骨肉腫:26歳の娘を亡くしました

子どもを亡くした天使のママ はじめての投稿

みっちゃん (2016-1-8 11:46 )
初めまして
昨年12月27日最愛の娘を26歳で亡くし、心を閉ざしてしまった母です。
悲しくて、寂しくて毎日生きているのが辛いです。
今から1年8か月前、娘は骨肉腫を発症し、ずっと闘病生活を送っていました。
病気がわかった時にはすでに肺に転移しており、辛い抗がん剤や何度もの手術にも、生きる!を目標に頑張っていました。
元々、弱音は吐かない娘でしたが、本当に良く頑張っていましたので、私も泣かないで娘と共に頑張って、病気を追い出す一心でした。
昨年の8月に入籍もすませ、今年の3月には結婚式をする予定でいたのに、神様は何故頑張っている娘を連れて行ってしまったのでしょうか?
毎日娘に会える、傍にいて看病できる!それだけで遠い病院まで通うのも全然苦では無かったのに、もうあの声も聞くことはできません。
悲しくて、悲しくて。辛いです。
sayamama (2016-1-20 11:17 )
みっちゃんさん、初めまして。一昨年の5月に、20歳の娘を13年間の闘病の末に、亡くしてしまったsayamama と申します。

辛いですよね、悲しいですよね。私も娘と毎日会って、娘の看病することが13年間の生きがいでした。だからその生きがいを喪い、毎日どうやって時間を潰せばいいのかわかりません。

人、主に夫にですが、言われて色々やってみました。毎日散歩をし、ジムに通い、趣味のサークルにも通いました。でも何をしても悲しみは常に心にあり、楽しむ事ができず、結局みんなやめました。

仕事をしようとしましたが、長い間専業主婦をしてて、何のスキルも資格もない50代の暗い表情の女には、ろくな仕事はなく、それでもやっと見付けた保険の勧誘の電話をかける仕事も、私には何の責めもないのに、一方的に解雇。ハローワークに通い、20通以上履歴書送って、面接にこぎつけたのは3件。でも結果は全て不採用。

夫は勉強して何か資格を取れば、と言いますが、そんな気力もなく。結局家で布団の虫になってるか、足の悪い母のために、実家に行くだけです。娘が亡くなった1年後に引っ越したので、今の家には娘の部屋もなく、娘の物も、引っ越しの時にほとんど処分したので、それはそれで娘の葬儀の次に辛い作業でしたが、娘の気配を示すのは、祭壇に飾った娘の遺骨だけ。でも実家には、いつも娘と一緒に行っていたので、娘の気配がそこここにあり、正直実家に行くのも辛いんですが、独り暮らしで私だけを頼りにしてる母のため、行かないわけにいきません。

家の娘は長年闘病してたので、普通の学校にも行けず、当然彼氏もいなかったのですが、みっちゃんさんの娘さんは、結婚もなさってたのですね。本当にこれから幸せになる予定だったのに、なんで神様は残酷なのでしょうか。

毎日娘の所に逝きたいと思いながらも、残される家族の事を思い、踏み留まってますが、ただ生きてるだけ。息をしてるだけです。何の楽しみも喜びも、夢も希望も欲望もない。それは全て娘の死と共に無くなりました。

みっちゃんさんも同じお気持ちでしょうね。それでも私達は生きていかないといけないのです。それはそれは辛く長い道のりですが、ゴールには笑顔の娘が待っていて、再び会って今度こそ永遠に離れないのだと信じて。

みっちゃん (2016-1-20 23:16 )
こんばんは。sayamamaさん。
sayamamaさんも、お辛い事があったのですね。娘さんの長い闘病生活、娘さんも大変頑張りましたね。また、闘病をずっと傍で看病されていたsayamamaさんも、本当にお疲れ様でした。
でも、母親って子供の看病なんて少しも苦ではないんですよね。傍で顔を見ているだけで安心して、少しでも助けてあげたいと看病して、自分にも少しでも痛みや苦しみを分けてほしいと看病しますよね。
有り難う。お母さんが居るときはホッとする。その言葉にどんなに癒されたか知れません。
お母さんて、もう一度呼ばれたいです。声が聞きたいです。でも、同じ気持ちのsayamamaさんに聞いて貰って少し気分が楽になりました。また聞いて下さいね。有り難う御座います。
sayamama (2016-1-22 0:10 )
みっちゃんさん、本当にわが子の看病なんて、全然苦になりませんよね。それどころか、私はいつも娘と一緒にいて幸せでした。

夫が転勤族だったので、子供たちが小さい時は子供を通してお友達もできましたが、娘の闘病生活に入ってからは、長期入院した病院ではできましたが、他の場所では私自身友達はできませんでした。それでも娘が私の友達代わり、娘さえいてくれればそれで十分でした。

私も「お母さん」ともう一度呼ばれたいです。抱きしめたいです。

ゲスト (2016-1-22 15:04 )
sayamamaさん、こんにちは。
私も本当に、娘と一緒に居る時が、一番幸せでした。
病院食が、抗がん剤の為に受け付けなくなり段々痩せていくのを見ていられなくて手作りの食事を持っていくと、おいしい!と食べてくれて涙が出ました。
私達がいつまでも泣いて悲しんでいると、天国へ旅立った子供たちも幸せになれないと聞きますが、どんなに時が経っても、どんな事をやっても忘れることなど出来ないし、元の様に笑って過ごすことは出来ないですよね。
今は、まだ四十九日前なので、遺骨が傍にいるので毎朝お線香をあげながら、お母さんを早く迎えに来てねとお願いしてしまいます。
神様は最愛の娘を私たちと引き離し、私が身代わりにの願いも聞いてくれなかったのですから、迎えに来てねのお願いくらいは聞いてほしいです。

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