SIDS:生後3か月の娘とお別れしました

子どもを亡くした天使のママ はじめての投稿

ゆうなママ (2016-3-10 6:46 )
私は、34歳海外在住。4歳、3歳、1歳の子供がいる専業主婦です。
1月末、3か月になったばかりの三女が突然亡くなりました。意識不明になる4時間前までは、元気いっぱいミルクを飲ませて、アウアウお話をして私の顔を目で追って本当に可愛くて可愛くて、ビデオや写真に収めて、4時間後。
突然顔が真っ白になり、救急車で救命救急に運ばれましたが、そのまま亡くなってしまいました。SIDSでした。
何が何だか、何が起こったのか分からず、頭は真っ白なまま、毎日、何で助けてあげられなかったんだろう、私がずっと抱っこしていればすぐ異変に気づき助けてあげられたのではないか?という後悔でいっぱいです。

上の子供たちは、『ゆうなちゃんはどこに行ってしまったの?会いたいよ』と言っていました。初めなんて答えていいか分からず、ただ泣いてばかりいたのですが、三女の突然のお別れの後、週2で精神科にかかっており、そこの先生と話したりして、『ゆうなちゃんはね、朝は太陽になって、夜はお星さまになったのよ。おうちには帰って来られないけれど、いつも一緒だからね。おはよう、おやすみ、お話しようね。』と。

亡くなる4時間前まで変わったことも無く、いつも通り元気いっぱいで生後3か月だったけれど、もうずっと前から一緒にいるような大事な大事な家族の一員でした。亡くなった翌日には、ちょうど主人と私、子供達4人で十分な広さのおうちにようやく引っ越しが決まっていたのに。亡くなったショックと悲しみの中、引っ越しにバタバタして、同時に葬儀の準備をしたり、毎日一秒一秒が苦しくて苦しくて、でも頑張らねばと、もうすぐ2か月経とうとしています。自分自身まだまだどうやって生き続けていることが出来ているのかも不思議なくらい、まだまだ小さくて、一人できっとどこかで迷子になっているのではないか?涙が止まりません。
先日、三女の死亡証明書が家に届き、死亡確認された時間を見た瞬間、やっぱり本当に亡くなってしまったんだな、と涙が止まらず。本当にお空に戻ってしまったんだな。でもまた元気な彼女の泣き声が聞こえるような気がしてしまい、家の中でつい耳をすましてしまいます。同時に元気で育っている3人にも泣いてばかりのママで申し訳なくて、強くならなければいけないと思ったりもするのですが、無責任にもカラ元気であんまり頑張れないダメな母です。
子供たちが保育園幼稚園に行っている間は、三女の事を考えてばかりいます。家事をして、終わると三女の事を考え泣いて、気づいたら火を消し忘れていたり、保育園に迎えに行く時間が過ぎてしまっていたり。

私の同じようにショックを受けていながらも頑張っていてくれる主人のためにも早く元気にならねばと思っています。でもいつか元気になれるときがくるのかな?三女は幸せだったのでしょうか?

こんなママで嫌になってしまったのかな?また夜になると、元気な上の3人もふっと亡くなってしまうのではないかと不安で眠れません。どうやったら、毎日もっと元気なママで頑張れるのでしょうか?いつか涙が枯れる日来るのかな?会いたいです。

じゅぴたー (2016-4-10 9:00 )
ゆうなママさんへ

こんにちは
ゆうなママさんの、投稿を読んで、突然のことに、とても悲しくお辛い様子が伝わってきます。

同じ子供を亡くした母親としても、全然違う私が何を言ってあげることができるのだろうと悩みましたが、
もしや、ゆうなママさんは、私の亡くなった娘(25歳でした)とそう変わらない年頃ではないかと思い、
もし私の娘がこのように悲しみ苦しんでいたらと思うと、何かせめて少しでもとの想いから、迷い迷い書いています。

私も、悲しみ辛さから抜け出したいとの思いから、このサイトにおじゃまさせていただきましたが、
子供を亡くした悲しみはどんなに時が経っても癒されないということもここで知りました。
けれど、私にも下の子がいますし、主人もいます。
二人とも切ないほどに頑張っています。
いつまでも泣き暮らしてばかりいても申し訳ないなと思い、何とか頑張って生きていかなくてはと日々模索中です。

