急性骨髄性白血病:13歳の娘が天国に旅立っていきました

子どもを亡くした天使のママ はじめての投稿

ゲスト (2010-7-14 15:59 )
2010年6月24日に真耶は天国に旅立っていきました。13歳でした。
真耶は1歳9ヶ月に足の膝の脇が腫れていて検査したところ
急性骨髄性白血病と診断され2歳9ヶ月に他人の骨髄を提供してもらいました。退院して2ヵ月後に風邪で入院して痙攣を起こして障害をもってしまいました。原因は骨髄移植の後遺症・合併症と診断されました。合併症で肺に影響がきました。慢性肺疾患・肺高血圧症で在宅酸素を余儀なくされ、酸素は吸えるけど二酸化炭素がうまく吐き出せなくてここ3年間は 4~6ヶ月入院して人工呼吸器つけて二酸化炭素を抜いて退院。1ヶ月自宅で過ごし また入退院の繰り返しでした。医者からあと1~2年いきればよいっていうぐらい肺がボロボロでした。気管支拡張症も持っていてそれも結構進行していました。宣告されてからは自宅になるべく帰れるように 在宅酸素・人工呼吸器を自宅にもってきていました。真耶は障害を持っていても笑顔を絶やさない子供でした。人なつっこい性格で、知らない人にも「こんにちわ~!」と挨拶をし愛嬌を振りまいていました。中には変な顔もして無視された事もありましたが、ほとんどの人は笑顔で返してくれて、入院中も先生や看護婦さんに言葉は話せないけど笑顔をいっぱい見せていたと思います。本当に自慢の娘でした。
 今年の4月29日に退院してから6月16日入院するまで いままでなかったぐらい調子よかったです。6月7日ぐらいから風邪を引き その日は点滴して帰ってきました。その後にいったときは炎症反応も下がっていて治ったといわれて安心していたら その4日ぐらいたったら頭に凄い汗だったので熱はかると37.7度あってその日から入院。炎症反応が上がっていたのです。付き添いしていたのですが 朝まであまり寝れませんでした。そして朝の血液検査で肝臓・腎臓の値も増えていてICU(集中治療室)に移動になり 人工呼吸器をつけ会いにいくと普段怒られても 痛いことされても泣かなかった娘が 啜り泣きをしていました。それをみて「真耶 がんばれ!」という言葉が精一杯でした。40度の熱にも魘され、意識はほとんどありませんでした。その次の日 今度は腎臓・肝臓・細胞壊れた数値が有り得ないぐらいの数値 医者が今まで見たこともない数値だと言われ 治療法は人工透析で壊れた細胞を取り除いて綺麗にするということでした。前にも人工呼吸器したとたんに 肝臓・腎臓値が上がった時に糖分を入れたら徐々に良くなった例もあったんだけど 今回上がった時には何もしなかったと言う。まずは炎症反応も高かったし、熱も40度あって元々呼吸の弱い真耶だったから そちらを優先したみたい。でもあの数値上がった日に医者に前回のことを話したら「糖分は余り効果ないよ」と言っていましたが確実に前回は効果はあった。状況は違います。私は素人です。だから「何でしなかったのよ!」とは言えなかった。先生も4月に変わり4人の内2人変わったのもあり判断が違うのも分かる。それによって状況が違ったかもしれないと思うと自分を責めてしまいます。
6月21日に娘が急変して4日後午後3:17に13年という短い生涯に幕を下ろしました。結局娘の死因ははっきりしていせん。解剖すればはっきりしますと言われたけど、あの細い体に無数の点滴の跡や傷・・・これ以上体に傷をつけたくなかったので。亡くなったときの顔は笑顔でした。10年という闘病生活を闘ってきた苦しみから解放されたという顔でした。最期までよく頑張ったね。えらかったよ。産まれてきてくれてありがとう。色んな経験をさせてもらって勉強もさせてもらいました。ありがう・・ありがとう・大好きだよ真耶ちゃん。
ゲスト (2010-7-31 20:46 )
真耶さん、本当によくがんばったんですね。
今は、苦しむことなく、やすらかに過ごしていると信じています。
誰よりもがんばったのですから・・・。
私の息子も真耶さんと同じ13歳でいなくなってしまいました。
亡くなるとき、もうがんばらなくていいよ・・・。と声を掛けました。

元気な真耶さんにどこかで会えるといいですね。

えみ (2010-9-17 15:25 )
三歳を待たずに亡くなった私の甥っ子の大輝(ひろき)を今でも思うと涙が止まりません。けいれんの発作で病院へ。急性脳症と診断され、一時はICUで大変な幾つもの手術と治療を、乗り越え、一般病棟に移る事が出来ましたが、不幸なことに、夜勤の看護師のミスにより、窒息の状態にさせられ、心肺停止になり、人工呼吸器での長い闘病生活に。意識が戻る事無く、ついにかけがえのない生涯を終えました。そして私たち家族の時間が永遠に止まってしまいました。
SUN (2010-9-19 21:49 )
えみさん、はじめまして。

私は、SUNと申します。

私の息子も、甥っ子さんの大輝くんと同じ急性脳症で亡くなってしまったので、メールをせずにいられませんでした。

3歳。とっても可愛い盛りですよね。
息子と重なってしまい、涙が込み上げてきます。

私の息子は、1歳6カ月を過ぎた頃に風邪の悪化が減員で急性脳症・多臓器不全になってしまい、病院に搬送されてMRIを撮る前までは意識があったのに撮った後、対面をした時にはもう意識がなくなっていました。
そして、意識が戻る事なく、天国へと旅立ってしまいました。
書きながらも涙が溢れてきます。

1歳11ヶ月までの5ヶ月間、病気と闘い・・・。

息子が亡くなってから、8ヶ月半たちますが、毎日悲しく、辛く、苦しく、寂しいです。
毎日のように、無気力になってしまいます。
これではいけないと解っているのに・・・。

息子も、痙攣を起こし救急車で搬送されました。

看護師のミスと伺い、とても悲しく思いました。
ミスさえしなければと、悔んでも悔みきれないですよね。

私の家族達も、もしかしたらミスだったんじゃないかと疑ったりもしています。

今までは自分で呼吸をしてとっても元気だった子が、人工呼吸器の力を借りなければ呼吸ができないなんて、本当に辛いですよね。
見ているのがとても辛かったです。
本人が一番辛いのですが・・・。

今でも鮮明に入院中の事を思い出しては、胸が締め付けられて苦しくなります。

帰ってきてほしいです。
現世でもう一緒に暮せないのなら、来世・再来世も一緒にさせてもらいたいです。

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