脳腫瘍:2歳の息子を亡くしました

子どもを亡くした天使のママ はじめての投稿

かずくんママ (2015-7-4 11:49 )
はじめまして。

私は先日の6月23日、最愛の長男を脳腫瘍で亡くしました。

生前の息子は生後7ヶ月から保育園に通いクラスのお友達や先生が大好きで、毎日ニコニコ明るく笑顔が本当に可愛い男の子でした。
わりと穏やかな性格でしたが、やってみようと決めた事はまず1人で挑戦する好奇心の強い面もありました。

病気が見つかったのは昨年8月25日。
8月30日で2歳を迎えるのを楽しみに過ごしていた矢先に見つかりました。2歳の誕生日には連休を取り、長男にとっては初めてのディズニーランドに行く予定でした。
腫瘍が出来ていた所は脳幹部で、医師には生命に関わる部位の為手術は出来ない。生検の結果脳腫瘍の中でも予後の悪い種類で完治は難しいと言われました。絶望的でした。

病気が分かった時は、それまでの息子との生活を振り返り、些細なことで怒った事などを後悔したり何で私たちの息子が?何で私たちが?と泣いてばかりいましたが、少し時間が経ち気持ちを入れ替えて病気と闘う事を決め家族で頑張りました。1番に頑張ったのは長男ですが、長男の病気が見つかる前に次男を妊娠している事が分かったばかりだったので次男がお腹にいてくれている事で何度も助けられ、次男も頑張ってくれていると思い闘病の日々を過ごす事が出来ました。

入院してすぐに化学療法を開始しましたが、2クール目を終えたあとのMRIでも腫瘍の変化はなく、むしろ脊髄に転移が見つかりました。
放射線治療に切り替えなければ兄弟に会う事も難しいと言われすぐに放射線治療を開始しました。
2歳の息子にあてられる限界の線量まで行ない、腫瘍は大分縮小、脊髄の腫瘍も消失し、麻痺していた左手足もずいぶんと動くようになり少しの距離ならゆっくり歩けるようにまで回復しました。
病院で出来るだけの治療を終え、今年1月に退院したあとは通院治療を経て在宅医療に切り替え自宅で過ごしていました。
2月には弟も産まれ、顔つきも日に日にお兄ちゃんらしくなり、言葉も増えたくさんお話してくれていました。
走ったりする事は難しかったですが、大好きなアンパンマンのおもちゃで毎日遊び、病気が分かる前に見せてくれていた笑顔で毎日過ごしてくれ、時にはもう腫瘍がなくなったのではないか?と思ってしまう程元気でした。
しかし、3月中旬に撮ったMRIではまた腫瘍が拡大している事が分かり、更に脊髄への著名な転移。余命1か月と宣告されました。
残酷過ぎる現実に、誰を恨んで良いか分からず、なぜ私たちが?神様はなぜ2歳のまだまだ小さすぎる息子にこんな大きい試練を与えるのか?とまた自問自答の毎日を過ごす事になりました。

4月に入ってからは徐々にまた歩けなくなり、日に日に変わる自分の体の変化に息子も戸惑っている様子でした。しかし、医師からは子供は自分の体の変化を受け容れるのが大人よりも早く、私たちが思い悩む程ではないと言われていました。医師の言う通り、小さいながらに自分の中で起こっている事をそれなりに受け入れ過ごしているようにも見えました。
でも、まだしっかりと自分の体の不調を伝える事が出来なかった為、感情の起伏が激しくなり今まで穏やかだった息子はいなくなりました。
日に日に悪くなっていく息子の姿を見ているのは、それはそれは辛かったです。どうしてあげたらラクに過ごせるのか、なるべく楽しい毎日にしてあげるには何をしてあげたら良いのか。毎日考えました。答えが出ずに何もしてあげられない自分。怒る息子。平常心を保てない日もたくさんありました。
5月に入ってからはさらに体の変化が早く、5月下旬には脳腫瘍からの出血を起こしました。一時、危険な状態になりましたが、息子はそれを乗り越え少しですが食事も摂れ大好きなアンパンマンのブロックで遊べる程に持ち直してくれました。
それでも、また徐々に悪化し、大好きな牛乳も飲めなくなり、座る事も難しくなり呼吸も苦しそうでした。こんな毎日をどう思い考えながら過ごしていたのかと思うと今でも胸が苦しくなります。

