骨髄移植の副作用(GVHD)で娘が旅立ちました

子どもを亡くした天使のパパ はじめての投稿

あきやん (2010-10-30 17:40 )
皆さん始めまして。骨髄移植の副作用で、(GVHD)娘が、11歳7ヶ月で、旅立ちました。急性リンパ性白血病で、2年9ヶ月の闘病で頑張ったのですが、力及ばずでした。一度化学療法でよくなったのですが、再発し5月20日移植を受け、膀胱炎、皮膚炎、痙攣、など克服しましたが、肺へのダメ-ジが、致命傷になりました。娘は、9月に退院する事を目標にしてたのですが。家内は、泣くばかりで、小生も頭がおかしくなりそうで、こんな辛い事はなかったです。まさかわが子が、このような事になるとは・・・ドラマの世界のようで、信じられませんでした。最初は、仕事は、何とかしてましたが、休日は、寝てばかりで、家内にも上手く慰める事が出来ませんでした。入院中も逆に僕たちの事を、気使うような優しい子で、娘の残した絵や手紙写真も見るのがつらいです。

しかしながらドクタ-や看護師はじめ病院のスタッフには、本当に親切にしていただき、感謝の気持ちで、いっぱいです。中三の兄がいるので、少しずつたち治りたいですが。

ただ明日四十九日の法要ですが、親戚のお年を召した方は、やたら(葬儀の時もでしたが)僕たちをケアするというより、しっかりしろとか、段取りをこうしろとか、お墓云々といった事にこだわり閉口です。明日も親戚の人間よりも娘と本当にかかわりのあったしのぶ会といった形にしたかったのがほんねです。
長々と愚痴のような駄文すいません。

おひさま (2010-11-1 16:32 )
おきやんさん、はじめまして。
おひさまと申します。
境遇があまりにも似ているので返信させて頂きました。

私の娘は骨髄性でしたが同じ白血病でした。
そして天使になった日が9月16日です。
一度は抗がん剤で寛解になるものの再発。
骨髄移植をしましたが再々発で亡くなった直接の原因は腎不全でした。
GVHDやお薬の副作用など色々なことが重なった結果でした。

四十九日は無事に済んだでしょうか?
あきやんさんが娘さんにしてあげたかった温かい形の葬儀。
きっと娘さんはその気持ちをわかってくれていると思います。
伝わっていると思います。
でもそれができなかった悔しさ。
やはり葬儀などは親戚の方たちが関わってくるので
どうしても難しいものがありますよね。

この悲しみや苦しさがいつまで続くのかわからないけど
今は沢山泣いて気のすむまで泣いていいと思います。
私は今、こちらのサイトが心の拠りどころになっています。
一緒に吐き出して少しでも元気になれたらいいですね。
我が家は明後日に四十九日を控えています。
冷静にできるか今から不安ですが頑張りたいと思います。

あきやん (2010-11-1 17:59 )
 こちらこそ、あなた様のお嬢様と境遇が、あまりにも似ているので、びっくりです。四十九日は、小さな葬儀会館借りて、しました。無事何とか終わりました。家内の姉夫婦と息子と僕の母と母の兄弟と会社のスタッフ(僕が、看病中何かと仕事代わってくれたので、小さな町工場営んでます)で、しました。(僕の弟夫婦は、遠方とこどもがいるので、声かけましたが、来ませんでした。彼らなりにきをつっかてくれたのかなと思います。)
娘の工作や病院での写真も持っていったのですが、それらをみず雑談に明け暮れてる年配者には、すこしがっかりでしたが、所詮痛みはわからないのかなと予想どうりでした。

葬儀には、本人や息子の学校の友人、先生、院内学級の先生、近所の人たちが、160人ぐらいお別れに来てくれました。この方たちは、本当に僕たち夫婦や息子を慰め娘との別れを惜しんでくれました。
親戚の年配の方は、型式や段取りにこだわり(葬儀の打ち合わせにも慣れてるから口出ししようとしましたが、やんわりかつはっきり断りました)悪気は、無いのでしょうが、不愉快でした。

おひさまさま、さぞかし看病ならびにお嬢様旅立つ時の見送り辛かった事だと胸中察して余りあります。お嬢様本当によくがんばったことだと思います。僕の娘も最後は、肺のGVHDのため酸素毎分10リットル、薬もモルヒネ等いれてました。

僕もこの辛さ、どこまで続くのかなと思いますが、少しずつ癒して生きたいと思います。このサイトありがたいです。おひさまさまきっと娘さん守ってくれてるので、大丈夫ですよ。

