急性リンパ性白血病:11歳の息子が旅立ちました

子どもを亡くした天使のママ はじめての投稿

ゆうたん (2015-11-23 20:02 )
長男が天使になって、もうすぐ1年になります。悲しくて、寂しくて、眠れなかった夜、偶然このフォーラムに出会いました。
同じ様な悲しみを背負った方々。誰にも分かってもらえそうになかったこの気持ち、この場でなら吐き出せそうな気がして…    …..はじめまして 

 急性リンパ性白血病。最初の発病から3年7ケ月の闘病の末、昨年12月23日、息子は天国へと旅立ちました。11月15日に11歳の誕生日を迎えたばかりでした。
化学療法で寛解し、通常の生活に戻ったものの、わずか半年足らずで再発。2度目の臍帯血移植で生着し、退院を目前に再々発。肺にダメージがいってしまったための呼吸状態悪化による最期でした。

≪後悔していること≫
 最後の外泊。再々発の後の外泊で次の治療までの間というもの。
外泊の途中で頻呼吸になったけど、外泊の予定を満了して病院にもどった。結果、人工呼吸器のお世話になった。あの時、早めに外泊切り上げていたら、まだ、そばにいれたかもしれない。あれが最後の外泊にはならなかったと思う。  
≪悔しいこと≫
病気を退治できなかったこと
退院することも メイク ア ウイッシュの夢を叶えることも
直前で全部ダメになったこと
残酷なくらい 悲しい運命
≪息子に伝えたいこと≫
「あと、どれくらい頑張れば、元気になるの?」
頑張らなかったから、病気をたおせなかったんじゃないよ。病気が強すぎたんだよ。治せなかったから悪い子じゃないよ。
誰にも真似ができないくらい頑張ったよ。お母さんの自慢のいい子だよ。

 もうすぐ1年。過ごしたその季節、行事に息子の姿はなかったけれど、 元気にしていた時の姿を重ね合わせてしまう。どうして今年はいないの?って思う。
 12歳おめでとう。ろうそくを吹き消す息子はいないけど。

 1年たとうとしているのに 悲しみは増大してきて
  ダメなお母さんだね 

まさこ (2015-11-26 8:25 )
ゆうたんさん、何年たってもこの苦しみや淋しさはぬぐいようがないですよね。
私も後悔ばっかりです。あの時こうしていればもう少し早く病院で検査をしていれば…。
もう数え切れるものではありません。
だけど息子さんは病気を倒したんですよ。
娘を一人で旅立たせてから娘の二つ上のお兄ちゃんが言いました。以前もここで書いたのですが、娘は最期に病気を倒してそして向こうに旅立ったんだと。息子さんも3年7カ月も病気と勇敢に闘いきっと前を向いて頑張ってこられたんだと思います。
だからといって今いないこの辛さはどうしようもないですがだけど倒していった息子さんは勇敢でものすごく頑張り屋さんです。
私たちはきっと一生この辛さを抱えなければなりませんが息子さんは倒せなかったんではなく倒したんだと褒めてあげてほしいと思い投稿してみました。
せめて子供たちが向こうで幸せに楽しく暮らしていると信じていたいですね。
ゆうたん (2015-11-27 23:12 )
まさこさん、ありがとうございます。
そうですね。息子は病気を倒したんですね。
負けず嫌いで、頑張りやの息子に聞かれたら、怒られるところでした。

息子が天使になる1年位前に同居の父が亡くなったのですが、その命日の事を『じぃちゃんの2回めの誕生日』と息子が言っていたのを思い出しました。

息子は最期に病気を倒し、酸素マスクも点滴のラインもない自由な世界へ、2回めの誕生日として旅立っていったのでしょう。

親としては、尽きる事のない後悔の念。
誕生日がくればその時に、クリスマスがくればその時に、一緒に過ごした日々を思い出し寂しく思い、今、一緒に過ごせないことを嘆き悲しむ