そんな中、6月23日の夕方から状態が急変し主人と一緒に必死に蘇生を試みましたが、戻ってくる事は出来ずに20時10分に息を引き取りました。
お空に帰ってしまった時間は正確には19時30分です。
私は一生その日その時間を忘れる事は出来ません。
最愛の息子が、旅立った日、時間は絶対に忘れる事はありません。
最期に苦しい時間があったかもしれません。
しかし、お空に帰ってしまったあとの息子の顔は本当にただ眠っているだけのような穏やかな表情でしたので、ただそれに救われております。

私たちは親として未熟で、もっとたくさん遊んであげればよかったとか、あの時こうしていれば何かが変わっていたかもしれないという後悔の念もありますが、息子が残された力を振り絞って作ってくれた時間で、今まで以上に治療についてまだ何か出来る事はないのか、どう過ごせば良いか必死に考える事ができました。私も主人もようやく息子の親にさせてもらえたように思います。

息子は最期まで感染症にもならず、腫瘍からの出血も乗り越え、最後の最後まで腫瘍と戦い、本当によく頑張ったと主治医の先生にほめて頂きました。
病気が分かってから寂しい思いをしたり、怖い事や痛い事、苦しい事をたくさん乗り越え、さらに宣告された余命を2ヶ月以上も越えて生きてくれた息子を誇らしく思います。自慢の息子です。

お空に帰りようやく、ラクになれたであろう息子を思うと少しだけ私も解放された気持ちでいましたが、時間が経つにつれ息子の姿を見る事ができない現実が耐えられなくなってきています。
4ヶ月の次男もいるので、この子の為にも強い気持ちで生きていかなくてはと気持ちを入れ替えようとしていますが、なかなか前を向けないでいます。夜が近づいてくると不安になり眠れず、寝てはいけないという気持ちになってしまいます。
お空にいる息子は、そんな事望んでいない事も分かっています。
きっと今頃は、キラキラしたお花がたくさん咲いているキレイな場所で新しい友達を作り、楽しく走り回って遊んでくれていると信じています。
しかし、遺された私は闘病中の息子の事を思い出しては涙を流してしまう毎日です。
時間が解決してくれるのですかね?

子供が欲しくてもなかなか授かる事が難しいご夫婦もいると思います。
でも、私たちは長男に出会う事が出来た。次男も近くにいる。
それだけでも幸せな事だと思っています。

友人も良くしてくれていますが、実際は経験した人にしか分からない。
分かってもらおうとも思っていませんが何とも言えない気持ちになります。そんな中、こちらのコミュニティサイトを見つけ、私たちのような辛すぎる経験をされている方がたくさんいる事を知り、自分たちだけじゃないんだと少し気がラクになりました。
同じような経験をされているお母様方と、少しでも気持ちの共有が出来たらと思います。

私の投稿で、ご気分を害してしまいましたら、大変申し訳ありません。
長文、乱文を最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

sayamama (2015-7-4 18:07 )
かずくんママ様、はじめまして。sayamamaと申します。私の娘は13年間の闘病生活の末、一昨年の5月、20歳の生涯を終えて天国に旅立ちました。

突然の病気の判明とそれに続く闘病、どんなに大変だったかわかります。そして大切なわが子を喪ってしまった辛さも・・・。

病気や痛みから解放されて、今は天国で幸せにしている、と思いつつも、亡くなる前の辛そうな表情が忘れられず、いろいろな後悔に苛まされて・・・。みんな同じです。

それでも生きていかないといけない。そう思って歯を食いしばって生きています。

かずくんママ (2015-7-4 19:27 )
sayamamaさま。

長文を読んで下さり本当にありがとうございます。
コメントを下さりとても嬉しく、私たちの力になります。
感謝致します。
sayamamaさまの、可愛いお子さんは、本当に長い長い闘病生活だったのですね。
お母様、お父様、親族の方々も長い闘病生活、本当にお疲れ様でした。
お疲れ様でした。の一言では足りないくらいですよね。
失礼な言い方になってしまいますが、sayamamaさまを私は尊敬致します。
私たちは、たった10ヶ月の闘病生活でしたが、何度も何度も普通の生活に戻りたいと思ってしまいました。
そう思う事は、頑張っている息子にとって大変失礼な事だというのも分かっているつもりでしたが、まだ未熟な私たちはそう思ってしまいました。

