総動脈幹症、大動脈弓離断症:長男を亡くしました

子どもを亡くした天使のママ はじめての投稿

小萩 (2012-5-3 22:59 )
はじめまして。小萩と申します。
今年の3月3日に不妊治療の末ようやく授かった生後1ヶ月の長男を亡くしました。今日が2回目の月命日です。
この2ヶ月はほんとうにあっという間で、今でも息子がいなくなってしまったことが信じられません。

息子は1月29日に生まれました。予定日を10日も超過していたため、4000g近い大きな赤ちゃんで、緊急帝王切開でしたが、大きな産声を聞かせてくれ、元気な赤ちゃんなんだと麻酔でふらふらしながらもほっとしたことを覚えています。

しかし息子は先天性心疾患の疑いがあり、大学病院へ転院。総動脈幹症と大動脈弓離断症と診断されました。どちらも何万人にひとりという非常に稀で危険な状況でしたが、転院、大動脈弓離断症の手術と順調に進み、2月の末には3月中旬頃の退院ができそうというところまで元気になりました。
人工呼吸器やたくさんの点滴の管、ミルク用の管などがひとつひとつ外されていって、産まれた直後からずっと薬で眠っているだけだった息子が手足を動かしたり、声をあげて泣いたり、哺乳瓶からミルクを飲んだりできるようになっていく姿を見るだけで嬉しくて嬉しくて幸せでした。

それなのに、3月3日に日付が変わった頃、容態が急変しお医者様達の必至の治療のかいもなく突然息子は遠いところへ旅だってしまいました。
なぜ順調に回復していたのに急にこんなことになってしまったのかはわかりません。生後すぐや手術直後の危険な状態を乗り切った後だっただけに、どうして、どうして?という気持が今でも消えず・・・。

一日はとても長く、でも1週間はあっという間に感じられます。積極的に何かをやりたいと思うこともないし、息子の身長体重に合わせて作ってもらったテディベアを抱っこしてぼんやりして過ごしてます。

ネットをあちこちさまよってこちらのサイトにたどりつきました。
いろいろお話をさせていただければと思います。よろしくお願いします。

冬子 (2012-5-4 16:07 )
はじめまして。
以前からこちらのサイトを訪問していましたが、小萩さんの書き込みを拝見してあまりにも自分と状況が似ていたので思わず書き込みさせていただきました。

うちの娘も今年の1月生まれ、亡くなったのも3月で生後2か月半でした。
同じく先天性心疾患でメインは同じ総動脈管です。
複数回の手術が必要だと言われ、三尖弁や大動脈弁の逆流を減らす難しい手術が成功して希望が見えてきたところで肺に異常が見つかり、手を尽くしていただきましたが亡くなってしまいました。

先日四十九日が終わったばかりです。
病院に通うことがなくなって時間はいくらでもあるのに、何をやってもすぐにやる気がなくなってしまいます。

どうぞよろしくお願いします。

小萩 (2012-5-5 15:50 )
冬子さま

はじめまして。ほんとに状況がそっくりで驚きました。
娘さんは2ヶ月半、がんばったんですね。希望が見えてきたところで・・・というところまで息子とそっくりです。

今日はこどもの日。ほんとうならば両家の祖父母が集まって賑やかに初節句を祝っていただろうに、と思うとこの晴天まで恨めしくなります。

毎日切ないですね。

冬子 (2012-5-7 12:06 )
小萩さんの息子さんの、管が少ずつ減っていって、哺乳瓶からミルクが飲めるようになってという回復の様子も手に取るようにわかります。
病棟で他のお母さん方が赤ちゃんを抱っこして泣いているのをあやしたり、ミルクをあげたりしているのを見て羨ましかったです。
うちももう少しであんな風にできるんだと思っていたのに…
自分は眠っている娘の手を握るくらいしかできなくて。
それでも起きているときはあくびをしたり、笑ったような顔を見せてくれました。

心臓病の子は発達が遅れがちになると先輩ママさんから聞いていましたが、2ヶ月経つとそれまで見せなかった、舌をくちゅくちゅ動かして遊んでみたり、手の動きが大きくなったりとちゃんと成長している姿を見せてくれました。
初節句はICUだったので何も出来なくて、来年は盛大にやろうねと話していたのに、もうできなくなってしまいました。

