心臓病:2か月の息子を亡くしました

子どもを亡くした天使のママ はじめての投稿

ゲスト (2010-7-2 14:59 )
先月、生後2カ月の息子を亡くしました。
先天性の心臓病で、妊娠7カ月目で発覚しました。初めての妊娠だったので、出産への不安はもちろんありましたが、それ以上に、お腹でちゃんと育ってくれるのかということと、自分のせいでこんなことになってしまったのかという自分を責める気持ちでいっぱいでした。心臓以外にも異常があるかもしれない、産まれてみないと分からないと言われていたので、出産してよいのかとさえ考えてしまいました。(今は出産してよかったと思ってます。)

生後すぐに手術をしないと、命にかかわる病気で、難易度の高い手術ということも説明されていました。
そのため、とにかくお腹の中で大きく育てるようにと言われました。私は毎日お腹の息子に大きくなってね。と言い聞かせました。その成果もあったのか、息子は思った以上に大きく育ち自然分娩で出産しました。このときに抱っこはできましたが、すぐにNICUに入院になりました。
生後4日目で1回目の手術をしました。たくさんの管が体から出ていて、とても痛々しく見ることが精いっぱいでした。このときから呼吸器をつけたままとなったので、泣き声を聞くことはできませんでした。そして、生後20日目で2回目の手術をしました。10時間の手術でしたが、小さい体で頑張りました。手術は成功しましたが、術後、肺障害を併発してしまい、人工心肺を1カ月つけたままでした。

人工心肺をつけるということは、リスクがかなり高いとのことでした。しかし、2回も危機的状態になってしまい、最終手段でそれしかないとのことでした。私たちは、息子の生命力を信じ回復を祈りました。夫婦でできることはしてあげようと、色々な祈祷もしました。千羽鶴も3日間で折りました。楽しい音楽を聞かせ、毎日耳元で、頑張って!!元気になったら沢山抱っこしてあげるよ!と言いました。
最終的には、肺の機能が回復せず、人工心肺を外すと酸素が取り込めなくなってしまいました。主治医から、もう助かりません。回復不可能です。と言われた時の感情は今でも鮮明に覚えています。

結局、人工心肺を外す覚悟をしました。命の期限が決まっていて、それを待つ間はとても辛かったです。麻酔で意識のない息子でしたが、息子の前では泣いちゃいけないと思って我慢していました。でも、目の前にいる息子は生きていて、明日死んでしまうのかと思うと、何もしてあげられない自分が情けなく、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいで、涙をこらえることはできませんでした。

私たちの判断は良かったかは、息子にしか分かりません。亡くなったあとに全身を見ましたが、あまりにも痛々しかったので、そこで初めてこんなになるまで頑張っていたんだなと気付きました。私たちは、毎日頑張れと応援していましたが、息子はきつかったんじゃないかと思いました。それでも、何回も危機を乗り越え、先生達が奇跡が起きたと言う場面もありました。息子なりに、私たちの応援に必死に応えていたのかなと思うと、胸がしめつけられる思いです。

生後2カ月という期間でしたが、ここまで頑張ってくれた息子は誇りです。私は、産んで良かったのかなと何回も考えましたが、今は本当に良かったと思います。それは、息子に出会えたことで、子供を授かることへの喜びが分かりました。命の尊さや、沢山の人に支えられて生きてることも気付きました。

普通に産まれてくることが奇跡なんだと思いました。だから、私もここまで健康でいられたことに感謝しなければいけないと・・・!

もうすぐ、命日から1カ月が経ちます。まだまだ、気持ちは落ち着かず、思い出しては泣き、外出しても一人孤独を感じます。寂しくて仕方ないのです。いつか、孤独を感じなくなる日がくるのでしょうか?今は想像ができません。

同じような経験をしている友人はいません。皆さんもそうかもしれませんが、少しでも気持ちが楽になれたら良いと思います。
本当は息子の為にも、前向きにならなくてはいけないですし。泣いてばっかは、息子に怒られてしまいそうです。

このような場を探してました。なかなか、思っていることを話すことができず、話しても分からないだろうと思うと躊躇してました。ここに書き込みができることで、嬉しく思います。

そして、今日は息子が産まれてから、3か月目になります。何かおいしいものか、お花でも買ってこようと思います。

そらママ (2010-7-3 0:00 )
息子さん、小さい体で一生懸命戦ったのですね! ママとパパも必死になって力のすべてを出して息子さんを守ったのが伝わってきました。泣いてばっかりでいいのだと思います。私も主人もそうでした。外にいても急に涙があふれてきてしまったり、生きる希望がなくなってしまいました。人の何気ない会話がくだらなく聞こえて、耳を塞ぎたくなりました。孤独に感じました。