長すぎる闘病生活に、きっと折れそうな気持ちと毎日戦いながら闘病されたのですよね。本当にすごいです。

私たちはこういう試練を与えられる運命だったのですよね。

このコミュニティーサイトを作成されている管理者さまをはじめ、sayamamaさまのおかげで、本当に救われている自分がいます。
ありがとうございます。
いつか、許されるのであれば一度お会いしたいです。
ありがとうございます。

もみの木 (2015-7-7 16:31 )
かずくんママさま

はじめまして。書き込みを拝見しました。
本当にお辛い日々かと思います。
私事になりますが、1年半前に長男を脳腫瘍で亡くしました。
3歳のおわりに発症、旅立ったのは10歳の時でした。

2歳のかわいい時期に、突然の病を宣告され、少ない選択肢のなかで治療を選ばざるをえない・・・壮絶な日々だったことと思います。
私もここで気持ちを吐き出すことができ、皆さんとお話できて力を頂きました。

また、「小児脳幹部グリオーマの会」でも会員登録をすると掲示板が見れます。喪失家族のお話会もされています。
http://glioma-net.com/page6

「ひかりの世界」という絵本にも癒されました。
Amazonでもレビューが見れます。ほんわかしたイラストとお話に癒されました。
かずくんママさん、お疲れもあると思います。
無理されずにゆっくり過ごして下さいね。

マサコ (2015-7-7 21:02 )
はじめまして、可愛い可愛いご長男、とてもお辛いですね。
私は6月22日に大事な大事な最愛の娘を脳腫瘍で一人で旅立たせてしまいました。22日の午前中娘のために県外から帰ってきていたお兄ちゃんとお姉ちゃんが私と一緒に最期を看取りました。
娘も最後に苦しい時間があり必死の蘇生でしたが、その姿を3人とも忘れられずにいます。娘の闘病生活は2年3か月でした。発症当時21歳と大学生でしたが末っ子のせいか幼い子供でした。手術の後は子供返りをしてますます子供に戻り私から離れずある意味とても幸せな日々でした。
このままずっと続いてくれたら奇跡が起きてくれたらと毎日毎日祈り続けていましたが叶わぬ願いでした。今、毎日が辛くて娘がいないと思うだけで叫びだして泣き出して苦しい思いをしながら生きています。生きていかなければいけないのが一番辛いですよね。
こんな辛さがこの世にあるなんて考えもしませんでした。娘も最後は脳幹に再発してしまいました。本当に辛いですよね、最後のお顔は穏やかだったと、なによりですね。娘も不思議ですが、放射線で抜けた髪の毛がやっと生えそろったのに意識混濁になってから抜け始めどうしてこんなに次から次に酷いことをするんだと憤っていたのですが最後の何日か前ふと見ると髪の毛が増えているように見えたのです。もしかしたら脳細胞が再生を始めたのではないか、奇跡の前触れなのではないかと思いましたがそうではなかったようです。ですが、苦しさを乗り越えたときの娘の顔はとてもきれいで昨日まで赤ちゃんのような表情で眠っていたのに本当に最後はしっかりした綺麗なお顔になり髪の毛もきれいにセットできお姉ちゃんに化粧をしてもらいたくさんのお友達に見送ってもらうことができました。娘を診てくださっていた主治医の先生もとても素晴らしい先生でした。娘のこれからを話してくださった時は目を真っ赤にして一生懸命でした。この先生に娘を託したこともそして最期は娘に出会えたことを誇りに思いますと言われたことも本当にうれしかったです。娘は私たちにかけがえのない愛も出会いも大事な時もたくさん残してくれました。私たちは辛いけどあの子たちが立派に闘って私たちに無償の愛情を与えてくれたことを忘れないようにしないといけないですね。だけどお互いまだまだまだまだですよね。あの子たちは今とても幸せに包まれているということは間違いないと信じています。
それでも私はどう頑張っていいのかわかりませんがここでかずくんママに出会えたことに感謝します。まだ気持ちも落ち着かず文章もぐだぐだですがその分差し引いて読んでいただけたら幸いです。
けりゆ (2015-7-8 0:04 )
かずくんママさま

