これからもずっと娘と共に静かに暮らしたい

これからもずっと娘と共に静かに暮らしたい

みっちゃん (2016-5-2 11:17 )
こんにちは。
ここに投稿された全ての文を読ませて頂き昨夜は眠りにつきました。
投稿を読みながら、あの時を思い出し涙していました。
皆さまが、皆同じ思いで苦しんで、悲しんでいらっしゃる。子供という存在は、親にとってかけがえのない宝物だと思いました。

私にとっても、自分の事よりも大切な存在でした。
日々、転移、再発で容態が悪くなる娘を目の前にして、最善を尽くし治療にあたると言ってくださった主治医、スタッフの皆さんの言葉を信じて治るとばかり思っていたのに、最期は自分の力不足で娘さんを助けてあげられなかった、申訳けありませんと先生方に言われました。
もしかしたら、自分の命がそう長くはないかもしれないと薄々感じていた娘には、気づかれないように面会後の帰りの電車の中で、緩和ケア室の中で泣いていました。
もう、娘の姿はないけれど、寂しくて悲しいけれど、あの苦しそうな姿は見たくないです。
今は、穏やかにきっと私達を見守ってくれているでしょう。
私の心の中にいつもいます、娘が。
これからは、ずっと娘と共に、主人と二人で静かに生きて行きます。
退院したら何がしたい?娘に聞いたら、何もいらない。普通に仕事して、普通に食べれて、普通に生きたいそう話していました。
私達も、娘と共に静かに暮らしたい。

紫陽花 (2016-5-4 3:19 )
始めまして。
お嬢さんは、ガンでお亡くなりになったのでしょうか?
再発、転移を繰り返してと書かれていたので。
私の娘はガンで7か月前にこの世を去りました。まだ12歳でした。
治ると心の底から信じ、一生懸命治療に耐え頑張っていました。
娘もお嬢さんと同じような事言ってました。
治ったら学校に行きたい。自分のベットで寝たい。。。
普通の生活。。。させてあげたかった。

今日、献血しに行ってきました。
血管に針が刺された時に、心が苦しくなりました。
あー娘は何度この痛みに耐えただろう。
何十回、何百回と大嫌いな注射をされて、いつもいつも涙を流していた。。
私のこんな痛みなんて、痛いうちに入らないなって。。
ポートの針やドレッシングを毎週交換するのは娘にはとても辛いことでした。
ポートだけでは足りないアクセスラインをピックラインで補い、足りない時には他にも針をさしてアクセスラインを確保していました。本当に娘は頑張りました。
きっとみっちゃんさんの娘さんも同じ事を繰り返されてきたんでしょうね。
娘達、本当に頑張りましたね。今は痛みから解放されているんですよね。

いつでも娘は私と共に。。。
分かっていても、見えない触れることのできない寂しさは本当に辛いですね。。

チョコ (2016-5-4 23:45 )
みっちゃんさん、紫陽花さん、こんばんは。
娘と共に暮らしていきたい!本当にその通りです。
肉体はなくとも、魂はきっと私たちを見守り導いてくれていると思います。
ずっとずっと、一緒です。

私と娘は同じ仕事をしていて、後を継いでもらうつもりでした。片腕片足をもぎ取られた状態で、もうすぐ1年が過ぎようとしています。仕事を続けていく以上、色んな場面で娘と過ごした場所や時間を避けて通ることは出来ません。だから、いつも一緒にいるんだと信じることにしました。それでないとやりきれないのです。
それでも時々、猛烈な虚無感に襲われます。
寂しいです。姿が見えないって残酷ですね。

末っ子の一人娘でした。本当に宝物でした。今日も仕事で娘の在りし日の姿に思いを馳せていました。これからも娘と共に生きて、私が娘のところへ行った時に、お母さん、頑張ったね!と誉めてもらえるように。皆さん、頑張っていきましょう。

みっちゃん (2016-5-14 9:49 )
紫陽花さん

こんにちは。
娘の病気は、骨肉腫という骨に出来る癌でした。
10回の手術と長きの抗がん剤を乗り越えて、頑張って闘病しておりましたが、
転移、再発に悩まされ、天国へと旅立ちました。
病気が発覚して、長年の恋人からテレビでも放映されましたが、公開プロポーズ頂き去年の8月の誕生日に入籍しまして、今年挙式を挙げる事となっておりました。主治医から、式までは到底体力が持たないかもしれないから、一刻も早く本人の望みであるならば小さな身内だけでもの式を・・・と、告知されたのですが、娘の旦那様、身内共々、絶対治すという一心で看病しておりました。
願い叶わず、娘を一人で旅立たせてしまいました。
唯一、体調のいい時に、一時外出で前撮りで撮った写真が、私達の手元に残りました。
3人兄弟の、末っ子の一人娘で何と言いますか、自分の分身の様で、いつまでもこの娘を亡くした悲しみを受け入れる事が出来なくて、自分の心もぽっかり大きな穴が開いたままです。
買い物して、会う知りあいの方々に、どう?元気になった?と、聞かれますが、
元気になれる訳がない!そう、いつも思ってしまいます。