少し前から、日記みたいなものを書き始めました。
そのままのどこにも言えないけど吐き出したい気持ちや、今の自分の状況や、亡き娘に宛てた想いなどを。
そして、必ず書くようにしていることは…
今を生きている下の娘のこと、その娘への自分の想い、そして主人の今を必ず書くようにしています。

それは、心の中のほとんどを、亡き娘のことで占めてしまっている自分への反省でもあるからです。
それに、もし、二人がこのノートを見たら…とも思うし。
今は今でしかないから、悲しみも辛さも過去への気持ちも、そして今を生きる家族のことも記しておこうと思っています。

ゆうなママさんが書くとしたら、たくさん書くことがきっとあって大変だね!
3人の元気なお子さんたちは成長期だから、毎日毎日がきっと違うことたくさんあるでしょうね。
それを一緒に見守ってくれるご主人の様子も書いておいてあげるとまた良いかも知れませんね。

私は本当にダメな母親で、
下の娘は甘えん坊だったので、小学校の中学年位まで、抱っこしていました。
しかし、亡くなった娘を抱っこしてあげた記憶は、いくら考えても、
下の子が生まれた以降は思い出せないのです。
たぶんほとんど抱っこなんかもしてあげてなかったと、
病室で娘と過ごした2か月半の間、ずっと後悔していました。
自立心が旺盛で、一人で何でもやりたがる子だからと、お姉ちゃんをほおっておいたんだなと。
寂しかったのかな?申し訳なかったな、とたくさん後悔しました。
病気になってからは痛みなどで、私が体を触ったり、ましてや抱くことなど亡くなるまでできませんでした。
ただ、ただ、病室で側にいるだけ。

不器用な娘は、彼氏もまだいなくて、デートすることも、結婚も、ましてや出産も何も経験せずに逝きました。
そんな娘が婦人科系の病気になり、一度目の手術のあと、
お隣の病室で赤ちゃんが生まれ、ご家族がたくさんお祝いに来られて賑やかにされていて、看護師さんが気をつかわれたのですが、
娘は「赤ちゃんが生まれたんだ。良かったね!」と言って喜んでいました。
本当に天使になる子だったんだなと思います。

そんな25年しか生きられなかったし、何も女性としても喜びも知らずに逝った娘ですが、今ようやく、幸せに生きたと思えるようになってきました。
私達親は、その時その時を精一杯育てたし、
娘自身が精一杯生き抜きました。
ゆうなちゃんも、とっても短い生涯だったけど、
こんなに悲しんでくれる優しいゆうなママさんの子供に生まれてきっと嬉しかったと思いますよ。

ゆうなママさんは、私の娘の代わりではないですが、
私としては娘だったらと思うと、
辛かっただろうけど、何とか幸せで生きてほしいと願います。

子供を亡くしたママ友としても、
ゆうなママさんのお母さん世代としても、
ゆうなママさんとご家族が幸せ目指されること、遠くから祈っています。

そして、ゆうなちゃんのご冥福心よりお祈り申し上げます。

追伸、我が家の亡き娘は、なぜか子供さんに好かれる娘でした。
天国があるとしたら、もしゆうなちゃんが一人で進めなかったとしたら、娘がゆうなちゃんを抱いて、天国へと進んでくれると思います。安心してね(^^)

ゆうなママ (2016-4-15 16:40 )
じゅぴたーさん、お優しいメッセージありがとうございました。
一文一文大切に読まさせていただきました。途中から、涙でよく読めなくなってしまい、お返事が遅くなり申し訳ありませんでした。