はじめまして。投稿読まさせて頂きました。辛いご経験でしたね。かわいい盛りのお子様を失った気持ち、闘病中のことを思ってしまうこと。とても良くわかります。

私の娘は、昨年8月に旅立ってしまいました。
血液の病気の治療からの感染症でした。
あと4日で、3歳の誕生日でした。

いくら泣いても、考えても、後悔しても、あの子は帰ってこなくて、あの子には会えません。ようやく最近、その事実を思い知りました。

あの子のために、何かしてあげられることはないのか。叶えてあげられなかった約束を、どうすればいいのか。まだ遊びたかったであろうおもちゃも、片付けられないままです。

とりあえず上の子のために日常を送らなくてはいけないので、人前では気持ちに蓋をして、騙し騙し生きています。そうすることで、自分を保っています。

私も、早く退院したい、普通の生活がしたいって思ってしまっていました。長い1人での付き添いに心は折れ、不安につぶされそうで、もう限界でした。

でもまさか、永遠の別れが来るなんて思ってなかったんです。

長い入院生活だったのに、幼いながらも楽しみをみつけ、文句も言わず痛い点滴や辛い検査に耐えた娘に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

命さえあれば、ずっと病院でもよかったのに。なんで、あの頑張りは報われなかったんだろう。

娘に注ぎ込んできた時間がぽっかり空いてしまい、普通に家で生活できてしまう今が、虚しくて仕方ありません。

こんな気持ち、経験した人でないとわからないですよね。誰にも心の内は話していません。こちらで気持ちを吐き出すだけです。

かずくんママさんの息子さんと一緒に、キラキラしたお花のある世界で楽しく遊んでるかな。そう、思いたいです。あんなに頑張った子供たちですもんね。

sayamama (2015-7-8 22:20 )
かずくんママ様、入院生活はそれは辛いですよね。早く退院したい、普通の生活に戻りたい、と思うものです。私もそうでした。
けれどうちの娘は幸い、長期の入院や短期入院を繰り返したものの、家で過ごせた時間も長く、今思い返してみて、入院中も家で療養していた時間も、娘とずっと一緒にいれて本当に幸せだったと思います。とりあげられて初めて、どんなに自分が幸せだったかわかるのですね。

うちの娘もけりゆさんのお嬢さんと同じく、病気に対して不平不満を言う事も少なく、親に当たり散らす事もなく、制約の多い生活の中で、自分で楽しみをみつけて、辛い治療や痛い検査に耐え続けました。本当にわが子ながらすごい子だったと思います。

あんなに頑張ったから、今ご褒美に天国に行けたのかもしれません。親の思いを言えば、あんなに頑張ったのだから、病気が治ってこの世で人生を全うしてほしかったですが・・・。

かずくんママ (2015-7-31 20:48 )
もみの木さま。
返信が遅くなり、申し訳ありません。

もみの木さまもご長男を亡くされたのですね。
大変失礼ですが、脳幹グリオーマだったのですか?
教えて頂いたサイトは以前から知っていましたが、少し違う種類の脳腫瘍だったので登録はしないでいました。

わざわざ教えて頂きありがとうございます。

教えてくださった、本の、ひかりの世界。
長男が亡くなってすぐに購入致しました。
とても絵が素敵で、
まるで息子が私に話してくれているような文章でとても救われました。
悲しくなった時、なぜ息子が早くにお空に帰ってしまわなきゃいけなかったんだろうと問いたい時に読んで、心を落ち着かせてくれています。

ご親切なメッセージありがとうございます。

かずくんママ (2015-7-31 21:09 )
けりゆさま。
返信が遅くなり、申し訳ありません。
メッセージ本当にありがとうございます。

けりゆさまも、最愛のお子さんを亡くされたのですね。
言い方は悪いですが、わたくしの気持ちを共有していただき、大変嬉しく思います。
けりゆさまの、お子さんはあと4日で3歳を迎えるはずだったのですね。
わたしの息子は、あと2か月で3歳になるはずでした。
誕生日を迎えられなかった事もとても悔しいと思います。

息子が亡くなってから、ようやく一カ月が経ちましたが、やはり寂しい、悲しいですね。
毎日、次男の笑顔に救われていますが、やっぱりふとした時には亡くなった息子の事を思い、ボーッとしている毎日です。

