がん:20歳の娘を亡くしました

子どもを亡くした天使のママ はじめての投稿

あ~ちゃん (2013-5-7 19:07 )
はじめまして、
3月に二十歳の娘を亡くしまして昨日四十九日法要を済ませました
娘もやはり癌で昨年5月に分かり10カ月の闘病でした
あまりに辛すぎこの辛い気持を分かってもらえる所を探しておりましたら
こちらを訪問することができ、自分の気持ちを書いて貰っているのかと思うぐらい
同じ気持ちのお母様たちの言葉を目にして、号泣してしまいました
こんな辛い思いをしているのは自分だけだと外出すれば、右を見ても左を見ても幸せそうな家族連れ、ましてや同じ年頃の娘さんを見ると、なぜうちの子だけがいないのかと涙があふれてきました
辛い抗がん剤治療にも弱音を吐くこともなく、辛く当ることもなく全部自分で背負い本当に頑張ってくれました
何もしてやれずただただ傍に居てやることしかできず、娘の気持ちも聞いてやることもできずに旅立たせてしまったことを後悔をする毎日です
まだまだ心の整理も出来ず返信をしたいという気持ちでパソコンに向かっておりますので聞いて貰いたいことは山ほどありますが取り急ぎ返信させていただきました
自分だけではないんだと勇気をもらえました
もう少し落ち着いたらまた、こちらに寄らせてもらおうと思います
勝手な返信でごめんなさい
そして有難うございます
りぼん (2013-5-8 14:22 )
あ~ちゃんさん、こんにちは。
辛いですね。悲しいですね。どんなに泣いても癒える苦しみではないですよね。
一人娘を亡くしました」というトピックスに何度か書き込みをさせて頂いているのでご存じかもしれませんが、私も7か月の闘病の末17歳の娘を癌で亡くしました。闘病中は母親なのにおろおろするばかりで私も娘のそばにいるだけで何もしてあげられず、今も痛みに耐えている顔や吐き気、だるさ、むくみに苦しんでいる娘の顔ばかりが頭をよぎり、苦しい毎日を送っています。病気になる前のはじけるような笑顔はなかなか思いだせません。
そんな辛く悲しい毎日で私は娘の亡くなった日から時間が止まっているのに、周りは当たり前のようにだんだん普通の暮らしに戻り、娘が最後の瞬間まで精一杯生き抜いたことさえ忘れ去られてしまいそうでますます悲しく、人と会ったり話したりするのも怖くて、最近ひきこもりがちです。
実父母や義父母とさえ悲しみの温度差を感じる時があります。特に義母はとても前向きな人でその明るさに追い詰められている感じさえします。
我が子を亡くした母親しかわからない悲しみ、苦しみをすこしでもこのサイトでわかちあいながら、いつか娘が迎えに来てくれるその日を楽しみに生きていきましょうね。

一人娘を亡くしました」のトピックスがロックされてしまったようですが、西野屋さん、あんじーさん、kanaさん、お元気ですか。体調崩されていませんか。またこのサイトでお話しできるとうれしいです。

