骨肉腫:娘を亡くした父です(娘の最期の主治医でした)

子どもを亡くした天使のパパ はじめての投稿

彩菜大好き (2016-4-23 7:25 )
こんにちは。2016年3月31日娘を骨肉腫でなくした父です。
早期の発見にもかかわらず、抗癌剤が効かず、すぐ再発転移しました。私は内科の医師です。今回の件で痛切に感じたのは、やはり日本の小児を含めた癌治療はかなり問題が多いと思います。私自身同じ医師ですが、ガンセンターなどの医師たちの対応については大きな疑問符を感じずにはいられません。皆さんはこのように感じたことはありませんか。
私はガンセンターが何もしてくれないので、(プロトコールから外れた患者は興味なし)最期は自分の病院で娘を看取りました。(娘の最期の主治医でした)
はっきり言って想い出すのは全て後悔です。
凄絶な最期でしたが、娘の主治医である以上涙も見せれず、死亡宣告しました。
ただ娘は私達家族に最期に「さようなら、さようなら、また会う日まで」と、はっきり言い残してくれました。
私はこの言葉を支えに生きています。そしてもっとしっかりとした人間になりもう一度あの子の父になれるよう頑張ります。
皆さん頑張りましょう。日本の癌治療を良くするようよう頑張ります。
チョコ (2016-4-24 12:56 )
彩菜大好きさん
お辛い体験をされましたね。
私には計り知れないお気持ちがあったことと思います。

私の娘は、大変発見が難しいガンでした。
リンパ節転移が先に見つかり、原発巣を捜すというものでした。リンパ節切除の手術は受けましたが、すぐに骨転移があり、助けられませんでした。
2回目の胃カメラで胃に初期ガンが見つかりました。
胃がんによる遠隔転移でした。

早く、ガン細胞にだけにきく抗がん剤を発見して多くの命が救われることを祈ります。
娘の死を無駄にしてほしくありません。
そして、医療従事者には、自分の家族だったらどうするのか?といつも思い携わってほしいです。
些細な言葉にも、患者の家族は敏感になっているのです。
本当に病気が憎いです。

彩菜大好き (2016-4-24 22:56 )
ご返信ありがとうございました。
私もしっかりと生きてゆこうとしていますが、やはり妻の嘆きが強く、妻が心配です。なかなか動こうともせず前向きになりません。
また娘が亡くなって3週間ちょっとですが、私は仕事もあり外に出なくてはなりませんが、妻は家に引きこもりがちです。言葉をかけると、些細なことで激昂します。
簡単な方法はないとおもいますが、何か妻を元気にする方法はありませんか。
私も自分で色々さがしてみますが、もし良い方法がありましたらお教えいただけると幸いです。
色々とすみません。
sayamama (2016-4-26 22:56 )
彩菜大好き様、いろいろとお辛いことと思います。
けれどあなた様には「仕事」という逃げ道がありますが、奥様には、何もありません。私は13年間娘の闘病生活を支え続けました。娘が亡くなった後は、もう抜け殻同然でした。何をしていいのかわからず、何もできませんでした。

まだ娘さんが亡くなられてたった3週間です。前を向けと言われても向けるものではありません。私はもうすぐ娘を喪って3年ですが、いまだに前なんて向けないでいます。それでもなんとか生きています。生きて、息をしているだけで、精いっぱいです。奥様もそうだと思います。

引きこもりなのも仕方ないことです。外に出ると、幸せそうな家族連れ、わが子と同じ年頃のお子さん、見て辛くなるものばかりがあふれています。
私は娘を亡くして直後は、外に出るたびわけもなく泣いてばかりおりました。だからサングラスとマスクをいつもつけてましたよ。花粉症の時期だったので、怪しまれずにすみました。

お一人で外に出るのは、今の時期無理だと思います。彩菜大好き様がお休みの時などに、お二人でお散歩なり買い物などに誘ってあげてください。この時は多少強引でもいいでしょうが、あまり嫌がるのを無理やり連れださないであげてくださいね。