最近、本位牌を作りに仏具屋に行きました。
子供の位牌を作りに来ました。と淡々と話している自分に我ながら引きました。

やはり、時間が経てばこんなにも冷静に人と話せるんだって、ビックリしました。

私たちは、まだまだ育て上げなきゃいけない子供がいるから、こんな気持ちになるのでしょうか?
でも、自分の事より大事で大切で、宝物の子供の1人を亡くし、ずーっとその子の事を思い、悲しみ、泣き、なぜ私たちの子供が死ななきゃいけなかった?と思いながら生きるのはおそらく一生続くのでしょうね。

神様はその人が乗り越えられる試練しか与えない。

私たちは乗り越えられると選ばれてしまったのですよね。
そんな、強くないですよね。

普通の平凡なお母さんでいたかったですね。

かずくんママ (2015-7-31 21:32 )
マサコさま。
メッセージありがとうございます。
返信が遅くなり、申し訳ありません。

マサコさま、
私と同じ時期にお子さんを亡くしたのですね。
お身体、大丈夫でしょうか?
ごはんは食べれていますか?

私は次男がいてくれているので、
徐々に元の生活に戻らなくてはと、頑張って食べて、笑って過ごしています。マサコさまはいかがお過ごしでしょうか?

マサコさまの最愛のお子さんは、大好きなお兄様、お姉さまにも看取ってもらえたのですね。
お兄様も、お姉さまも、
最愛の妹が召された事、悔しがっている事と思います。
考えるだけで胸が苦しく、涙が止まりません。
悔しい。なぜ、妹だったのか?と絶対涙は止まらない毎日を過ごされていると思います。

私は、亡くなった長男がまだ2歳と小さく、
弟も4か月だったので、きっと大きくなった時には次男の記憶にはお兄ちゃんのことは遺っていないと思うのです。
だけど、長男が生きた時間は
絶対次男に伝えていきたいと思っています。
今、まだ五ヶ月ですが、毎朝祭壇に一緒に手を合わせています。
今日もありがとう。見守ってくれてありがとう。と。

兄弟(兄妹)の絆。
素晴らしいものだと思います。
きっと、ずっと繋がっていると信じています。

辛い現実を受け止めながら、いつか、また最愛の子供に会える日を楽しみに頑張って生きましょう。

かずくんママ (2015-12-8 21:19 )
こんばんは。
今日も気分が落ちてしまっています。
皆様はいかがお過ごしでしょうか?
同じ子供を亡くしたお母様とお話がしたいです。
水鏡 (2015-12-13 11:46 )
かずくんママさん、初めまして。水鏡と申します。

かずくんママさんの投稿を拝見して、同じく子供を亡くした立場の者として敢えて書きます。これは、私が先日書いた投稿「周囲からの想像力のない言動」とは別の事として認識した上での意見です。

次男のお子さんにひどい事を言ってしまい後悔しているとの事ですが、後悔だけでは済まなくなる可能性があると思います。次男のお子さんの気持ちに取り返しのつかない傷を負わせたら、かずくんママさんは、今せっかくある次男のお子さんとの絆、言い換えれば次男のお子さんとの宝物を失うことになります。

そしてかずくんママさんは、次男のお子さんを、長男のお子さんが存命中に妊娠されていたとのこと。決して長男のお子さんの身代わりなどとしてではなく、明確に別の存在として見る事ができるはずです。

言ってしまって後悔した言葉は、頑張って飲み込んで二度と言わないように踏ん張って下さい。手遅れにならないように。せっかく今手元にある幸せを、無駄にしないようにして下さい。

私は一人っ子を亡くしました。二人兄弟を理想としていらしたかずくんママさんには、私には分からない苦悩がおありになるのかもしれません。でもやはり、子供は誰でも、一個人として親から全面的に愛されたいという欲求を持っているはずです。

