骨肉腫で次男をなくしました

子どもを亡くした天使のママ はじめての投稿

ピーママ (2013-4-9 23:48 )
偶然、このサイトを見つけて、投稿しました。
足がいたいと12さいの息子に言われて、接骨院に一ヶ月も通ってしまったせいか、足の痛みがひどくなり、整形外科に行ってレントゲンをとったら、腫瘍がおおきくて、すぐ入院で、七か月の抗がん剤の治療をしましたが、全身に転移して亡くなりました。
なぜもっと速く、レントゲンをとり、治療をすぐにはじめなかったのか、子どもを殺したのは私だと苦しくて仕方ありません。苦しんで当然です。どうしたら、罪が裁いてもらえるのか、教えてください。
ユキ (2013-4-12 16:02 )
ピーママ様

初めて投稿させていただきます。
昨年、もうすぐ9ヶ月になる息子を亡くしました。若年性骨髄単球性白血病(JMML)というとても稀な血液の病気でした。
私も、ピーママさんと同じように、なぜもっと早くに…とずいぶん自分を恨みました。
今、毎日撮った写真を見返せば、明らかな異変に気づくのに、私はいったい愛する息子の何を見ていたのか…。どうしてこんな愚かな私が、母親になれたのかと…。
胸をえぐられるような自責の念で、上手に息ができなくなってしまう時もあります。
引きこもり、毎日、自問自答を繰り返し、答えのない疑問ばかり繰り返していました。
思い出ばかりが溢れ、生きる意味が見出せない日々は、まるで拷問のようです…。

少し前までは、自分の苦しい気持ちを楽にすること、許すことさえ罪のような気がしていましたが、そんな中、こちらのサイトのように同じ経験をされた方のお話、幼い命が旅立つことを綴った本を読みあさりました。
命の摂理を伝える書籍は、古いものでも、新しいものでも変わらない同じ言葉が綴られていました。私は、それを知って「死」に対する意識が少し変わりました。

それは、私たちより小さく幼い命でも、その魂、本質はものすごく、たくましく勇敢で、私たちのために、あえて辛い道のりを選び、それを乗り越えられる両親のもとにしかやってこないということです。
全ての出来事が必然で、生まれる前からの計画であり、お互いに合意のもと一緒なり、別れ、また何度でも一緒に過ごすのだそうです。

私は、あまりに痛々しい姿を思い返し、理不尽で不条理だと、すべてに耳を貸さず、腹を立てていましたが、同じ苦しみや、同じ悲しみ、喪失をかかえ生きている方の存在を知り、息子は短くても十分に生きたのかもしれないと考えるようになりました。
ピーママさんのお子さんも、きっと勇敢な魂の持ち主で、ピーママさんを選び、奥深くでは別れを知っていてピーママさんのもとへ来たのではないかなと思います…。体は終わりますが、魂は無くなることも、消えることもなくて、ずっと、永遠に一緒だそうです。私たちの体もそう遠くはない先に終わります。その時はどんな形であれ、ものすごく幸せみたいです。

子供を守ることが、親の本能ですから、子どもを亡くし、それを果たせなかった全ての親はこの上ない罪の意識に苦しむそうです。でも、このとてつもない悲しみや苦しみの先に光があるようです。私には、まだ光は見えませんが、あると信じて生きてみようと思い始めています。

皆さん、ピーママさんと同じで誰かに裁いて欲しいほど苦しいのだと思います。私も自分の父親に、私を殺してくれないかと頼みました。
そんな事を口走る私を「精神異常」、病院へ行くようにと身近な人でも、心無い言葉をかけてきます。「いつまで泣いているんだ」「自分だけが悲しいわけじゃない」など言われましたが、お空の子供たちはお母さんが泣くとすごく嬉しいのだそうです。
なので私はいつでもまぶたが腫れ上がっています(笑)。

いつか、何もかも、全てを赦せるようになる日が来たらいいですね…。
「私も同じです。」とお伝えしたいだけなのですが、言葉が長くてすみません…。
元JUDY AND MARYのYUKIちゃんの曲で「同じ手」という曲があるのですが
今度聞いてみてください。彼女も息子さんを亡くしたお母さんで、私は彼女の曲と歌詞に勇気をもらいました。