後は奥様のお話をできれば、聞いてあげて下さい。話を聞いてくれるのは、同じ思いをした彩菜大好き様しかいません。聞いて彩菜大好き様も余計辛くなるかもしれませんが、それでも聞いてあげてください。慰めの言葉をかける必要はありません。ただただ聞くだけでいいし、時には一緒に泣いてもいいのです。余裕があれば奥様の背中を黙ってさすってあげたり、抱きしめたりしてあげてください。手を握るだけでもいいのです。そういうことで、少しずつ奥様のお気持ちも落ち着かれることと思います。

最後にもう一度申し上げます。どうか焦らないで下さい。この悲しみは年単位で、やっと少しずつ耐えられるようになっていくのです。しかももう大丈夫と思ったしりからやっぱりダメ、となってしまうものなのです。奥様がご自分の足で立ち上がり歩きだすまで、どうかあたたかくお見守り下さいますように。

また子供の身体がなくなっても、魂は消えてなくならないということを信じることにより、気持ちが救われます。そういったスピリチュアルな本を、奥様に読むようおすすめなさるのもよいかと思います。でもこれも受け入れられる時期など、人によって違いますので、「こんな本があるよ、よかったら読んでみたら?」程度に、軽く勧められるのにとどめられるとよいと思います。

もし奥様さえご興味があれば、ここのようなサイトをご覧になることも、「辛いのは自分だけじゃない」と思えて、少しはお力になるかと思います。

彩菜大好き様は、お父様としても、お医者様としても、旦那様としても、本当によくおできになった方だとお見受けいたしました。きっと奥様も、いつか少しずつ元気を取り戻されると思います。どうか気長に待ってあげてください。

彩菜大好き (2016-4-27 3:15 )
ご返信ありがとうございます。
妻の言葉に耳を傾けます。
私は今まで先のことを考えすぎて、猪突猛進で生きてきました。
ひとつのことを成し遂げるのにあらゆる事を犠牲にしてきました。
ここは少し落ち着いて、今を生きてみます。
自然体で無理なく生きてゆきます。
今までの自分の生き方を反省します。
今後もよろしくお願いいたします。
けりゆ (2016-4-27 23:43 )
彩菜大好きさま

はじめまして。
1年8ヶ月前に、2歳11ヶ月だった娘を血液の病気で亡くしたけりゆと申します。
久しぶりにこちらのサイトに来ました。

未だに計り知れない後悔だらけです。
娘に申し訳ない気持ちでいっぱいで、遺影もちゃんと見れません。

気持ちの整理もつかないまま、ただ生きています。
誰にもこの気持ちはわかってもらえないだろうし、
わかってもらいたいとも思いません。

表面的には仕事に逃げています。
心の闇を奥底にしまったまま。
他人の幸せを、心から祝えないまま。
表面的には明るく生きている自分に、嫌気が差しながら。

前向きに生きようと決めた訳ではありません。
ただ、流されて生きているだけです。
なんでなんで、って、運命を呪いながら。
ただただ、かわいかったあの子に、また会いたい。
叶わぬ願いを抱きながら。

お医者様である彩菜大好きさんにも、そんなに後悔があるなんて。
私に後悔があるのは仕方ないのではないか、とちょっと思えました。
どうして、こんな恐ろしいことが起きてしまうんでしょうね。
いつまでも答えの出ない問いを繰り返しています。
こんな人間もここにいます。