おひさま (2010-11-4 16:34 )
四十九日が無事に終わられたようでなによりです。
あきやんさんご家族の悲しみを本当にわかってくれる方々に
協力してもらえるということはなにより心強いことですよね。
私のところも昨日、無事に四十九日を済ませることができました。
納骨のときに家族が順番に小さな骨壺をギュッと抱きしめてお別れをしました。
辛かったですが、娘が天国で楽しく幸せに過ごせるようにきちんと見送らなければと思い、気持ちを奮い立たせ最後まで頑張ってきました。
なにか今は心に穴が開いたような感覚です。本当に寂しいです。

酸素マスク、記憶がよみがえります。
私の娘も亡くなる2週間くらい前から酸素をつけたままでした。
酸素の数値が下がるとモニターがなるので、それが怖くてたまらなかったです。
そして必死で呼吸をする娘が痛々しくて変わってあげたかった。
あきやんさんの娘さんも本当に頑張られましたね。
たくさんたくさん褒めてあげたいですね。
天使になると痛みも苦しみもなくなると聞いています。
きっと天使になった子どもたち同士が仲よく遊んでいるかもしれませんね。
そう思うことで少し救われる気がします。

奥さまは体調を崩されていませんか?
身体もそうですが心のバランスも心配ですよね。
ゆっくりゆっくり自分のペースで前に進んでいけたら一番いいですね。
寒い季節になるのでご自愛ください。

あきやん (2010-11-5 8:00 )
おひさまさん。無事四十九日、納骨終えられて、お疲れ様です。

僕の娘は、まだ納骨してません。家内や僕の気持ちが、まだ整理つかず仏壇の横に置いてます。気が済むまで、そのままにしておこうと思います。(僕は、長男で、四国にお墓ありますが、住んでるのが、大阪で、納骨親戚にも言われましたが・・・)

家内は、泣く回数へって、治療法の疑問(9/14から2回主治医に聞きに行きました)や、自責の念、減ってきて、食欲も戻ってきましたが、秋が、進むにつれて、僕が、寂しくなってきました。ス-パ-などで同じ年頃の女の子つれてる家族見るとたまらなくなります。いままで病院出る時や、葬儀の間涙がまんしてたのが、ジワ-と押し寄せた感じです。

おひさまさん、お返事ならびに暖かいお心使いありがとうございます。皆様もしんどくてくるしいけどあせらず少しずつでも元気になって生きましょう。
旅立ったあの子達もそれを望んでいると思います。

真耶ママ (2010-11-5 16:19 )
はじめまして 真耶ママともうします。
6月24日に亡くなりました。13歳でした。
2歳に発病し11年病気と闘っていましたが。。。

うちの真耶も急性骨髄性白血病で移植をしました。
白血病は完治しましたが、移植での後遺症と合併症で肺にダメージがきていました。亡くなる前には 薬が全く効かない状態までなっていました。死因は多臓器不全で細胞が壊れていました。ようやく肺移植も話しに出ていたのに 先立たれました。

うちは亡くなって4ヶ月たちました。あっという間に時間がすぎていきます。私もお骨をお墓にっていうのは まだまだ無理です。
ただでさえ 入院生活が長く自宅にもあまりいられなかったのに。。。などを思うと決心がつきません。

あきやん (2010-11-6 8:46 )
真那ママさんおはようございます。
本当になんて言ったらいいか、・・・
長年の真那さんを支えての闘病本当に
お疲れ様でした。

信じられないような白血病の告知、
長い闘病生活、本当に精神的にも肉体的
にもきつかったとですね。
またお子様も、きつい治療本当によくがんばってこられたと
思います。変な言い方で、失礼ですが、お骨の前で、
褒めて上げてくださいね。

旅立つ前後も、本当に(僕もそうでした)辛かったと思います。
小さな棺、お骨は、僕も見るのも涙があふれてたまりませんでした。

真那さんは、きっとお母さんやご家族の事が、大好きで、
(お母さんやご家族の方もきっとそうでしょう)優しいお子様だと思います。お家に帰ってこられて、喜んでると思います。
お骨お母様の、気持ちのままにされるのが、いいと思いますよ。

よっくんまま (2011-3-20 16:28 )
私も12年間病気と闘った息子がいます。ずっと付きっ切りの看病だったので6年6年たった今も自責と喪失感でいっぱいです。精神科へかかっています。
あきやん (2011-5-22 9:39 )
よっくんままさん、あきやんです。よく息子さん支えてこられたと思います。
本当にお疲れ様です。心から共感します。僕も寝つきは、いいのですが、夜中
目がさえて寝れず、朝おきるとやっぱり居ないのかとなんともいえない寂しさと
悲しさに覆われます。街を歩いてる娘と同年代の女の子見ると・・・うらやましいです。少し無気力状態です。僕も睡眠導入剤や安定剤処方してもらってます。
お互い明日あさって右往左往しながらでも、生きていきましょう。

カテゴリー: 天使のパパ

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