みっちゃん (2016-6-11 9:40 )
じゅぴたーさん、皆さん

おはようございます。
梅雨の晴れ間・・・暑いですね。
不思議な体験をしてから、何故か私の心も少し落ち着いています。
泣いてばかりいても、落ち込んでも私はお母さんの所へ帰って来れないんだよ!
ほら!絶対待ってるから、、ゆっくり歩いてきて・・・寄り道して来ていいよ、急がないで来てよ・・・と、娘に言われているようです。
娘が生前中は、泣かない強い母で頑張って娘を支えてきましたが、もう今は、電池も切れて、エアー漏れしっぱなしの泣き虫な母になってしまいました。
娘は、大学を卒業し、そのまま大学病院で看護師として働いていました。
患者さんの健康管理をすると共に、忙しい職業だから自分の健康管理もしっかりしてといつも言っていたのにあの子はほんとに・・・・
私の働いてる姿は、恥ずかしいから見に来ないでねと言っていたので、病気がわかって先生からの告知の時に初めて病院に行きました。
だから、もう娘の勤務先の病院へ行くのも怖くて行けなくなってしまいました。
見るのが辛くて辛くて。
ナース服姿の写真も辛くて見る事が、出来なくなりました。
今日は、自分の辛い話をしてしまいました。
すみません。

じゅぴたー (2016-6-12 22:14 )
みっちゃんさん

こんばんは。

私も娘の入院していた病院にも、以前の勤務先にもまだまだ全然行けません。
主人や友人たちに甘えて、用があるときもお願いしているのです。

病院では色々な辛い記憶もあるけれど、
必死だった私の想いもあったから
病室に娘がいないのは当たり前なのですが、
心のどこかで、そこに娘がいるような気がしているのではないかと最近思うのです。

だから、病室に行って、本当に娘はいないんだと今更また思いたくないのかも…と思ったりしています。
以前の勤務先も同じこと思うのかな…。

まだまだ、娘と会えない自分の心をきちんと受け止めることができていませんね。

まとまりなくて、ごめんなさい

きむ (2016-6-13 9:28 )
こんにちは。 きむです

何をしてても息子を想い涙が溢れますね。本当に辛いです。
25年間の思い出が頭によみがえり毎日寂しい思いをしています
26回目の誕生日には
「私達の所に生まれてきてくれて
ありがとう」と伝えました。

私は息子が勤めてた大好きな会社に行きました
自宅から会社がある方向に車を走らせたとたんに涙が流れ
心が引き裂かれる思いでしたが頑張って行って息子を感じてきました。

息子と一緒に食事をしてた場所には、行こうとしましたが涙が流れて止まらないのでまだ行けてませんが、
一周忌位には行って息子を感じて来たいと思います

無理しない様に少しずつ少しずつ
前向きにいきましょうね

みっちゃん (2016-6-13 20:03 )
こんばんは。

私も家の中の物を、1つ1つみても、娘との思い出が残っています。

娘の入院していた病院も、まだ病室を覗けば居そうな気がして、病院の前まで行ってみようかな?病室まで行ってみようか?と、自分に問うてみたりします。でも、最期に話した娘との会話や娘が流した1筋の涙が頭の中で蘇り、足を進める勇気が出ません。
私は、野球という物を全く知らなくて、ルールも何も知らないのでその見る楽しさも分からなかったのですが、娘が大好きで縁もあったプロ野球のファンクラブに入り、娘の写真を持って観戦に行く事にしました。
隣にいる方も知らない人なのですが、1点、点を入れると知らない私にもタッチをして下さって、皆仲間だよ!と、言わんばかりに微笑んでいます。
娘を傍に感じて、娘が果たせなかった、1日、1日を大事に生きて行く事を、私が娘と共に果たして行こうと気持ちを改めました。
涙が出てどうしようも無い日やどうして、お母さんを遺してと凹む日もあるけれどいつも一緒だと思うと、少し気持ちが上向きになります。
今まで娘と長い時間一緒に居られなかった分、これからはそれを挽回して、いつも傍にいます。前を向いて。

