がん:28歳の子どもを亡くしました

子どもを亡くした天使のママ はじめての投稿

ゲスト (2013-3-21 13:07 )
初めまして。私の子は28歳で癌とわかって亡くなってしまいました。同じ境遇の方しかわからない何とも言えない信じたくない!どうしたらいいのか解らず調べていたら、出会えたのでメールしちゃいました。今年の11月で三年目ですが、癒えるどころか悲しさが増すばかりなんです。
ラブフラワー (2013-3-24 13:58 )
初めまして・・・
以前からこちらのサイトによく訪問させていただいておりましたが
、昨日やっと登録させていただきました。
よろしくお願い致します。

私は23歳の娘を見送ってから、今年で7年目になります。
ですので同い年ぐらいではないでしょうか?

日に日に悲しみが癒えるどころか、悲しみが増していく気持ち
大変よく分かります。

特に私達の様に病気で見送る・・・という経験をしてしまうと
当初は『あの子は、やっと痛みや苦しみから解放された』という気持ちの方が
勝ってしまって、自分の辛さや苦しみがあまり分からないというのと
現実逃避してしまっていて、これからやってくる本当の苦しみが
まだ分かっていなかった。という気持ちでいたように思います。

ですので私の経験上ですが、本当の辛さは年数が経てば経つほど
強くなっていっている感じがします。

この様な気持ちは本当に経験した者でしか、理解できないですね。

こちらのサイトを立ち上げて下さって、本当に有り難いです。

同じ苦しみや辛さ、ここで吐き出させていただければ
ほんの少しは『一人じゃないんだ』って思えますよね。

私は『あの子を助けてあげられなかった』という強い自責の念でおります。
だから、一生苦しみ辛さを背負いながら生きていこうと思うんです。

こんな事を言えば、娘さんが可哀想って思われるかもしれませんが
今は、まだこんなふうにしか思えません。

どうかお体だけは無理なさらず、ご自愛くださいませ。

西野屋 (2013-3-25 0:11 )
ラブフラワーさん、ゲストさん、こんばんは。私の娘は、22歳で何の前触れもなく突然亡くなってしまいました。劇症型心筋炎と言う病名でしたが、前日の夜までは、本当に普通の生活を送り、会話をしてました。翌朝、意識不明になり意識も戻らないまま娘とのお別れになりました。大学を卒業して社会人三ヶ月目のことでした。あの当時は、今でも不思議なほど・・・どのように過ごしてきたのか思い出せません。ただ、私は娘がいなくなったら生きていけないとずっと心の中で叫んでいたような気がします。でも、まだ私は生きています。娘は夢も希望もたくさんあった子です。きっとあまりの突然のことに無念だっただろうに、と思うと悔しくて悔しくて涙が止まりません。皆さんと同じで、月日が増すごとに癒えるどころか悲しみが押し寄せるばかりです。日々の生活の中でもふとしたことで娘を思い出しては大泣きしてしまいます。街に出て、母娘で楽しそうに歩いていたりする方々を見ると、私も二年前までは娘と買い物に行ったり、映画に、旅行にも行ったなー・・・もう色々と思い出すと悲しくて、辛くて気が狂いそうになります。早く娘に会いたい。少しでも早く会える事を毎日毎日お願いしています。
ゲスト (2013-3-26 11:55 )
西野屋さんこんにちは。
娘さんは22歳だったのですね・・・。私の娘は23歳ですしお互い
ほぼ同じ様な年齢で、天国に行ってしまったのですね。

本当に西野屋さんが書かれてる通りで、まだまだこれから
沢山やりたい事や夢も一杯あっただろうに・・と思うと
それが親として一番悔しく悲しい気持ちですね。

毎日毎日コップのお水が溢れるぎりぎりのところで
生活しているのに、ふとした瞬間一気に溢れてしまい
そうなるともう涙が止まらなくなって、そしてどーんと
落ち込み暫く戻れなくなります。

