気持ちに波があります。

気持ちに波があります。

ゆい (2012-5-9 13:41 )
ここ数日気分が落ち込んでいます。
娘がいない寂しさと同時に病院ですごしたことを
思い出します。
小児科病棟では重症の子供たちばかりで
普通で考えれば大変な治療も感覚が麻痺して
当たり前のように感じでいました。
点滴が増えても薬を吐き出し飲みなおしに
なっても娘はがんばっていました。
治癒していればそれでも良かったねと言えたのでしょうが
亡くしてしまった今はあんなことをさせてよかったのだろうかと
自分を責めています。
二歳前でしたのであまりおしゃべりも出来ませんでした。
本当はどう思っていたのかなと聞きたいです。
そして謝りたい。
会いたいです。
ゆうき (2012-5-9 15:59 )
ゆいさん はじめまして。

私は1年半前に2歳11ヶ月の息子を亡くしました。
私も、息子を亡くしてから1年半が経った今も気持ちが不安定で特に夜になると
息子の最期の時の顔を思い出して涙が止まらなくなったりします・・・。
息子は1年3か月の入院生活だったのですが、私も息子の入院中、みんな重い病気を抱えながらも病気だということを除いては普通の子供たちばかりで、大変な治療をしているさなかでも、病棟のなかにいるとそれが普通のようになってしまって、
母親ながら病気についても無知だったと、息子を亡くしたいま痛感しています。
辛い治療に耐えながら、いつもニコニコ笑っていた息子を思い出しては、私がもし
あの子だったら同じように頑張れたのか・・・飲むのを嫌がったお薬を無理に飲ませたり・・・病気の息子にたくさん辛いことをさせてしまい後悔ばかりです。
息子は元々の病気を治すための化学療法の副作用で他の病気を併発してしまい、それが原因で突然亡くなってしまいました。
それまでは病棟の中でも一番元気だったので、安心していた自分が腹立たしくもあります。私も息子に会いたいです。

ゆい (2012-5-10 17:00 )
ゆうきさん

お返事ありがとうございました。
同じ状況を分かってくれる人がいてとても嬉しかったです。
一年半の入院は長かったですね。
娘は原因が分かるまでは不明熱で入退院を繰り返していました。
そして検査を進めて行くうちに先天性の病気であることが
分かり骨髄移植しかないという選択になりました。
私は移植すれば治ると信じて疑わなかったので
まさか抗がん剤の副作用で容態が急変し亡くなるなんて
思ってもいませんでした。
私もゆうきさんと同じで病気に大して無知でした。
本当に最後のときのことが頭のなかでぐるぐるとまわります。
いつもと様子が違うと看護士さんや先生に言っても
こういうことは普通だからと言われ納得していました。
もっと強く早く何か対応できなかったのか悔やんでいます。
46時中一緒に過ごして一番分かっていたのに。
心のつかえは一生でしょうね。
またメールさせてくださいね。

ゆうき (2012-5-15 15:16 )
ゆいさん こんにちは。
お返事ありがとうございます。

私も、息子を亡くして一年半が経った今でも、なぜ息子が病気になってしまったのか・・・
私がなぜ息子を亡くす経験をしなければいけないのか・・と日々思ってしまいます。

その答えはきっと、私が息子のところに行くときまでわからないでしょうね・・。

息子は、1歳半過ぎのときに病気がわかり入院しましたが、病気がわかる数ヶ月前にあった
1歳半健診も何の異常も言われませんでした。
結局、大きい病院で診てもらい病気がわかったのですが、あのとき病気がわかっていたら今
のような現実ではなかったのかな・・とか、近所の小児科ではなく、最初から大きな病院に
連れていってたら、もっと早く病気をみつけることができたかもしれないのに、と
自分を責めて後悔しかありません。

まさか、息子が大変な病気だとは考えてもいなくて、私が甘かったのだと思います。

何も悪いことをしていない幼い子供がなぜ病気になって、辛い目にあわなければ
いけないのでしょうね。

またお話させてください。

ママ (2012-5-25 17:04 )
私も一年半前に、拡張型心筋症で息子を亡くしました、病院を選び間違えた私のせいです。今はカウンセリングを月に二回受け強い薬を飲み酒も飲み、あの子が迎えに来てくれるのをまっています,逢いたくて抱きしめたくて、毎日毎日涙、涙です
ゆい (2012-5-27 20:27 )
ゆうきさん

こんばんは。
お返事ありがとうございました。

娘も一歳までは本当に元気でした。
市民病院で入退院を繰り返していました。
そのころはそんな大変な病気だと思っていませんでしたので
またかという感じでした。
大学病院で詳しく検査をして病気が分かりましたが
稀な病気で症例がなく先生方も手探りでした。
春になればクリーンルームから開放され退院すると
信じて疑っていませんでした。
だからあの雰囲気の中でも自分なりに気分転換をして
頑張れたのだと思います。
娘も本当に頑張っていました。

どんな困難でも病気でもなんとか乗り越えられるのでしょうが
いなくなってしまってはどこに頑張りを向ければよいのでしょうね。
どうにもならないですね。

家にいると沈んでしまうので知っている人のいない市民講座やヨガに
参加して気を紛らしています。

ゆうきさんは知り合いのかたに会って話しをしたりしますか?
私はまだ怖くて会えないでいます。

またメールさせてくださいね。

ゆうき (2012-6-21 23:18 )
ゆいさん

お久しぶりです。

子供がそばに居てくれれば、どんな現実に置かれていても頑張ることができましたよね。
でも今は、頑張る意欲が湧きません・・・。
息子を亡くしてからというもの、あの日から私の時間は止まったままです。

それでも、息子のところに行く日までは前向きに生きていかなければ・・・と
自分自身に言い聞かせているのですが、少しは前向きになれたかなと思えば
また後戻りの毎日を過ごしています。

私は息子を亡くしてから、一年半が経った今でも息子のことを知っている人に
会うことを避けてしまいます。
息子のことで気を遣わせてしまうのではないかという気持ちや私自身が傷つくこと
が怖いからだと思います。

今はむしろ息子を亡くしたということを知らない人と会う方が気が楽ですが、
それはそれで息子が生きていたという事実を否定してしまうようで、息子に対して
申し訳なく思ったり、私自身これからどうしたらよいのかわかりません。

今日は後ろ向きなことばかりでごめんなさい。

またお話させてくださいね。

カテゴリー: 分かち合い

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