子供達は向こうで幸せに楽しく過ごしていると思います。病気を倒した勇敢で心優しい天使達ですもの。

まさこ (2015-12-3 7:18 )
そうですよね、ゆうたんさんが仰るように子供たちは向こうで幸せに楽しく過ごしているんでしょうね。わかってはいても今のこの時を一緒に過ごすことができない笑っている顔を見ながら微笑むことが出来ない私たちは天使になった子供たちのためにどうしたらいいのかまだ私にはわかりません。おじいちゃんの2回目の誕生日と言った息子さんはきっと全てをちゃんと理解していたのでしょうね。
だから天使になったんでしょうね。
全て決まっていて子供たちは決まったことを全力で成し遂げて天使になりました。
私たち親はそれを受け止めて子供たちのところに行くまでここで魂を磨いてあの崇高な子供たちに見合う母親とならなければならないのでしょうがとてもとても辛い苦しい道程です。私にはとても高いハードルでいつもくじけています。まだまだ涙の出ない日はありませんが、それでも子供たちは楽しく過ごしていると信じて私もまた少しずつでものぼっていけたらいいなと思います。
ゆうたんさん、お返事ありがとうございました。
ゆうたん (2015-12-31 15:09 )
 長男が天使になってから1年が経ちました。
踏ん張って頑張って過ごしてきたつもりです。去年の今日は長男もいて一緒に○○したよね、とか、ここで一緒に○○したことがあったよね、とか、いつでもどこでも、毎日毎日長男と一緒に過ごした日々のことが頭に浮かんできて、涙が出てきてどうしようもない気持ちになります。あの子はあの子なりに自分の人生を駆け足で全力で走り切ったのだと思います。誰かに、この世とは修行で、その修業を全うできた者だけが、あの世にいけると言っていたことを思い出しました。自慢話に聞こえるかもしれませんが、そういう意味では長男は私達より遥かに成熟した魂を持っていたと思います。優しくて明るくて。
病棟のムードメーカーでした。旅立ち・第二の誕生日も彼に相応しい日を選びました。自分の入院のせいで、登校拒否気味だった弟の二学期の修業式の日、自分のために学校を休ませたくないという長男の強い意志を感じました。チョットおちゃめで寂しがりやの彼らしく天皇誕生日という国民の休日を選んだのも納得できる気がしました。彼は自分の成すべき事を成し遂げて天使になったとは思いますが・・・
 この世でまだ修業中の私にとっては、彼がいない寂しさやさまざまな後悔を抱え笑顔で過ごす事すらできません。天使になる2日前、私の誕生日に歌と『大好きだよお母さん』のメッセージをくれたこと耳から離れません。
 この世で彼にやりたい事もっとやらせてやりたかった。一緒に色んな事したかった。喜び挫折一緒に味わってみたかった。
 魂の未熟な私はまだまだ彼のところへはいけそうにはないけれど。でも最近すごく会いたい気持ちでいっぱいになる。思い切り抱きしめてあげたい。どうしようもなく悲しい
  ・・・独り言・・・でも吐き出したかった。 
ゆうたん (2015-12-31 19:02 )
 長男が天使になった季節が巡ってきたからでしょうか。あの子が旅立っていってしまった日の事が昨日の事の様に鮮明に思い出されてきます。家族それぞれにメッセージを残していってくれました。最期の言葉です。
 お母さんには、『ありがとう。大好きだよ』 お父さんには『お父さん 泣かないで』弟には『強くなって。頑張って』と
 慌てん坊のサンタさんにもらったゲームソフトをしながら、疲れたから眠るねとまた普通に明日を迎える様に、永遠の眠りにつきました。 
 彼らしくその日の昼間は病院の分教室で会話をし担任に冬休みの宿題をねだり・・・
売店で買い物をして、したいことはしたのでしょう。
 いつからか、自分にあまり時間がないことを悟っていたのでしょうか。勉強も授業も到底無理な体調なのにドクターにOKをもらい、
残された時間やりたいことが多すぎて大好きなゲームも自分が満足できる時間は出来なかったことと思います。
 入院中、普通の生活に戻れる日を家族も本人も願っていました。家族みんなで彼の闘病生活を応援していました。みんな必死でした。それが終わりを告げた時、私達の元へ長男の姿はありませんでした。ふっと糸が切れた感じがしました。
 弟がいます。兄が天使になった事を、彼がどんなふうに受け止め感じているのか、私には思い描くことができません。でも、かなり深い悲しみを受けているのは分かります。退院したら一緒に学校に行くんだとか、色々教えてもらうんだとか、彼なりに期待していたところがあったため、どれだけのダメージを受けたのかは想像できません。
 私はどうすればいいのか分からないんです。
正直、私の中で長男がいなくなった悲しみは、消えずにますます大きくなっていく 次男にはちゃんとして欲しいと思う いなくなった兄の分までと思う。でも感情のコントロールがうまくできない。長男が自分の事以上に心配していた弟の事、ちゃんと守って立派に育てたいと思うけれど 何かしっかりできないんです。家族みんなでしんどかったけど、長男の闘病生活で頑張っていた時のほうが気持ちしっかりしてたんです
かあちゃん (2015-12-31 20:57 )
大切な息子に逢えない日が長くなるほど、苦しみがどんどん大きくなります。  
この世にいる息子の思いをどうにも助けてあげれない。
同じ思いでいます。
ゆうたんさんが、どうしようもなく大切な我が子を思い号泣して震えが止まらない時
私も同じです。 全く同じ状態でいます。
一生同じ思いでいます。

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