すずママ (2013-4-16 8:21 )
こんにちは。
私は先月初めに14歳の息子を悪性腫瘍(横紋筋肉腫)でなくしました。

右手の親指の付け根にピンポン玉半分くらいのふくらみができたのですが、誰が見てもガングリオンで。腫瘍専門の医師でさえも、MRIやCT撮ってみなければ、誰もがこれは99%ガングリオンと思うと言いました。痛みもまったくなかったです。

中1の夏休みにその膨らみに気づきましたが、息子の話では小学校卒業前からできていたようです。
「(学校の)先生がガングリオンだから大丈夫だって!」息子のその言葉のままにすぐ病院に連れて行かず、スキー教室があるので「手袋するのに少し邪魔でしょ?」と整形外科に連れて行ったのは11月初めでした。

ところが、その最終的な診断結果は思いもよらないことに・・・

その翌月12月から4回の抗がん剤治療の後、摘出手術し、その後も6回の抗がん剤投与で1年間治療しましたが、結局は抗がん剤治療中も進行していて、精巣転移して片側睾丸まで摘出。
最後には、骨に多発転移して全身転移でなくなりました。

なぜもっと早くに・・・と私も思ったこともありました。そうすればもう少し長く生きられたかもしれない。
もしかしたら、この病気を克服できたかもしれないと

でも、早くから治療を受けていたら、小学校の卒業式や中学校の入学式、部活や体育祭・合唱祭などの友達と過ごした楽しい思い出を作れなかったのではないか?とも。

なので、ピーママさんの苦しいお気持ち、私にはよくわかります。

接骨院に一ヶ月も・・・とのことですが、1ヶ月ならば抗がん剤1回おおくできた程度の違いです。

息子さんをとても深く愛していらっしゃったんですね。

治療が長ければ、またそれはそれできっとピーママさんはお辛い思いをされたと思います。

私には「息子は私を信じてくれていたのに、ずっとだまし続けてきた」という苦しみがありますから。

なかなか気持ちの切り替えはつかないと思います。

息子さんと過ごした楽しい時期を思い出しながら、少し力を抜かれてゆっくりされてください。

息子さん、お母さんのこと大好きだったと思いますよ。そして今でも。

息子さんがいつも、ピーママさんに向けてくれていた笑顔を思い出してくださいね。

ピーママ (2013-5-1 9:50 )
ユキさん、すずママさん、本当にありがとうございます。まさか返信があると思わず、今日この返信を読みました。お二人の、言葉の一文字一文字に、涙しました。同じ手聴いてみます。実はこの子は、私のお腹の中にいたときに私の腫瘍摘出手術で一度命を危ぶまれたのです。だから、ゆきさんの、話し合って計画してきて、と、言う内容をしんじられます。また腫瘍とたたかわなければならなかったのは偶然でなかったんだと思います。まだまだ苦しみは消えないけれど、子供のこと忘れたくなくて、文章にしています。せめて、作品の中で行き続けてほしいと思って。でも、今日この返信を読み、いつも一緒にいるのだと思いました。
すずママさんとは、とても境遇が似ています。小学校卒業式の2日後に病気がわかったので、闘病中にあとからこどもに卒業式だけで何も知らずに楽しくでれて良かったと言われたので。
お二人に心から、感謝します。
ピーママ (2013-5-3 23:24 )
返信が遅くなり
もしかしたら、この文を読むことがないかもしれませんが、ゆきさんに改めて、お返事させて下さい。
一昨日は、とにかく急いで返信しなくては、と、稚拙な文ですみませんm(__)m。
ジュディマリのユキさんの同じ手をききました。すてきな歌です。教えてくれて、ありがとうございます。
私のために、時間を作って、文章を送ってくださり、ありがとうございます。どれ程、あの文章に救われたかわかりません。なので、感謝の意味を込めて、私もユキさんに言葉を送らせて下さい。
まだ、小さなうちに、お子さんを亡くされて、私とは、また違う辛さがあるのかもしれません。比べることでもないかもしれません。私は、先日、ある雑誌に、エッセイを投稿しました。それは、子供が親に見せる微笑みの数は決まっているのかもしれない、という内容のものです。きっと、一生ぶんの微笑みをユキさんに残して、赤ちゃんは、ユキさんとさよならをしたのではないでしょうか。短くても、普通の子がする、何年間か分の親孝行していったんしゃないかと思います。あと、ユキさんの、お子さんに生まれて、本当に幸せな子だったと感じます。
お互い、かならず、我が子にまた会えるはずです。
お互いに、ひかりが見えますように。
ピーママ (2013-5-3 23:58 )
すずママさんへ