私も同じ様な経験をした友人が周りにいなく、このサイトにたどり着きました。 私は自分の思いを文章にするのが下手なので、皆さんの書き込みを読むことで救われています。 ゲストさんのメッセージを読んでいたら自分の時と重なってしまいました。

息子も心臓病でした。亡くなるまで4ヶ月間、本当に色々なことを通り抜けて力一杯生きてくれました。息子の前では絶対に泣かない、ネガティブなことは言わない!と心に思っていました。意識がなくても、心は伝わっていると常に感じていました。不安に押しつぶされそうになって居ても経ってもいられないときには、病院の非常階段を上がったり下がったりして心を落ち着かせたこともあります。病院の外へ出て、人目に付かない場所を探して母に電話して大泣きをしたこともあります。誰かに、「大丈夫!」って言ってもらいたくてたまらなかった。「息子を頑張らせすぎてしまったのではないか」とは今でも思います。でも、どうしてもどうしても、あきらめることができなかった。1%でも可能性があるかもしれない、と、最後の最後まで頑張らせてしまいました。息子が亡くなった日、医者に「もう、これ以上することはない」と言われて、息子のことを見放された様に思えて、自分の無力さが悔しかったです。どんなに望んでも叶わないことがあることを思い知らされました。

私は、泣いてばっかりでいいのだと思います。一緒にここまで頑張ってきたのだから。息子が亡くなってから、主人が言っていました。「ママに会いに来たんだって。幸せだって。昨日夢で言っていたよ。」 なんでかわかりませんが、本当に息子が言ってくれた様に思えて、すごく嬉しくなってしまいました。 そして、こんなにすばらしい息子に会えて、本当に本当に幸せなママだなーって思います。 私も、やっぱり息子に会えて良かったって心から思います。 

ゲストさんの息子さんも、大好きなママにいつもそばにいてもらえて、応援してもらえてきっと心強かったでしょう。ママの声を聞いて、ママの手の暖かさを感じて、安心だったはずです。息子さんもママとパパに会いにきたのですから。

まおたん (2010-7-3 19:51 )
そらママさん、返信ありがとうございます。そらママさんの息子さんも、4か月間必死で生き抜いたんですね。同じような経験をし、同じような気持ちを持っていらっしゃると思うと、一人じゃないと救われます。そして、この気持ちは経験した人でないと分からないと思ってしまうので、お返事の内容を読み、涙がでました。

息子は会いにきてくれたんですよね!そう言って頂けると、息子の人生は短かったかもしれませんが、産んだことは間違いじゃなかったですし、幸せを与えてくれたことに感謝しなければいけませんね。

今回の悲しい出来事があってから、流産を経験した知り合いに、「とても優しい子だったんだよ。だから、神様が誰よりもこの子を近くに置いておきたかったから、欲しがったんだよ。」と言われました。それを聞いたときに、本当にそう思いました。なんとなくしか分かりませんが、とても優しくて、強い子に間違いはないかなと・・・。親バカですね。

そして、息子が入院中に知り合ったママにも、「ママを選んだのは
真生君(うちの子、まおと言います。)なんだよ。きっと優しいママとパパだって知ってたから、病気を持ってたけど会いたくてこの世に産まれてきたんだよ!」と言われました。私は、この言葉を聞いた時に、涙が溢れてどうしようもなかったことを覚えてます。

だから、そらママさんに頂いたお返事を読みまた泣いてしまいました。そして、泣いてばかりでもいいのだということですね。
私は、自分でこんなんじゃだめだとばかり思っていました。何をしても、楽しくないし、それ以前に何かしたいとも思わないんです。

真生は初めての子だったので、兄弟はいません。だから、真生が亡くなってから、主人も仕事ですし、特に何かすることがないのです。今まで、真生の為に過ごしていた時間と、愛情もどこにそそげばいいのか分からないのです。

まだ、四十九日も終わってないので、もう少し落ち着いたら、仕事復帰も考えようかとは思っていますが!
時間が必要ですね。

そらママ (2010-7-7 2:06 )
真生くんって、素敵なお名前ですね。お腹の中から、ずっと一緒に過ごしてきて、一年も一緒にいたのですよね。子供って本当に不思議。命が芽生えた瞬間から、親をとりこにしてしまうのですから。