そうですよね。時間が経っても癒えない、まさにその通りだなと思います。上の3人が元気に育っていた分、まさかゆうなが自分よりも早く亡くなるなんて考えてもいなくて、元気だったまさに数時間後という出来事に、頭は真っ白で、未だに苦しくて悲しいです。
じゅぴたーさんも、頑張られているのですね。泣いても泣いても涙が枯れません。急な死から、病院でサポートとして毎週、精神科でカウンセリングを受けているのですが、『時間がまずは必要。時間が経てば、苦しみもだんだん良くなってくるからね。』と言われましたが、この3か月、なんか苦しくなるばかり。でも私が泣いていると、小さい上の子供たちが、心配するので、なるべく、泣かないように気を張っています。
日記、大切ですよね。自分の家族一人一人へ対しての思いを書いたり、また言葉にすることでまた自分の気持ちを整理出来たり。
ゆうなが亡くなるまではずっと書いていたのですが、亡くなってから、言葉にして彼女の死を受け止めることが辛く、4月になってから少しずつまた書き始めました。日記なので、3人の成長の様子、育児で気が付いた事を書かねばいけないのに、気が付くと、彼女を助けられなかった後悔や彼女へ対して会いたいと言う思いばかり書き綴ってしまいます。もっと今元気に頑張って私を支えてくれている家族たちの事も書かねばいけないのに。
じゅぴたーさんは愛情いっぱいのママさんなのですね。抱っこって、母親とのスキンシップって嬉しいですもんね。じゅぴたーさんがそばにいてくれるだけで、上の娘さん、きっととても嬉しかったし、安心した気持ちになられたでしょうね。
私は、気づくことも無く、ついつい上の3人ばかりに目が行ってしまい、抱っこも1人目に比べると少なく、授乳やおむ、お風呂に居れたりする以外、上の3人がゆうなくらいの時に比べるとほとんど抱っこもしてあげられなくて、ゆうなを一人で天国へ行かせてしまいました。
じゅぴたーさんの娘さんの優しい気遣いの言葉に涙が止まりませんでした。素敵なお嬢様ですね。
きっと、じゅぴたーさんが優しい素敵なママさんだから、娘さんもそんな優しい気持ちになれるのだろうなと思いました。

まだまだ後悔が付きませんが、いつも小さいのにちゃんと天国行けるのかな?と思ったりしてるので、じゅぴたーさんの優しい娘さんと一緒に居てくれたら良いなと心から思います。
会いたい、ごめんね、ママが会いに行った方がいいかな?と思ったりしますが、とにかく、一緒に頑張っている家族のためにも、ゆうなに少しでも私の子で良かったと思ってもらうためにも、少しずつでも前向きにゆっくりゆっくり進んでいてたらと思います。
じゅぴたーさんも、優しいお言葉、娘さんとの想いで、話してくださり有難うございました。
いつか、また会えるはずのゆうなに、『ママはね、頑張ったよ。』と胸を張って言えるような人生を少しずつでも過ごしていきたいです。

ゆうなママ (2017-1-13 19:18 )
生後3か月の三女が亡くなってから、自分の周りだけ時間が止まったような、必死で生き続け気づいたらもうすぐ三女が亡くなってから一年だと言う事に気が付きました。
三女のもとへ行きたい、会いたい、抱きしめたい、そんな事を思い続け、沢山泣いたりしながら、上の3人の子供たちに消えてなくなりたい心を引き留めてもらい生き続けて来た気がします。
三女が亡くなり体調を崩し、入院したり上の子供達にもほんとうにどうしようもない母でしたが、こんな母でも主人含め子供たちが沢山元気を分けてくれて、少し笑えるようになった気がしていました。
でもふともう三女が亡くなってもう一年がたつのだと気が付いた時、また去年、上の3人に朝ごはんを食べさせてから、三女にミルクを飲ませようと寝室に入ったときの意識不明になっていた三女の顔、を思い出し、『もしも生きていたら一歳のお誕生日、みんなで祝っていたなぁ。』とか、どんな1歳になっていたかな?など考えてもどうしようもない事だけれど考えて泣けてしまいます。
一年しかたっていなくて、でも一年も彼女が居なくなってからの時を過ごしてきた自分。一年も悲しみの中で、上の3人と一緒に居ても心どこか別の所に行ってしまっていた自分。本当に時間が経つごとに自分が嫌になっていきます。
なんで彼女の事を救えなかったんだろう。また同じことが上の3人にも怒ってしまうのではないか。
亡くなってしまった三女、元気で成長してくれている上の子供達。同じ悲しみの中でも大黒柱として、ぶれず頑張り続けてくれる主人。本当にごめんなさいしか見つかりません。

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