特に、外出先で涙の要素があっちこっちに転がっているので
私はまだ殆ど引きこもり状態なんです。

会いたいですね。本当に本当に会いたいです。

せめてお空とメールが出来たら・・・なんて有りえもしない事を
願ってしまいます。

これからも又書き込みさせていただくかもしれませんが
西野屋さん、ゲストさん、皆さんどうぞよろしくお願い致します。

西野屋 (2013-3-26 14:11 )
ラブフラワーさん、こんにちは。ホントですね。お空とメールができたら・・・良いのにね。ラブフラワーさんの文章を読んでいたら、涙が止まらなくなりました。思いは同じなんですね。今日は朝からお天気も良くてお日様が眩しいです。こんな日は・・・娘がいると・・ママどこか行くとか聞いてきて、よく出かけたもんです。みんなによく言われたんですが、一卵性親子って・・・今、ものすごく寂しいなーって思います。だからか・・・家にいてもいつも独り言いってます。娘の名前を呼んで・・会いたいよーってね・・洗濯物たたんでいても、お茶碗洗っていても、お風呂に入っていてもです。ものすごく辛くて、悲しくて、気が狂いそうになります。こんな私ですが、また、書き込みさせてくださいね。どうぞよろしくお願いします。
そぷらの (2013-3-31 23:32 )
こんばんは。私も3月25日に癌で22歳の娘を亡くしました。病気がわかってから半年で逝ってしまいました。夢も希望もいっぱいあったのに、叶えてやれなくて、後悔ばかりです。葬儀が終わった所なので、これから辛さが増してくるのかな。お空とメールができたら本当にいいのに…
ゲスト (2013-4-2 13:31 )
そぷらのさん・・・初めまして、よろしくお願い致します。

まだお見送りされてから、一週間と少しなんですね。
私自身その頃の記憶があまりなくて、どうやって
毎日を過ごしていたのか思い出せません。

そぷらのさんも、きっと今はまだ現実なのか夢なのか
分からない状態でいらっしゃるのではないでしょうか?

どうか今は、周りの方達に出来るだけ協力していただいて
家事もお任せして、とにかくお体をゆっくり休めて下さいね。
無理だけはなさらない様に・・・。

西野屋さん、ゲストさん、皆さんこんにちは。
世間は、入学式や入社式、そして桜と騒がしいですが
こんな時は余計に辛さが増してしまって
何だか今朝から、何もする気がおこらなくって・・・。

