸が締め付けられます。
なんだか、自分の話しばかりで、すみません。

テルパパさんも、車内で大声を出されているんですね。
私も、息子が入院中、病院へ行くまでの道中、帰りの道中、何度大声を出して、叫んだかわかりません。
今現在は、大声を出す事はなくなりましたが、普通の大きさの声ではブツブツと言っています(^^;)

息子が入院中は、神様なんていないと思う日もしょっちゅうありましたが、もう神頼みしかないと思い「神様お願いします。私のいいけない所は全て直すので、どうか、どうか、息子を助けて下さい。元気だった頃の息子に戻して私達の元へおかえし下さい。」と叫びました。
変と思われてしまうかもですが、片道30分でしたが、行きも帰りもひたすら休む事なく「神様お願いします。神様お願いします。・・・・・・・・・」と言っていた日もありました。
時には、「どうして息子なの???」「息子が何をしたの???」と思ってはどうしようもなくイライラしてしまったり、運転のマナーのなっていない人を見ると「なんでこんな人がのほほんと生きていて、なんの罪もない我が子がこんな事に」と、めちゃくちゃイライラして「ふざけんなっ。ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁ。」と叫んだ事もありました。

今は、少しずつ気持ちのコントロールができるようになり「はぁ。どうしてあの子なの。」「本当にいないの?」「この先、何十年も逢えないなんて。」など、ブツブツとつぶやいているといった感じです。
娘に申し訳ないけれど、しょっちゅうため息ばっかりです。

私も、同じ気持ちだなと思い、お返事をさせて頂きました。

この間、集いの会に初めて参加させて頂きました。
お子さんの病気は違いましたが、愛する我が子を亡くした悲しみ・辛さ・寂しさ・どうしようもない気持ちは一緒なんだな。
私は一人じゃないんだな。と感じ、心強かったです!
参加して、本当に良かったなと思っていますし、また集いの会がある時には絶対に参加したいなって思います!
泣かないつもりでしがた、感情が込み上げてきて話す度に涙が止まらなくなり、かなり泣いていました。
でも、皆さんも一緒に涙して下さったり、相談にのって下さったり、元気と勇気を頂きました!
それに、泣いた事によって、なんだかスッキリもしました。
今でも、テレビを見て息子を思い出しては泣いたり、世の中不公平だなと思って泣いたりしますが、辛くなると集いの会でお逢いした方たちの事を思い出したりして、少しずつ前に進めるようになろうってなります!

新米ママの私がお返事をしても・・・かと思いますが、少しでも元気になって頂けたらなと思い、お返事をさせて頂きました。

テルパパさんと、ももこのママさんがおっしゃるように、私も病気が憎いです。
憎くて憎くてたまらないです。
医学が進歩しているのに、どうして助からなかったのかとか、どうして助けられない病気になってしまったのとか考えては苦しくなります。
そして、自分自身を責めずにはいられないです(;;)
でも、息子は自分を責めたら悲しむだろうなと思ったりしますが、なかなか・・・。

息子が天使になって7ヶ月がたちましたが、今は気持ちをコントロールできるようになってきて、思うのが、いつか天国で再会したときに胸をはって会えるように、素敵な人間・ママ・女性になりたいなと思います。
と言っても、なかなか難しく、無気力になってしまう日もしょっちゅうありますが・・・。
それでも、少しずつできる事からしていきたいと思います。
今のままでは恥ずかしくて会えません。
来世や再来世の事は分かりませんが、現世で一生懸命に自分を磨いて頑張ったらまた、私をママに選んでくれると信じて頑張りたいです。
そうでも思わないとやってられませんし・・・。

長くなってしまいましたが、読んでくださりありがとうございます。

テルパパ (2010-8-8 23:12 )
SUN様ありがとうございます。今日、仕事で息子と思い出の桜木町、みなとみらいを走りました。一人ではなかったので、気丈に振舞いましたが、きつい時間でした。息子が亡くなってから、胃痛を知りました。いないこと、自体ありえません。今日は四七日でした。家内と息子を語り合いました。でも、哀しみは変わりません。居ないこと自体、ありえないと未だ、思います。SUN様ありがとうございました。

カテゴリー: 分かち合い

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