えむけい (2016-6-19 19:53 )
こんばんは。
先日初投稿したえむけいです。

私も娘の部屋、家の中もすべてそのままです。
どこに行っても何をしても娘との思い出だらけです。

私は娘の魂はいつも一緒にいると思っています。
ですので、朝起きてから夜寝るまでいつも娘に話しかけながら過ごしています。顔は見えないし声も聞こえないしお喋りも出来ないけれど、でもいつも一緒だと信じたいです。これからもずっと一緒だと信じています。

マサコ (2016-6-20 8:52 )
えむけいさん、こんにちは。
私も信じます。
これからもずっと一緒に、信じていきましょうね。
もしかしたらそのうち何かの間違いで声が聞こえるかもしれませんよね。
そんな夢くらい持ったっていいですよね(*^_^*)
ことり (2016-6-23 9:31 )
おはようございます。今日は夫が早出だったので早起きで、夫を見送った後うたた寝してしまいました。目が覚めてまだ布団から起き上がれずぼんやりとしていたら、「ねんね」って声が聞こえた気がしました。
息子がそばにきてつぶやいてくれたのかなって、嬉しくなりました。

寝るときはいつも「ママがいないと寝れないよぉ」と甘えてきた息子達、暑い日寝ていると、汗ビッショリかいて酸っぱくなる髪の毛の匂い、つい可愛いくて写真を撮りたくなる寝顔、、全てが愛おしい。。
今は大好きだった息子達の寝顔の写真も、見ると亡くなった時の姿と重なりなんだか胸が苦しいです。

また声を聞かせてね。今度は「ママ」って呼んでほしいな。幻でもいいから、、姿も見せて、、、会いたいよ、、、。

マサコ (2016-6-23 9:57 )
いいなぁ、羨ましいな。
きっと一緒に ねんね したかったんでしょうね(*^_^*)
でも嬉しくてきっとことりさん起きちゃったんでしょう?
その後、「え~一緒におねんねしてくれないの?」
って二人で言ってたかも。
ずっとそばにいてくれているんですね。
今度は一緒に寝てあげてくださいね、そしたら聞こえるかも
「ママ」って。
ことり (2016-6-23 10:28 )
マサコさん。 おはようございます。返信ありがとうございます。

そうなんです!声が聞こえて、ハッとして目が覚めてしまいました。
そのまま寝てたらもっと声聞けたかなぁ、夢に会いに来てくれたのかなぁ。勿体無かったですね!
洗濯機の中の洗い終わった洗濯物早く干さなきゃと起きてしまいました^^;

数ヶ月前にNHKで「風の電話」というドキュメントを観ました。岩手県の海を望める高台にある電話線の繋がってない電話ボックス。震災で家族を亡くした方たちが訪れて、天国にいる家族への想いを伝えにきていました。風に乗せて想いを伝える電話だそうです。
本当に天国にいる人と話せる電話 あったら良いですよね。。1日何回もかけてしまいそうです。

マサコ (2016-6-23 10:48 )
ことりさん、風の電話知らなかったので調べてみました。
その想い嬉しいですね。
私も一日何回もかけてしまいそうです。
そのうち娘からうざがられ、ガン無視されそうです。
そして今度は声だけじゃなく直接逢いたいって欲張って、何とかしてって言っちゃいそうです。
これだから…おばさんはね…
アップルティー (2016-6-23 12:00 )
ことりさん、マサコさん、こんにちは。

「風の電話」…初めて聞きました。
以前「天国ポスト」の話を聞いて調べたことがあります。
どちらも本当に天国と繋がっていたら…と思うばかりですね。
息子の声が聞きたい…
一方通行でもいいから…
一言だけでもいいから…
本当にそう思います

ことり (2016-6-23 13:25 )
マサコさん。。もし天国にいる子供と話せたら、今度は会いたくなって、会えたらずっと側にいて欲しくなってと、どんどん欲が出てしまいますよね。 私も息子達に「早く帰ってきてよ。寂しいよ。」って言って困らせてしまうと思います。。

アップルティーさん。 こんにちは。
私は「天国ポスト」知りませんでした。よく似ている「漂流郵便局」は前に知って、いつか息子達宛に手紙を出してみたいなぁって思っていました。届け先の分からない手紙を受け付けてくれる郵便局だそうです。「天国ポスト」も天国宛という感じがして良いですね。

織姫と彦星のように、私達も子供達と1年に1度でも会えたらいいですよね。そうしたら辛い毎日もその1日の為頑張って生きていけるのになぁ。。。

カテゴリー: 分かち合い

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