あ~ちゃん (2013-5-9 21:46 )
初めまして
3月に20歳の娘を亡くし先日四十九日法要も済ませました
この苦しみ悲しみを分かってもらえるところを探しておりましたら
こちらのサイトに来ることが出来ました
自分の気持ちを書いて貰っているのかと号泣してしまいました
昨年5月に癌であることが分かり10カ月の闘病生活、
辛い抗がん治療も耐えましたが力尽きました
何故、娘がと恨みました苦しんでいる娘の傍に居てやることしかできない
無力な母親だと悔やみました
どんなことをしてでも自分の命を削ってでも助けてやりたいと思いました
娘も辛い治療を続けていたにもかかわらず泣きごと一つ言わずあたりちら
す事もなく頑張ってくれました
皆さんが書かれていた子どもさんと同じです
本当に美しく闘い貫いてくれました
日が経つにつれて哀しみは増してきます、涙しない日はありません
外出もままなりません
でも、こちらに来て同じお母様たちの言葉を聞いて
一人じゃないんだと少しだけ肩の力が抜けました
取り急ぎ書かせてもらいました
また、改めて気持ちを聴いていただけたらなと思います
乱筆お許しください
そぷらの (2013-5-10 8:30 )
あ~ちゃんさん、はじめまして。
そして、皆さん、こんにちは。
うちも、あ~ちゃんさんと同じ3月に癌で22歳の娘を亡くし、49日が終わったところです。あ~ちゃんさん、娘さんとの10カ月に渡る闘病生活、本当にお疲れさまでした。
どんなに、お辛く、苦しい時間を過ごされた事でしょう。あ~ちゃんさんのお気持ちを思うと胸が潰れそうになります。
お体は大丈夫ですか?
本当に、うちの娘もですが、強く美しく病気と闘ってくれましたね。
娘の事を誇りに思います。でも、この私の命と引き換えてでも、助けてやりたかったですよね。そばにいてやる事しかできなくて、無力感と絶望感でいっぱいになります。
時間が経つ程に辛さは増してきますね。
また、色々、お話してくださいね。
これからも、宜しくお願いします。
あ~ちゃん (2013-5-11 19:38 )
りぼんさん、返信有難うございます
不慣れなもので同じ内容を「はじめまして」にも送信してしまいました
すいません
天使になった娘は3人姉妹の末っ子でした
4歳ずつ離れた姉妹でこの子は目に入れても痛くないという言葉がぴったりなぐらい私にとってはかけがえのない娘でした
上の2人の娘も主人からもあきれられるくらい子離れできない母親でした
本人にしたら、うっとうしいくらいだったと思います(笑)
姉たちは結婚して家を出ておりますので娘とは何処へ行くのも一緒で
主人と3人で旅行とか主人抜きで旅行とか買い物、外食に本当に楽しい
充実した毎日を過ごしていました
こんなに娘の事を思っていたのに、体調の変化に気が付いてやれませんでした
一番大事な一番肝心なことに、気がつくことができませんでした
後悔が後から後から押し寄せてきます
娘の病気は世界でも症例の少ない予後が極めて悪いものでした
病気と闘っている時は 調べることも怖く先生からの説明も自分から色々きくことができず(いつも横に娘がいましたので私が一人で説明を聞くと不安がると
思い)主人と姉が余命の事とかを聞いてくれておりました
私が耐えられないと思って、亡くなってから聞かされました
こんなダメな母親です
それを娘も分かっていたんでしょう
私には泣きごと一つ言わず淡々と辛い治療に立ち向かい、病気のことには触れず
大好きなアイドルグループの事で話の花が咲いていました

2回ほど退院して体調が悪くなり最後の入院する前日、
娘を病気になって初めて抱きしめました
長い闘病生活で光が見えてこないけど今まで頑張ってこれたし、これからも
すぐに良くならないかもしれないけど大丈夫だからお母さんは何もできないけど
ずっとそばに居てるから一緒に乗り越えようて言いました
その時初めてポロポロ大粒の涙を流しました
娘の心は不安で押しつぶされそうだったと思います
うんうんとうなずくだけで一人で耐えていました
その日から2週間余りで旅立ちました
今も辛く耐えている姿しか思い出せません
元気で弾けていた頃の娘をどうしても思い出せないんです

頑張ってる娘に頑張ろうと言うようなだめな母親です
後悔の毎日で娘に謝りたくて会いたくて会いたくて
涙しない日はありません

すいません最後は愚痴のようになってしまいました
身内の慰めも頭の上を通り過ぎていきます
こちらで思いを聞いていただけるだけで
少しは落ち着くように思います
文章がまとまら無くて申し訳ないです
こんなダメな母親ですがお付き合いよろしくお願いします