みっちゃん (2016-4-28 9:57 )
彩名大好きさま

はじめまして。
私も、昨年骨肉腫で最愛の娘を亡くした母です。
医療従事者である彩名大好き様や奥様のお気持ちがどんな思いであるかお察しいたします。
私の娘も、看護師として仕事に従事していました。
まさか、自分の子供が癌で命を落とすとは考えてもみませんでした。
中々、仕事が忙しい為か実家に帰って来ないので、体の異変を気づいてあげられなくて今も後悔ばかりです。
忙しいから、足が痛いだけ、疲れているからかも、すぐ良くなるよ。
そう電話口で話していました。
もう少し、早く診察してもらっていたら、命を落とさずに済んだかも知れません。
最期は壮絶でしたが、良く頑張って病気と闘ったと褒めてあげたいです。
私も、少しの時間ですが、娘の看病が出来て傍にいれて良かったと思います。
まだまだ、娘を亡くした悲しみから立ち直ることは難しいですが、いつか逢える日を待っていたいと思います。
日進月歩医学は進んでいますが、大切な人を亡くす事のないよう、効果のある治療をお願いしたいと思います。

彩菜大好き (2016-4-28 22:10 )
ご返信ありがとうございます。
私自身、娘の発病当時当時、仕事も軌道に乗り、仕事、付き合い優先で、家族のことを二の次にしていました。
その中で娘の「足が痛い。」と言う、訴えに真剣に取り合わず、
結果、後手後手になり、娘を失ってしまいました。
娘の亡くなるとき、最期の主治医である私は、娘の死亡宣告の直後
「娘の死に関する全責任は私にあり全て悪いのは私である。100パーセント私の責任である。」と、家族、および看護師、スタッフの前で宣言しました。
娘と会うために私は生きてゆきます。
本当は今すぐ死にたいのですが、死んでしまっては、娘とこの世でもあの世でも会えません。(自分の患者さんである高僧から「自殺すると娘さんと同じステージに行けない。」と諭されました。)
生きてゆくことが現時点では私にとって罪滅ぼしであり、終身刑だと思っています。
しかしあらゆる試練を受けて立ちます。
ここで負けたらあんなに凄まじい最期を乗り越えた娘に申し訳ありません。
何よりそんな、かっこ悪い、男になりたくありません。
皆さん、亡くなったお子さんたちのがんばりを想い出しましょう。
あの子たちの味わった苦しみを考えたら何でも出来るはずです。
強く生きよう、試練に受けて立とう。立ち向かおう、自分のために、そしてあの子のために。
冗談じゃない。負けてたまるか。負けるもんか。
マサコ (2016-4-29 18:47 )
彩菜大好き様
どれだけお辛かったかは、もしかしたら私たちとはまた違う苦しみを抱えてらっしゃるのかもしれませんが、後悔なんてしない親はどこにもいないと思っています。
今は彩菜ちゃんのパパのままでそのままでいてあげてほしいと思います。終身刑だなんて、彩菜ちゃんが頑張ったことが全て無しになってしまうような気がします。
どれだけ奇跡の手を持った医師でもどれだけ親身になってくれる主治医でも誰も私の娘を助けることはできませんでした。
でも、娘は頑張りました。
彩菜ちゃんも懸命に頑張りました。
結局医師の力もあの子たちの頑張りには遠く遠く及びません。
物凄く頑張ったのに、
それなのに、お父さんが終身刑だなんて思う人生を自分のせいで送るなんて思ったらって考えるだけで私が母親なら娘があまりにも可哀そうで泣きたくなります。
ただの比喩だったのかもしれませんが、それでも彩菜ちゃんに聞こえてしまったら可哀そうです。

当てはまる言葉を見つけることができませんがこれから彩菜ちゃんのことを想うときはパパでいてあげてほしいです。
私には彩菜大好きさんのお気持ちが手に取るようにわかるわけではありません。私は主人の気持ちにも忖度できずにいましたから。