共感のメッセージをありがとうございます。一昨日は返信に気がつき、あわてて、内容のない返信をしてしまいました。
接骨院にかよった期間を、抗がん剤一回分くらいとか、病気にきがつかなかったから、楽しく過ごせた時間があったとか、肯定してくれて少し楽になりました。最後の、お子さんの笑顔をという文に、きっとすずママさんにも、お子さんが沢山笑顔向けてくれたのだどおもいました。
私も、あのこの笑顔、瞼に焼きつけて生きていきます。

ユキ (2013-5-6 21:07 )
ピーママさんへ

こちらこそ、ありがとうございます。お返事の言葉、とてもとても嬉しかったです。
ピーママさんのお返事を読んで、色々なものがこみ上げてきて…(涙)。
身近な人や、親しかった人たちも、子どもを亡くす経験や、思いは共感できないのだと
最近、わかりました。周囲から孤立し、悲しみの中で、このまま私はどうなってしまうのだろうと考えた事もあります…。
ピーママさんに書いた「生まれる前から」のお話…、私の父と、兄は面白おかしく、笑い飛ばしました。
私には目に見えないものを見る力はありませんが、そう思っていたい、感じたいという小さな願いでした。
親しい間柄だと、期待が大きい分、侮辱や嘲笑に深く傷つきました。
でも、そういった話は初めから拒絶して、信じようとしない人も多いのが現実です。
なので、ピーママさんが涙したと書いてくださったこと、信じていただいたこと、共感していただいたこと、涙が出るほど嬉しかったです。

お子さんがお腹の中にいたときのお話…、考えさせられます。私も切迫流産であきらめかけた子でした。
本当は、何もかも「どうして…」と考えて切なくなります。
誰かが教えてくれるなら、怖いけど知りたいと願ってしまいます。

よく笑う子でしたが、病気がわかる一月ほど前から、突然笑うことをしなくなりました。
最初の異変でした。夏ばてだろう、そういう時期かも…、ママへの反抗…など等、くだらない理由付けをして病院へは行きませんでした。一月も経ってしまい、紫斑が出始め、あわてて病院へ行きました。
病気がわかった時には脾臓がお腹いっぱいに腫れていました。
漢方では脾臓が「笑」をつかさどる感情面での重要な臓器だと後で知り、息子が突然笑わなくなったこと、早くに診察、触診を受けるべきだったこと…、どれだけ泣いても、戻れません。
ただ、今は、知らずに過ごしてよかったのかも知れないと考えるようになりました。
早くに病気を知り、辛い治療、造血幹細胞移植、GVHD、再発への恐怖…
「生きる」だけが全ての医療に頼らざるを得なくなる、選ぶ余地もありません。

ピーママさん、微笑みの数、小さいので少ないでしょうがここでの一生分、私に見せてくれたのでしょうね。
私を見て、微笑んでくれたとき、あんなに幸せな気持ちになったことはありません。

お礼のつもりが、またまた文が長くてすみません。こうやって自分のことを書かせていただいたこと、ピーママさんに読んでいただき、お返事まで、感謝します。ありがとうございました。

