息子の代わりに卒業証書を受け取りました

息子の代わりに卒業証書を受け取りました

ゆうたん (2016-3-20 0:15 )
 今春、小学校卒業でした。小学校4年生の1月から入院していたので、元の小学校へ戻って通うことはできませんでした。

 1月、小学校から卒業式のことで連絡をもらいました。
親として、天使になった息子を持つ親として、複雑な心境でした。

 晴れの卒業。 皆が新たな中学校生活、輝かしい未来へ期待と夢を馳せている時…そう考えただけで、普通に、いえ、それ以上に寂しく、虚しく、悔しい気持ちになりました。

 ただ、その時、ふと感じたのです。聴こえてきた様な気がしました。
 息子は自分の事 皆に忘れて欲しくないんだ…と

 息子が過ごしてきた日々。学校生活..友達と過ごした時間…等々 
派手なパフォーマンス、smile、個性的すぎるくらいの息子の言動 しぐさ…
 その全てが
  皆に僕のこと忘れないで欲しい
   ずっと覚えていてね…
彼が自然にやっていた、彼からのメッセージの様な気がしたのです。

 少し勇気は必要でしたが、卒業式に出席することを決め、昨日(3月18日)
無事に終えてきました。
 
 きっと、特例だったに違いありません。校長先生の式辞には息子にも卒業証書を授与すること(代わりに私が受け取ること)、PTAの会長さんのお言葉にも 息子の名前が出てきましたし、卒業生たちの旅立ちのことばにも、大切な友達が天国へいってしまったこと、思い出を胸に生きていくという せりふがありました。
 先生も友人達も絶対に忘れないよ と話してくれました。
 息子へあてた色紙ももらいました。
 一緒に卒業できて嬉しいよ みんなが言ってくれました。

息子がみんなに愛されていたこと
何より、息子が望んでいた みんなに覚えていて欲しい という気持ちが届いていたことを感じて 嬉しく思いました。
 息子や私達家族の事を考え、こんな卒業式にしてくれた先生方、父兄の方々、お友達には感謝しきれない思いでいっぱいでした。
  
 でも 本当は 普通に
 失敗するんじゃないかとドキドキしながら 卒業証書をもらう 息子の姿を見ていたかった。『卒業おめでとう』ギュッと抱きしめたかった。『中学校でもがんばってね』。一緒に笑っていたかった。ピカピカの学生服に身を包む息子の姿を見てみたかった。恋愛。勉強。部活。…
挫折や喜び、一緒に味わいたかった。
  もっと 一緒に居たかったよ。ずっとそばに居たかったよ。

 『お友達と一緒に卒業できて良かったね。』
そう思うけど、みんな良くしてくれたけど… やっぱりダメだね。寂しいね。 
 
 病院のお医者さん達が、どんなに頭を悩ませて、いい治療法を考えてくれても、息子をこの世に留めておくことは叶わなかった。神様は、十分に頑張った息子へ天使になる道を選んでくれたのかも知れない。でも、私は 息子にそばにいて欲しかった。この世で、近くで、私達の見えるところにいて欲しかった。ぬくもりを感じていたかった。何かできなかったのか、どうすることもできなかったのか….後悔ばかりだよ

今も 振り向いたら、笑って普通にゲームしている息子がいる気がして…
『お母さん ○○○』って声が聴こえてくる気がして…
会いたいよ。 すごく会いたいよ。

 毎日 色んな事があるにはある  
でも、悲しく、寂しく、虚しい 気持ちは 息子が天使になった日から何も変わらないし、むしろ増強してきている。

 悲しく、寂しく、虚しい この気持ち
私が この世の修行を全うして 息子に会える日が来るまでは
消えないんだろうな
いつか会えるのを信じて 過ごしていくしかないのかな

じゅぴたー (2016-3-26 7:28 )
ゆうたんさん

息子さんの小学校ご卒業おめでとうございます!

卒業式に参列されたこと、とても立派です。
きっと、息子さんは出たかったはず、
みんなと一緒に卒業したかったはず。
喜んでいらっしゃるのが目に浮かぶようです。

昨年末に亡くなった娘に、
小中高校の同級生さんたちが、今でも会いたいとわが家に来てくれます。
娘を思うと本当に嬉しいのですが、
元気で未来ある友人たちの姿は、私にはとても眩しく、
そしてとても切なく…。
だから、ゆうたんさんは勇気振り絞られてのことだったのではないかな~と思いました。
息子さん、本当に喜んでいらっしゃると思います。

我が家の娘は、わずか2ヶ月半しか病気と闘えず、
なぜ病気になったのか?
どう闘っていくのかも選択できないうちに、無念の旅立ちとなり、
私達残された家族は、ただただ、してあげられなかった…
という後悔と毎日毎日向き合い、辛く、苦しみながらも、
必死に前に進もうとは頑張っています。

その中で、
もし、闘病が長かったらどうだったのだろう?
本人の想いは?
私達家族は?
などなど、考える時もあります。

そして、
どういうことであれ、子どもを見送らなくてはならなかった親は、
ずっとずっと悲しくて寂しくて辛い気持ちと向き合いながらも、
旅立った子供のために、ちゃんと生きなくてはならないのだろうなと、
まだまだ頼りないけど、最近、そう思えるようになってきたところです。

これからも子供たちが生きていたならば迎えたであろう節目の時を、
一緒に乗り越え、進んで行きましょう。

sayamama (2016-3-28 23:50 )
じゅぴたーさん、私の娘は20年間の生涯のうち13年間を闘病生活に費やしました。あの子が旅立った時、主人と「あの子はいったいなんのために生まれて来たのだろう。あまりにも哀れな人生だったのではないか」と泣きながら、言い合ったのを思い出します。

入退院を繰り返し、普通の学校にもほとんど通えなかったのと、夫が転勤族だったため、娘が亡くなってから訪ねて来てくれるお友達は誰もいません。
それがまた哀れで・・・。友達を欲しがっていた娘でした。数少ない友達をとても大切にしていました。本当に優しい娘でした。

闘病が長ければ、長く苦しませてしまった、と後悔し、短ければ短くても、何もしてやれなかった、と後悔するのですね。どちらにしても、子供を亡くした親は後悔せずにはいられない。

ゆうたんさんも、卒業式、息子さんと一緒に出たかったですね。ずっとずっと一緒にいたかったのに・・・。辛いですね。

カテゴリー: 季節行事・記念日

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