難病:9ヶ月の息子を亡くしました

子どもを亡くした天使のママ はじめての投稿

しーちゃん (2013-6-8 14:40 )
はじめまして。
先月、9ヶ月の息子が亡くなりました。

難病で治療法がなかったため 対症療法のみでした。生後1ヶ月には余命を宣告され 辛いながらも息子と奇跡も信じていました。最初は泣いてばかりでしたが、泣いてる場合じゃない、息子が頑張ってるんだから私も頑張らなきゃ、との思いで毎日病院に通いました。
限られた時間を息子とどう過ごしたいか、沢山悩みました。
今生きているのに、延命するかなど、考えないといけなかった。辛かった。
でも、息子や看護師さんなどと接していくにつれ、少しずつ覚悟は出来てきていたと思います。ある日の朝、病院からの電話で呼ばれ、、腕の中で静かに眠りにつきました。
最期まで、本当に頑張りやさんでした。

息子が亡くなった今 毎日をどうして過ごしてよいのかわかりません。
日病朝から晩まで院通にいたし、息子は手がかかる子だったけど、何一つ苦ではありませんでした。愛しい子だし、大変だってなんだって、生きていてほしかった、、。
覚悟していたとはいえ、時間が経つにつれ会えない寂しさが募ります。。

だけど、前に進まなきゃいけない。
仕事を探そうかと思っていますが、、前に進むことに 罪悪感を感じてしまいます。
息子は時間が止まってしまったのに、自分は進まなきゃ、未来を考えなきゃいけないことに違和感を感じます。楽しんだりすることも、いけないような気がしているんです。。
だけど、早く一人立ちしなければ!と焦ってしまいます。(家を出たいからです)自分の心がよくわかりません。。息子に会いたいです。。
だけど死にたいとかは思いません。そんなことしたら息子に怒られてしまいそうだから。
最近涙がでないこともあり、そんな自分が冷たい人間のように思います。。

うまく気持ちを書けませんが、今まで話す機会がありませんでした。病院でもママと知り合うこともなく、話ができるのは看護師さんと家族でした。
病気の家族の会など探してみましたが見つからず、、。
こちらで、色々なお話ができたらと思っています

ぴーママ (2013-6-8 21:06 )
はじめまして。
私も、こちらのサイトで、なんとか生きられるようになったものです

コツ肉腫で次男を亡くしたという題名で、ゆきさんとのやりとりが載ってます。腕の中で、眠るようにさよならしたなら、すごく幸せな子だと思います。かわいいかわいい子だったのでしょうね。

keiko (2013-6-15 20:22 )
はじめまして。
私は昨年の秋に娘を生後9ヶ月で亡くしました。
出産直後から調子が思わしくなく娘も対処療法しかないと宣告されていました。
娘は人工呼吸器を使っており一日のうち何度も呼吸状態が悪くなり本当に苦しそうでした。
亡くなった直後は、もう娘は頑張らなくていいんだと自分に言い聞かせることができたけれど時間が経ってくるとやはり寂しくて苦しくて・・。
いろいろお話できたらうれしく思います
しーちゃん (2013-6-20 16:57 )
はじめまして。
お二人のやりとりを読んでいました。
皆 自分が苦しいなか 他人を想いやり、、人のあたたかさを感じました。
自分の子供のことを話したい、だけど時間が経つと 話せる機会が減ってきてしまうのは悲しいですね。。ここでは、想いを書けるので、、救われています。
最期のときは 抱っこをしたいと主治医に伝えていました。
心臓が弱まるなか、抱っこをして ユラユラさせて 撫でていました。
顔が見えなくなるくらい泣きながら、名前を呼び、今まで沢山頑張ってえらかったねと沢山ほめました。段々あくびが出てきて あるときピタリと動かなくなりました。。
心臓が止まる前に弱くまばたきをしたときに 息子の目から涙が少し出ていて、、、
あの涙は 辛いよ、苦しいよという涙だったのかと思うと、、つらいです。
なるべくそんな涙じゃないと思うようにしても、、つらいだけです。
かわいい息子でした、、手のかかるかわいい息子でした。
会いたいです、、
しーちゃん (2013-6-20 17:34 )
はじめまして。
うちと一緒の月齢のお子さんだったんですね。。
息子は出産からずっとNICUでした。9ヶ月をむかえてから小児病棟に移りましたが、二週間しないで亡くなってしまいました、、。
この間旅立ってから1ヶ月経ちました。この1ヶ月、あまりに早くて、、なんだかよくわからないままに日が過ぎました。
毎日、まだ絞っていている母乳をお供えして。写真見て泣き、話しかけながら生活してました。出掛けなきゃならないときはお骨と一緒に出掛けて、、。
最近何故か大泣きすることが出来ず、自分が冷たい人間に思えたり、そんな自分に罪悪感を感じたりします。。
でも会いたくて 会う方法はないのか探したりしてしまう。あの柔かな肌に触れられないのは辛いです。感情がチクハグです。
最初の頃は手足をばたつかせたり、大きな声で泣いたり吸引するのに嫌だよって顔もありましたが、徐々に手も上がらなくなり 表情もなくなってきて、、痙攣の症状があり、辛そうに声を出すこともあり、なにもできない自分が情けなく、泣きながら看病してました。
自分の話ばかりごめんなさい。気が向いたらkeiko さんのお話も聞かせていただけたらと思います
keiko (2013-6-20 18:06 )
うちの娘も生まれてすぐにNICUに移りずっと病院でした。里帰り出産をしたため7ヶ月のときにヘリコプターで自宅へ転院することにしました。
転院する前の病院は本当に娘のことを、私たち親のことを考えてくれていて抱っこしたりお風呂にいれてやれたりと娘にとっても楽しい病院だったと思います。
でも転院してからの病院は心のない看護だったりシステムだったりで苦しめてしまったことを私たち夫婦で後悔してばかりです。
命が短かったことは生まれたときから言われていたから亡くなってしまったことよりもできる限り一緒にいたり素敵な時間を過ごしてやることができなかったこと、そのことに対する後悔ばかり感じています。
私もあのやわらかい温かい肌に触れたいです。
抱っこしたいなぁ
しーちゃん (2013-6-20 23:57 )
ヘリコプターというのはまた大変でしたね。
うちも病棟が変わり、やはりやり方が変わるので戸惑いがありました。
面会時間も限られていたし、書き物がたくさんあったりで ゆっくり過ごせなかったことが心残りです、、。
看護師さんにも、今までとはやり方が違うため 不安や不満?はお伝えしていました。
見ていてもらってありがたいとは思いましたが、、あまりに苦しそうな日が続いて、言わずにはいられなかったです。だけどそのや先に亡くなってしまい、後悔しています。。
NICUにいたらもう少し長く生きられたんじゃないかと思ってしまうのです。
こんな風に思うのは辛いから、なるべく考えないようにしていましたが。。苦しいですよね、、
ぴーママ (2013-6-21 14:56 )
しーちゃんさん、けいこさんとの、やり取り読ませていただきました。話できる方が出来て、良かったです。私にも、お返事ありがとうございます。
私は長男が高二でもう親ばなれしてしまい、急にかわいい盛りの子がいなくなり(次男)、子育てから追放されたようで、今でも寂しくて仕方ありません。
しーちゃんさんは、まだ若いと思うので、ぜひまた赤ちゃんを授かってほしいなと思います。まだ、そんな気持ちになれないかも知れないときに、こんなこと書いてすみません。立場が違うのに、ついメッセージ書いてしまいました。
keiko (2013-6-21 17:07 )
そうですよね。面会時間の枠がとても大変でした。以前の病院は24時間OKだったので時間もとりやすかったのですが、転院先は午後1時から9時まで。病院も自宅から距離があり、上の子がいた私たちにとっては難しい時間帯でした。
娘は遺伝病ではないかと言われました。
苦しそうにしている娘を見るたびに私たちのせいなんだと思ってしまいつらかったです。
娘との思い出はすべて病院での出来事で、周りにたくさん人がいる環境。
楽しい思い出をもっと作ってやりたかったなぁ
しーちゃん (2013-6-23 11:11 )
また授かりたくても 色々と問題もあり 難しいのです。。