私は息子が亡くなってから2ヶ月後に、仕事に復帰しました。 まおたんさんのように、特に何かをしたいとも思えず、仕事に復帰してからも、最初は現実の世界との「ずれ」を感じていました。でも、次第に自分の居場所ができ、色々な意味で救われたことも多かったと思います。

息子が病院にいる間、主人は仕事があったので、私のように一日中病院にいることができませんでした。 そのためか、後悔もいっぱいあるようで、今でも毎日苦しんでいます。 以前は、怒ることもあまりない穏やかな性格でしたが、息子が亡くなってからは、感情の浮き沈みが激しくなり、口げんかをすることも増えてしまいました。このままじゃ、息子が悲しむから、息子に恥ずかしいって思いながらも、私も本気で構えてしまい激しく言い合ってしまうこともあります。多分、お互いに理解してもらいたい、という気持ちが強いのだと思います。家族、そして主人のことを思いやり、包んであげないといけない。そう息子から、課題をもらったような気持ちでいます。お恥ずかしいですが。  

主人はよく、息子はあまりにも純粋で汚れがない子だったので、この世で修行をする必要がなかったんだ。。。とつぶやいています。うちも親ばかですね。
まおたんさん、どうぞ自分のお体をやすめてあげてください。私もそうでしたが、知らず知らずのうちに、必死に自分の限界まで頑張ってしまうものですから。

まおたん (2010-7-11 17:43 )
そらママさん、こんにちは。ご心配ありがとうございます。
真生という名前は、漢字のとおりまっすぐに生きてほしいと願いをこめてつけました。昨日、息子の四十九日の供養をしました。息子が亡くなってからは、お別れすることが多く、ひとつずつ終わっていくたびに寂しさを感じます。幸い、天気には恵まれたので、きっと息子が寂しくないように、晴れにしてくれたのかなと思いました。

そらママさんは、息子さんが亡くなられてから2ヶ月後に仕事復帰したんですね?私は、とても迷ってます。仕事をしたほうが気がまぎれるのかな?とも思うのですが・・・。

そらママさんが言ってたように息子たちは、何か課題を与えてくれたのかもしれないですね。私もときどきそう考えます。だから、生きてる私たちが、ちゃんと息子の思いを受け止めて、歩んでいかなければいけないのだと。

あいらぶべーす (2010-7-24 20:14 )
7月12日16歳の息子を骨肉腫で亡くしました。野球少年でした。血だらけの酸素マスクで最期にありがとう、と言いました。お辛いでしょう、あまりにも短い生涯でしたが、私たち残された親は、堪えて生きてゆかねばなりません。たとえ、それがどんなに苦しく辛くても、それを愛するお子様はきっと望んでいます。私も偉そうなことはいえません、頭と心が一致していませんから。54歳父より。
そらママ (2010-7-30 23:35 )
振り返ると、最初の1年は必死でした。まおたんさんのおっしゃる様に、ひとつづつ終わるたびに寂しく感じました。周りが普段の生活に戻っていき、私たち家族だけはこのままずっと前に進めない様に感じました。みんなが息子のことを忘れちゃうんじゃないかって、それがとっても寂しかったです。

そんな中、誰からか、”自分のしたい事をしたい様にしなさい”といういう内容の言葉をもらいました。ふっと心が軽くなりました。今までは、笑いたくないときでも無理して笑ったり、大丈夫って言ってみたり。息子の事を話したいのに、相手の気持ちを考えると口に出しにくかったり。そういう事をふっきって、自分のしたい様にしてもいいんだって思えました。

主人は2週間後に仕事に復帰したので、辛かっただろうと思います。朝起きて、仕事に行くのが苦しい、とよく言っていました。目は覚めても、なかなかベットから出られないようです。通勤中、車の中でずっと泣いていたそうです。よく、”奥さんのことを守ってあげてね”と言われていました。自分だって悲しみで壊れそうなのに。何でも話せる友人がいないと言っています。息子はずっと病院生活だったので、息子のことを知っている人が少なく、それが寂しいです。唯一、私の両親、特に母が、息子のことを私と取り合うほどかわいがってくれたので、それがありがたく、母が心の支えになってくれました。      

まおたんさんとあいらぶべーすさんの息子さんたちもやさしく、がんばり屋さんだったんですね。どうして、こんなにも愛されていて、生きたいと望む子供達ばかりが私たちのもとを去ってしまうのでしょうか。頭と心が一致していなくて当然ですよね。こんなにも悲しく辛いんですから。私も偉そうなことはいえませんが、自分のことを褒めてあげたいです。こんなに壊れそうなのに、よくやってるよ!って。

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