私にとって一番辛い桜・・早く散ってしまえばいいのに
なんて、本当に性格の悪い人間になってしまいました。

先日もどうしても用事があって、少し外出しましたが
桜を見ないようにと、ひっしに横を向いていました。

そして『いつまでもこんなお母さんでごめんね』って
娘に謝っている自分もいます。

会いたいですね~。せめて夢でもいいから会いたい・・・。

りぼん (2013-4-2 14:14 )
みなさん、こんにちは。
そぷらのさんの娘さんは去年の9月に癌がわかったのですね。
うちは去年の2月に癌がわかり、すぐ手術して成功したのですが退院してすぐ転移が見つかり9月に亡くなりました。17歳でした。
亡くなった直後も悲しみは言葉にならないほどでしたが、半年たっても癒えるどころかますます増すばかりです。悲しいですね。辛いですね。できることならすぐにでも娘のところに行きたいですよね。でも私はこのサイトと出会って同じ天使のママと話すことでなんとか生きています。お空とメールはできないけどこのサイトで苦しみ、悲しんでいるママたちと悲しみをわかちあいましょうね。
西野屋 (2013-4-2 15:35 )
そぷらのさん、はじめまして。ラブフラワーさん、ゲストさん、こんにちは。何だか冬のように寒いですが、お体など、壊されていらっしゃいませんか・・・そぷらのさんの娘さんは、22歳だったのですね。私の娘も22歳でした。娘が亡くなって7月で2年になりますが、ラブフラワーさんもおっしゃってる通り、あの当時私は、どうやって毎日毎日過ごしていたのか全く記憶がないんです。ただただ、悲しくて悲しくて、・・・これからの日々の生活の中で、他愛もないことで悲しみが込み上げて来てはどうにもならない感情に気が狂いそうになります。そんな時このサイトにお邪魔して、ちょっとだけ気持ちを楽にしています。今日だって朝からニュースでは、昨日4月1日は新卒者の入社式の映像が流れてました。2年前の娘の姿を思い出してしまい思わずテレビを消してしまいました。私も、見ないようにしてるとか、行かないようにしている場所などたくさんあります。何とかして自分の気持ちをやりくりして生きている感じ。また、お話しましょうね。よろしくお願いいたします。
そぷらの (2013-4-2 23:18 )
皆さん、こんばんは。経験者しか判らないお心遣いにほっと一息つきました。
今日が何日か、何曜日かもわからなくて、ふとした瞬間に涙が溢れてしまいます。
満開の桜を見て泣きながら自転車を走らせました。
これから、どうしていいのか判らないです。
辛い時、皆さんとお話できたら嬉しいです。
どうか宜しくお願い致します。
そぷらの (2013-4-4 4:09 )
皆さん、こんにちは。辛い経験をされた皆さんの暖かいお心遣いに一時ほっといたしました。今日が何日か何曜日なのかもわからない日々を送っています。どうかこれから、宜しくお願い致します。
西野屋 (2013-4-6 15:31 )
そぷらのさん、皆さん、こんにちは。そぷらのさんのお気持ちが痛いほどわかります。私は、あの頃どうやって毎日を過ごしていたのか?って今でも思い出せません。ただ、夏でしたから蝉の声がずっとしていたなーぐらいしか・・・お線香を上げにこられる方々が、毎日毎日いらしていて、でもその時何を話してどうやって対応をしていたのかもわかりません。一人になると、娘の遺影に向かって泣きながら何時間も座っている感じでした。娘に逢いたくて逢いたくて、そして、助けてあげることができなかった後悔してもしきれない気持ちが、入れ替わり立ちかわり押し寄せてきて、娘のところへ行きたい・・・って死ぬことばかり考えていました。このサイトにお邪魔することで、少しだけ気持ちが楽になってます。これからもよろしくお願いします。
そぷらの (2013-4-10 0:40 )
西野屋さん。そうなんです。助けてあげられなかった悔しさと、話しかけても返事のない悲しさに号泣してしまいます。世間の流れは早くて、朝起きて夜眠る事だけでも精一杯なのに、世間の流れは早くて、葬儀が終われば、私が新しい一歩を踏み出しているものと思われがちなので、外に出るのが怖いです。他人から、私は強く見られているので尚更家から出られません。唯一ここの皆さんとお話している時だけが安心出来る時間です。本当にありがとうございます。
りぼん (2013-4-10 10:14 )
皆さん、こんにちは。
長男の就活がなかなかうまくいかないこともあり、最近ますます引き籠り、落ち込んでいます。
娘が亡くなってもうすぐ七か月、何度娘のところに行きたいと思ったか・・・でも生きたくても生きられなかった娘のことを思うと自ら命を絶つことは絶対してはいけない、最後の瞬間まで精一杯生きた娘がお母さん、がんばって生きたねっていつか迎えに来てくれる日まで辛くても生きなければと思っています。でも娘が亡くなってからただただ悲しく辛い毎日でどうかなってしまいそうです。せめて長男の就職が決まってくれたら少し前向きになれるのかなぁと思いますが・・・
ところでそぷらのさんの娘さんも癌で亡くなったとのことですが、娘さんには病気のことをどこまで話していましたか。うちは癌であること、転移したことは話ましたが、余命を告げられたことまではどうしても話せませんでした。娘も少しもよくならないこと、いいえ悪くなっていくことに不安でいっぱいだったと思いますが、色々なことを私たちに聞くのが怖かったのか、聞いたら私が困るということがわかっていたからなのか、何も言いませんでした。泣き叫ぶこともなく、当たり散らすこともなく、淡々と病気と向き合っていました。
もっと娘に病気のことを話すべきだったのか、これから自分はどうなっていくのかわからない不安でいっぱいだっただろう娘の気持ちを思うと胸が張り裂けそうです。
そぷらの (2013-4-10 19:06 )
りぼんさん。うちも同じで、転移している事のみ伝えていました。余命は告げる事ができませんでした。腹水もたまり、悪くなる一方の中、きっと不安でいっぱいだったと思うと、胸が潰れそうになります。在宅医療を選んだので、苦しむ娘にホスピスの提案をした時初めて、自分の命の期限を自覚しました。それから一週間後に自宅で見送りました。話した事で、病状が一気に悪化したのではないか?と自分を責める日が続いています。後悔と悲しさでいっぱいいっぱいです。
ゲスト (2013-4-11 13:08 )
皆さんこんにちは。

私は娘に本当の病名をなかなか告げる事が出来ませんでした。
いつかは言わなければ・・・と思っていた時
点滴治療の時、点滴の袋にはっきりと病名が貼ってあって
それを見た娘が
『お母さんこれ・・・見て』って。
私はとっさに
『大丈夫大丈夫。お母さんと一緒に頑張れば絶対に大丈夫だから
 安心して・・』と言うのがやっとでした。