西野屋 (2013-5-12 22:48 )
そぷらのさん、あーちゃんさん、こんばんは。今日は、母の日だったんですね。パソコン開いても、テレビをつけていても母の日のイベントばかりで、私は落ち込むばかりの一日でした。娘は、いつも母の日にはお花とカードをプレゼントしてくれていました。それが昨年からは私には全く無関係のものになり、それまでのことを思い出すと、色々なことが蘇り悲しくて悲しくて正気ではいられません。今日は、いつも以上にため息と独り言が多いし、気が狂いそうです。そぷらのさん、あーちゃんさん、本当に辛いですよね。お二人のお話を読ませて頂いて、私も主人と娘と三人で旅行行ったなーとか、娘と私だけで旅行にも買い物にも行ったなーと思いふと暖かいような感情が・・・そしてやはり、娘が、入院しているときは一時も離れたくなくて、何度も何度も私の命とひきかえに娘を助けてくださいと祈ったものでした。本当に助けてあげたかったし、生きていて欲しかったです。あんなに毎日一緒にいて、一日何回もメールが来ていたのに・・・娘と会えなくなって七月で二年にもなります。毎日毎日、逢いたくて逢いたくて頭が変になりそうです。多分、今日のような・・・母の日・・・みたいな日は余計にそう感じます。またよろしくお願いします。何だかとりとめのない文章ですみません。
りぼん (2013-5-13 15:01 )
あ~ちゃんさん、こんにちは。
あ~ちゃんさんのお話を読んでうちとてもよく似ていて涙が溢れてきました。
うちは娘の上に男の子が二人いるのですが、一人は大阪、一人は東京に下宿していた主人と娘と私の三人で暮らしていました。だからあ~ちゃんさんと同じでよく三人で出かけたり、娘と二人で買い物やランチに行ったりしていました。
娘は男の子が二人続いたあとに初めて授かった女の子だったので生まれた時は本当にうれしくてうれしくて仕方ありませんでした。娘は親離れしていくのに私はいつまでも子離れできず、娘にうっとうしがられたりするくらいでした。
娘は小さいころから大きな病気もけがもなく健康に育っていました。それなのに・・・一年半ぐらい前に左腕の痛みを訴えた日からすべてが狂ってしまいました。早い段階で病院に行って検査したのになかなか原因がわからず、二回目の生検検査でやっと原因がわかったと思ったら、あ~ちゃんさんのところと同じで世界的にみても症例の少ない極めて悪性度の高い癌だと告げられ、すぐに手術、やっと退院したと思った矢先にすぐ転移が見つかり、余命宣告・・・癌と言われてから娘がたった七か月の間に坂道を転げ落ちていくかのように不幸のどん底に落とされけしまった感じです。ついこの間まであんなに幸せだったのに・・・何で・・・何で・・・と今でも思います。
最後まで泣き言も言わず、周りに当たり散らすこともなく逝ったしまった娘。不安だったよね、怖かったよね、でもそんな娘のそばでおろおろしているだけで娘の支えになってあげれなかった。
私もやっぱり娘が笑っている顔はなかなか思い出せず痛みに耐えている娘の顔、吐き気やだるさ、むくみに苦しんでいる娘の顔ばかりが思い出され、涙なしで過ごせる日はありません。
でもある方が私の状況を聞いてこんな言葉を贈ってくださいました。

お母さんごめんね。ごめんね。
私、お母さんより先に・・・
お母さんが泣いている姿見てるよ。
たくさん泣いたら生きてね。

これを読んで本当に娘が天国から私に送ってくれた手紙のように思いました。
本当に辛くて悲しくて今すぐにでも娘のところに行きたいけど、娘は大好きだった家族がいつかまた笑顔で暮らしてくれることを一番望んでいるんだろうなって思いました。いっぱいいっぱい泣いてもいいんですよね。世界中で一番愛していた娘の声も聞けないし、会うこともできないのだから・・・でも今日一日生きたよ。そういう積み重ねでこれからの人生過ごしていくのかなぁって思います。

そぷらの (2013-5-18 10:46 )
あーちゃんさん、りぼんさん。こんにちは。
私も3月に癌で、3人弟妹の長女を亡くしました。
お二人のお嬢さんの闘病の様子を読ませて頂き
重なる部分がとても多く、涙が止まりませんでした。
亡くなった長女は、東京で一人暮らしをしていました。
体調が悪く、東京で何度か病院にかかっていたようですが
若いという事で、きちんと検査をしてもらう事ができず
痛みが酷くなって、実家に帰らせて
一緒に病院に行って、癌がわかりました。
うちも、珍しい悪性度の高い症例で
抗がん剤も効きにくいので、余命宣告をされました。
怖がりの娘には、余命は告げず手術、抗がん剤治療と
必死で頑張りました。
わずか6カ月、本当に坂道を転げ落ちるように、
病状が悪化していきました。
明日を信じて、未来を信じて、辛い治療に耐えている娘に
寄り添ってやる事しかできず、不安も痛みも
取ってやれない自分を、何度責めた事でしょう。
もっと、もっと、出来る事があったのではないかって
思います。
りぼんさんの書かれていたお言葉が
天国の娘からのメッセージのように思えて
たくさん、泣いてしまいました。
皆さんのお嬢さん同様、強く、美しく闘った娘と共に
泣きながらも、絶望を少しでも希望に変えて
生きて行きたいと思います。
りぼん (2013-6-4 14:09 )
そぷらのさん、あーちゃんさん、みなさんこんにちは。
現代医学では早期発見なら癌は治る病気って言われてたりしますが、まだまだ解明されていない癌も多いんですね。そんな珍しい癌に何でうちの子が・・・って思ってしまいます。
うちはもうすぐ娘が天使になってしまって9ヶ月ですが、最近のほうが落ち込むことが多くて、ますます引き籠っています。頑張って生きよう、って思っても悲しいことばかりの毎日で・・・世間はみんな幸せそうに見えて・・・こんなに辛いなかで生きているのだから、何か少しうれしいっておもえること、ほんの少し笑顔になれることを神様はどうして与えてくれないのでしょうか。本当に娘が亡くなってから悪いことばかりが起こって気持ちが切れてしまいそうです。

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