ぴーママ (2013-5-9 0:10 )
どうしたら、ゆきさんの心に届くかを考えていて、返信おそくなりました。もし、あえるのなら、隣にいて黙って気持ちが落ち着くまでいてあげたいです。
叶わないので、近日中に、ゆきさんのお子さんの詩を書いて、また送信しますね。決して、ゆきさんは孤立していませんから。
ピーママ (2013-5-11 19:11 )
ママへ 誰がこの人の子供になりますか?と聞かれて「はい!」って僕はてをあげた。 でも短い間しか一緒にいれないよと言われた。 でも、この人にあいたくて生まれてきたんだ。 初めて笑って、笑い返してくれて、ああ生まれてきて良かったと思ったよ。ママの温かさも全部覚えている。 お別れが近くなった一ヶ月は、あまり笑わなくなってごめんね。自分で短い間でもいいと知ってきたのに、ママとさよならするの寂しくて笑えなくなっちゃった。ママといるのって、こんなに幸せなことだと知らなかったよ! この人の子供になりたい人って、また聞かれたら、また僕は「はい!」て手をあげる。でも、長くいれるように必ず交渉してくるから!つぎは女の子かもしれないけど、また男の子かわからないけれど、必ず、また会えるように努力するね!
それまで、待ってて、目に見えないかもしれないけど、ママのそばにいるからね。
ユキ (2013-5-14 10:51 )
ピーママさんへ
なんと言うか…、涙が出ました。
メッセージはタイムラグで12日にアップされたので、母の日のプレゼントをみたいです…。
胸が詰まって、すぐにお返事できませんでした。

いつも読ませてもらうだけでしたが、こちらのサイトにくるお母さんは、皆さん
スーパーママですね…。泣きながら、ぐちゃぐちゃになって、それでも生きて、自分と同じ
泣いている誰かを思えるなんて…(涙)

先月、婦人科でもらった“ハニーサックル”というレメディの説明に
『過ぎたの出来事も、懐かしんだり悔やんだりするだけではなく、現在、そして未来へと続いていく、
これからを生きていく為の大きなプレゼントだと思えるようになる。
英語で”現在”を”Present”と呼ぶように今この瞬間が、何よりのプレゼントとなっていく…』
半信半疑で飲み始めたバッチフラワーレメディですが、日曜に、何気なく読んだ紙にそう書いてありました。

その日、たまたま聞いていたYUKIのライブアルバムは「 “The Present” 」 。
そして、ピーママさんのメッセージ。はっとしました…。
声はなくても傍にいると…、嬉しかったです。何度も読み返しました。
動かなくなった小さな体、触れることできたいとしい愛おしい姿、思い返してばかりいました。

ピーママさん、母になるってすごい事ですね。ここに来るママたちは特別”スペシャル”です。
短くても、あの子達に選ばれたママなら自信をもっていいかもしれませんね。
今は、楽しく元気に過ごす子を見て切なくなりますが、大きな大きな枠から見ると、
この苦しい出来事も贈り物なんでしょうか…。
そう思えたほうが、お空の子ども達もうれしいでしょうね…。

ありがとうございました。

ぴーママ (2013-5-17 22:19 )
ゆきさんの、言葉にあるとおりです。みんな、苦しくて傷ついて、ぐちゃぐちゃになりながら生きているのに、誰かにを励まそうとする。人間の尊さは、そういうところなのでしょうか?presentに、theをつけると現在の意味になるのも、不思議ですね。過去を悔やむ気持ちはなくなりませんが、どんなに悔やんでも過去は変えられないから、今と未来しか作っていけないから、過去を意味があったことにする生き方をするしか、ないのかもしれません。
返信ありがとうございます。
何か、過去に意味を持たせられる、生き方が見つかったら、
またメッセージ寄せます。
ぴーママ (2013-6-5 0:23 )
過去に意味を持たせる
生き方が、まだ見つかりませんが、一昨日、明け方、夢を見ました。ゆめというより感覚に近いかもしれません。
亡くなった父と我が子が、楽しくやっているよみたいな夢でした。明け方、窓をあけてね直したので、とても風が心地よく、そんな夢を見たのかもしれませんが、本当に嬉しかったです。
ぴーママ (2013-6-21 15:06 )
過去に意味がつけられるか、まだわかりませんが、昨日嬉しいことがありました。亡くなった次男のことを買いたエッセイがある賞の1時予選を通過しました。この6ヶ月嬉しいと心から思ったことがありませんでしたが、きのうは雑誌に私の名前を見つけた時、本当に嬉しかったです。心の中の空洞が少し埋められました。

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