それからは、りぼんさんの娘さんと同じで
泣き叫ぶ事も、当り散らす事もなく、そして病気の事を聞いてくる
わけでもなく、ただただ淡々と治療を受けていました。

でも、今はインターネットで色々と検索出来るので、きっと
私の知らないところで調べて、そして不安や怖さを毎日かかえながら
過ごしていたんだろうと思います。

そう思うと・・・親として胸が張り裂けられる思いです。

でも、皆さん本当によく頑張りましたよね。
キャシー中島さんが『美しく強く闘った素晴らしい娘です』って
ブログに書いておられて・・
私も本当にそう思います。

いつもいつも思います。あの子の頑張りに比べたら
今の私は何をやってるんだろう?って。

だけどいつまでも泣き続けてる、情けない母親です。

りぼん (2013-4-11 18:04 )
みなさん、こんにちは。
本当に辛い毎日ですよね。
ラブフラワーさんの娘さんも癌だったのですか。
うちの娘は高校2年の2月に癌がわかったのですが、やっぱりネットとかで検索していたと思いますし、転移した時点であまり状況がよくないことはわかっていたと思います。
7月下旬ぐらいから病状はどんどん悪くなって肝臓が腫瘍で人の三倍以上にも大きくなって亡くなる時は臨月のようなお腹で随分苦しかったようです。亡くなる前日から在宅医療を始め、これからと思っていた矢先にあっけなく逝ってしまいました。病院の先生は8月は越せないと言っていたのですが、亡くなる2週間前には家族で北海道旅行にも行き、3日前には高校の体育祭にも顔を出していたのでまさか・・・という感じでした。でもきっと娘は私達残される家族のため、大好きだった学校に行ってお友達に会うため、最後の力を振り絞ってくれたのでしょうね。
それなのに・・・そんなに強い娘だったのに・・・私は本当にラブフラワーさんと同じで毎日泣いて娘のところに行きたいって思ってしまう情けない、弱い母親です。娘はあんなにがんばったのに・・・娘はきっとお母さん、前を向いて歩いてって言っているのに・・・悲しくて、苦しくて、辛くて・・・ただただ涙があふれます。
そぷらの (2013-4-12 0:32 )
皆さん、こんばんは。ラブフラワーさんの娘さんも癌だったんですね。うちは虫垂がんでした。肝転移があり亡くなる時はりぼんさんの娘さん同様に肝臓が3倍ぐらいになりた、臨月のようなお腹になっていました。苦しいのも痛いのもひたすら我慢して、私の事家族の事をを心配してくれました。強く美しく闘い抜いてくれました。なのに私は泣いてばかりで…娘に申し訳ない…
ゲスト (2013-4-12 11:40 )
みなさんこんにちは。
昨日今日と少し寒いですね。私達の様に精神的にとても不安定な
毎日を過ごしていると、体調も壊しやすいのでお互いになるべく
無理しない様に過ごしましょうね。

うちの娘は2年間の闘病生活でした。2度の手術、点滴治療
とても頑張りました。

みんなみんな全ての子供達、とても頑張ったからこそ、何とか
助けてあげたかったですよね。

本当に親として代わってあげたかったのに、代われなかった・・・
この辛く苦しい思いは一生続きますね。

りぼん (2013-4-12 14:20 )
みなさん、こんにちは。
そぷらのさんの娘さんとうちの娘は同じような状態だったのでしょうね。最近とくに痛みに耐えている娘の顔、吐き気に苦しんでいる娘の顔、だるさと闘いながら受験勉強をしている娘の顔、病気になってから様々な苦しみに向き合いながら一日一日を生きていた娘の姿が頭に浮かび、苦しくなってきます。私はそんな娘の姿を見ているのがたまらなくなり、娘のいないところでよく大泣きしていました。娘は自分の病気から逃げ出したくても逃げ出せないのに・・・娘の苦しみ、辛さを母親である私はちゃんと受け止めてあげれなかった気がして、自責の念に押しつぶされそうです。
そして今も生きているのが苦しくて、せめて息子の就職が決まったら少し元気になれるのでは・・・なんて自分本位なことを考えている気がします。息子のことを考えて心配しているのではなく、自分が生きていくための小さな喜びが欲しいだけのような・・・そんな身勝手な母親なんです。だから神様が私の大切な娘を私から奪ってしまったのかと・・・
どうしてでしょう。娘が私の目の前からいなくなってしまって直後より今のほうがずっと苦しいです。辛いです。どんなに泣いても涙が枯れることはありません。
そぷらの (2013-4-16 18:43 )
皆さん、こんにちは。
娘を見送ってから3週間がたちました。
だんだん辛さが増してきているみたいで、
些細な事で号泣してしまいます。

癌が判る前の明るい娘
闘病中、ひたすら頑張っていた娘
色々な娘の姿を思いながら、彼女の名前を呼ぶのに
返事がない辛さに、苦しくて、悲しくて
気が狂いそうになります。

神戸に、グリーフケアを専門にしている
心療内科の先生がいらっしゃるみたいなので
受診してみようかな、と思っています

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