小萩さん、お体は大丈夫ですか?
私も帝王切開だったんですが、娘も同じ病院で治療を受けていたので自分が退院するまでは移動もなくて楽でしたが…
ただでさえ出産でホルモンバランスが崩れているのに、子供を失ってしまって母性本能が行き場を失っているような状態です。

小萩 (2012-5-7 21:24 )
赤ちゃんのあくび、とかお口くちゅくちゅとか、かわいいですよね。最後に面会に行ったときに撮ったビデオにくしゃみとあくびをしている姿が残っています。夜中、仕事から帰ってきた夫に「今日はものすごくかわいいビデオが撮れたよ」とその姿を見せた直後に病院から急変の電話がかかってきたのでした。
冬子さんの娘ちゃんは2ヶ月経っていろんなことできるようになってたんですね。もうこれからは成長した姿を想像するしかないのが切ないです。

やはり出産して1ヶ月はからだはしんどかったです。病院まで片道1時間かかってましたので。出産後、病院から外出して初めて面会に行った時に息子の主治医から「お母さんも転院できるかどうか産婦人科に相談します」と言ってもらったのですが、ベッドがいっぱいで叶いませんでした。後でいろいろなことを総合して考えてみると、その頃はいつ急変してもおかしくない危険な状態だったのだなぁとわかりました。その時は「親切な先生だなぁ」としか思わなかったんですけど。ほんとにのんきだった自分が嫌になります。
ふつうのお母さんは横になって赤ちゃんのお世話だけしている時期に面会で動き回ってるのですから、お互い無理してますよね。そしておっしゃるとおりホルモンバランスと息子を失ったショックで気分の浮き沈みがハンパないです。もし会社勤めしていたらこの状態で仕事に復帰しないといけないのか・・・と、制度の問題などで復帰せざるをえないお母さん達の辛さを思って切なくなります。
冬子さんはお仕事は大丈夫ですか?

冬子 (2012-5-8 11:07 )
仕事は育休取っていましたが、とても復帰は考えられず退職しました。
その連絡さえするのがつらくて…
私は派遣社員だったのですが、電話口で担当の方も絶句してましたね。
下手に慰められるより事務的に話を進めてもらえたのはよかったですけど。

>ほんとにのんきだった自分が嫌になります。
わかります。
私も産後一ヶ月はなるべく無理をしないように母に言われて、娘の状態も悪いながらも安定していたので面会時間を短めにしていたのを本当に後悔しています。
その頃はまだ抱っこもさせてもらえていたので…
2回目の手術の前に、看護師さんに「手術の前に抱っこしてもらってもいいか先生に聞いたんですけど、抱くとやっぱり起きちゃうし、なるべくいい状態で手術に臨みたいからダメだって言われちゃいました」と申し訳なさそうに言われたんですが、その時も治ればいくらでも抱っこできるんだからとたいして気にもしていませんでした。
妊娠6ヶ月位で病気が分かったんですが、難しい病気だけど手術で治ると聞いていたのでまさか亡くなるとは思ってなかったです。

気持ちの浮き沈みは本当にひどいですね。
もう娘はいないのだからしょうがないと諦めのような気持ちになる時もあれば、突然悲しみが襲ってきて涙が止まらなかったり。
今は赤ちゃんを見るのがつらいので、なるべく外に出ないようにしています。

小萩さん、ご迷惑でなければプライベートメッセージを送らせてもらっても良いですか?

小萩 (2012-5-8 17:53 )
冬子さん、ご退職の連絡、辛かったですね・・・。自分から息子のことを口にするのは辛くて辛くて。

わたしも母に無理するな、無理するなと言われ数日に1回は面会をお休みしていたのがほんとに後悔です。3月に入って自分のからだもすごく楽になってきて直母の練習も始まったので「3月は毎日面会に行って、できるだけ長くいよう」と決めた矢先だったので・・・。今更しかたないことなのですが。

今日は午前中、大泣きして疲れ果てました。

プライベートメッセージ、お送りしますね。よろしくお願いします。

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