今はまだ難しいかもしれませんが、元気だったころの彩菜ちゃんを思い出してあげてください。
彩菜大好きさんを慰めるわけでもなく、自分を癒すために言ってるわけでもないですが、私は信じています。
子供たちは今たくさんの愛情のなかとても素晴らしい場所で幸せにしていると。
私たち親はその姿が見えなくて辛いし哀しいけど子供たちは笑っているって。
一人で頑張らなくていいのは私にとって救いになりました。
負けっぱなしの私ですがそれでも一緒に前に進みましょうと言ってくださる方がここにはたくさんいます。
負けるが勝ちって言葉もありますよ。
少しずつゆっくり…です。

みっちゃん (2016-4-29 22:36 )
こんばんは。
彩菜大好きさん、ジュピターさん、マサコさん皆さんの辛い気持ちは同じです。
医療従事者でいらしても、一人の父親ですもの、親であれば子を亡くすのは身の引き裂かれる思いですよね。時が経っても忘れる事など出来ない可愛い自分達の子供ですもの。でも、
私達自分を責めても、子供達は戻ってきません。
これからは、下を向いてばかりでは、きっと子供達も心配するでしょうから、少しずつ顔を上げて前に進みましょう。
何れ、必ず大切な子供達に逢えるのですから。
この場所で心の愚痴を吐いて皆さんと励ましあい進んで行きましょう。宜しくお願いします。
マサコ (2016-5-1 6:28 )
みっちゃんさん、こちらこそ宜しくお願いします。
私は、最期までずっと奇跡を信じていました。
でも医療従事者、特に医師なら治療の経過や状況を客観的に見えてしまう分私たちとはまた違った計り知れない苦しみが、胸を切り刻まれるような想いがあると思うと同じ親としても私は怖くて想像すらできません。
私はずっと一人で泣いていました。
哀しい苦しい、時には悔しさ後悔憤りの中ずっと泣いていました。
そんな時、姪っ子が私に教えてくれました。
私の主人が車の中で一人隠れるように泣いていたって。
娘にはずっと笑顔でいてあげないと可哀そうでしょっていつまでも泣いてたら娘が可哀そうだって言っていたのに。
言葉通りにしか受け取れない私は笑顔が出来る主人が全く理解できませんでしたがそれを聞いてやっと主人の言っていることの意味がわかったような気がしました。
だからと言って泣かずにすんだわけではありませんが…。
でも、そうですよねみっちゃんさんが言われるように子供たちがかえってこられないならせめて心配させないようにしなきゃ。
前を向いてればいつかは必ず子供たちに逢えるんですよね。
それまでは、ここで私も心の愚痴を言い続けたいと思います。
これからも宜しくお願いします。
みっちゃん (2016-5-1 21:43 )
こんばんは。
奇跡を私も信じていました。娘の容態が思わしくなく、何度も転移を繰り返していたある日、主治医からは、私達も最期まで諦めず全力で治療にあたりますから、お母さんは精神面で娘さんを支えてあげて下さい。と、おっしゃって下さいました。
最期まで諦めず奇跡を信じていました。娘もそう長くないかもしれないと解っていたと思いますが、弱音も吐かず頑張って治すと明るくしていましたので、涙を見せる訳にもいかず、面会の帰り道電車の中で涙が溢れてきたり、緩和ケア室で泣いていました。
今も、あの時の光景を思いだし、涙で画面が見えません。
娘の姿は無くなっても、今は私の心の中に共に生きています。
いつか、お母さん待ってたよ!と、お迎えに来てくれるまで、ゆっくり歩いて生きましょうね、マサコさん。

カテゴリー: 天使のパパ

One comment

  1. 彩菜大好き said on 7月 22, 2020

    皆さんお久しぶりです。
    私はだいぶん立ち直ることができました、
    今は、米津玄師さんの、レモンという歌を心の支えに頑張っています。
    過去にとらわれずいきましょう。
    米津玄師さんも言うとおり、「もうこれ以上、傷つくことなど、ありはしないとわかっている」
    他は、スーパーフライさんの「beautiful」にも支えられています。
    歌の力は素晴らしいです。
    前向きに、いきましょう。

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