あたしにはたった1人の 初めての子供。
子育ての喜びを もっと感じたかった。もっとママしたかったです

しーちゃん (2013-6-23 11:28 )
うちも遺伝子疾患です。今度夫婦で検査をすることになりました。
医学は進んでいると思っていましたが 治せない病気はこんなにあるのかと 思いました。
そして子供がそんな病を持って生まれるとは思いませんでした。
自分がその遺伝子を持ってるのかな、、つらい現実です。
子供がほしくても また同じような運命をもってしまったら、、と思うと 私はもう子供は抱けないんじゃないかと考えてしまう。涙

NICUはそばに看護師さんがいつもいますもんね。
したいことがあっても、なかなか出来ない環境ですよね。。
入院してたNICUでは 部屋があり そこでお泊まりが出来て 数回夜も一緒に過ごしたことがあります。
自分の子供と、数えるくらいしか一緒にいれなかったって 仕方ないけどやっぱ辛いですよね。

昨日はすごくきれいなお月さまでしたね。
夜中眠れず 月を見ながら息子に話しかけました。会いたいなあ、、

keiko (2013-6-23 22:11 )
私は第2子が疾患を持ってうまれてきました。1子の時には元気な子で全く自分の子がそんな先天的な病気を持って生まれてくるなんて考えてもいませんでした。
私たちは劣性遺伝ではないかと言われました。
人間誰しも遺伝子のどこかに傷があるのだそうです。その傷のついている場所が私と主人が全く一緒だったためにそういう疾患がある子が産まれる。。疾患を持った子が生まれる確立は4分の1だと言われると次に子供を作るのが不安でたまりません。
自分たちのせいで苦しい思いをして生きなければならないとするとどうしたらいいのか。。
しーちゃん (2013-7-3 1:21 )
お久し振りです。
うちの遺伝も、じょう劣性遺伝の病気です。おんなじですね。
この間、採血してきました。秋頃、結果がわかる予定です。
うちは検査はしますが、離婚する予定で、、子供を諦めています。

息子が病気をもって生まれた理由はわかります。
ことがあってめがほしい。でも諦めなくてはならないかもしれないけれど、、

keiko (2013-7-3 10:31 )
離婚されるんですね。
私は子供がNICUにずっと居たのであの子の話ができるのは、主人と病院の看護師さんしか居ないから。。主人の親からは「その子の寿命だったんだから上の子に目を向けてあげろ」と言われたんですがなかなかそんな風に切り替えることもできず。。。

病院を転院してから抱っこできなくて。
亡くなるときも抱っこしてやれなかったんです。
心臓マッサージや処置の邪魔だからと言われ。
それが本当に悔しくて申し訳なくて、考えると息が詰まってしまいそうなんです。
ごめんなさい。
だらだらと。

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