マサコ (2015-12-13 18:56 )
かずくんママさん
お返事いただいていたのですね、今日まで気が付かずにいました。ごめんなさい。
一日違いで天使になったかずくんママさんの息子さんと私の娘。
同じ脳腫瘍で、きっと同じような闘病だったと想像します。
娘の主治医が言いました。娘の場合だけかもしれませんが…
脳腫瘍は他の癌と違い最後のほうは辛くも痛くもなく怖い思いもしなくてすむ分それは神様からのご褒美だと。
もうすぐ年も越してしまいますね。こんな辛い年越しはありませんが、娘は小さい子供が大好きでした。
きっと向こうで娘は息子さんのお世話も楽しそうに喜んでしているんだろうなって思うと私は少し嬉しくなりました。辛かったこともきっと分かち合えていますね。私たちにはわからない辛さや苦しさもきっと…。
私の気持ちに、娘や息子の気持ちに寄り添っていただけるお言葉、とても胸に沁みました。ありがとうございました。
小っちゃい弟さんとの兄弟の絆もこれからずっと変わらずに繋がって、きっと向こうでお兄ちゃんは見守って支えてくれていますね。
ありがとうございます、私も頑張って一日一日を過ごしていきます。
かずくんママ (2016-1-18 23:52 )
水鏡さま。
メッセージありがとうございます。
厳しいご意見に返信を戸惑っておりました。
病気で子供を亡くしたという状況は身近にはありませんので、この場なら分かって頂けると思いこちらにお世話になっておりますが、そうとは限りませんね。

水鏡さまの言う通りなのですが。。

私は2人兄弟を理想にしていたわけでもないです。
亡くなった長男と、今生きている次男を同じ存在とははじめから思っていません。
私が次男に発した言葉は水鏡様には分かってもらえないかもしれません。
次男がいるだけで幸せなのかもしれませんが、いたはずの長男がいないのは事実でそれを受け止めるのには時間もかかりますし、受け止めながら過ごしていくのはやはり辛いものです。

兄弟がいるから良いというものではないのです。

亡くした子供を思いながら、兄弟を育てるのは普通ではないのです。

すみません。

はまちゃん (2016-1-19 12:23 )
かず君ママ様
私は、かず君ママ様のおっしゃりたい事はよく分かりますよ。
うちは、17歳の長女、13歳で亡くなった次女、10歳の長男の三人姉弟です。
次女を亡くして、1年8カ月が経ちましたが、二人がいるから、もう大丈夫なんて事はない。三人一緒じゃないとダメなんです。私は三人の母親。
二人が楽しそうにしている姿やら頑張っている姿を見て、ほっとさせてもらったり、元気をもらったりはしています。有り難いと思います。けれど、、ここに何で次女がいないのか?
こんな経験をあの子にもさせてあげたかった楽しい事をあの子とも一緒にしたかったと言う気持ちがどうしても出てきてしまい
逆に次女を想い辛くなる時もあります。

両親がすぐに特に年齢の近い長女に言うんですが○○の分まで頑張らなとか頑張ってねとか・・
私は一回も言った事はありません
長女は長女なんです。次女は次女、長男は長男、二人は次女の代わりじゃない
次女の存在をもう消そうとする、周りのそう言う言い方に分かってもらえない、経験ない方は一生分からないだろうと分かってはいてもいつも腹を立てて、又、暗闇に落とされます。
他人の言葉が素直に入らない、伝わらない気持ち、ひがみ、ねたみ、もう嫌になる時があります。子供を亡くした辛さ、寂しさ、悲しさだけで十分なのに・・

すみません、なかなか投稿が出来ないので
読んで頂いて、少しでも気持ちが通じ合えていたら嬉しいです。

水鏡 (2016-1-19 21:36 )
かずくんママさん、返信ありがとうございます。

私は、「次男君がいるだけで幸せ。兄弟がいるから良い。」という意味で前回投稿したのでは全くありませんし、投稿した文章にもそのような事は書いていません。

「1回でも口に出して言ってしまったら、どんなに後悔してもどんなに謝ってもおしまいな言葉がある。」という事を、かずくんママさんにお伝えしたかったのです。

かずくんママさんがお書きになっていた言葉で、次男君の価値観や人生が大変なものになったり、次男君とかずくんママさんの関係が悪化したりして、かずくんママさんにとってもまた苦しく辛い事になるかもしれないと思いました。

そうなる前に、まだ次男君が言葉を解する年齢になる前にと思い、敢えて苦言を呈させて頂きました。

私からの返信はもうお嫌かもしれないので、これを最後にして私はかずくんママさんへの投稿を控えますが、葛藤で苦しくなったら、次男君には言わないで、またこのサイトに投稿したり、お近くに自助グループのようなものがあったらそこで相談してみたりしながら、何とかしのいでみませんか。

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