百箇日は泣くのを止める日なのだと何かに書いてありました

百箇日は泣くのを止める日なのだと何かに書いてありました

ぷんぷんぷん (2011-1-13 15:42 )
ゆうきママさん
今日は息子の百箇日です。あの日からもう100日も経ったのかと思うと胸がつまります。悲しい気持ちとか息子に対する思いとか,この100日で何も変わらないこともあれば,前向きに生きようという気持ちはあの日と比べれば少しは出てきたかな?とも思います。でも,ほんの少しだけですけどね。
百箇日は泣くのを止める日なのだと何かに書いてありました。
でも私はこれからも泣いてしまうと思います。
以前ゆうきママさんがおっしゃっていたように,子どもを亡くした悲しみ以上の苦しみは,どれだけ長く生きてもないと思いますが,息子のママになれた幸せの大きさはそれ以上に大きいと思うので,これからも泣いたり笑ったりしながら人生をまっとうしたいと思います。
今日は自分の話ばかりですいませんでした。
ゆうきママ (2011-1-20 22:16 )
ふ゜んふ゜んふ゜んさんへ

息子さんの百箇日が過ぎたのですね。息子さんと一週間遅れで、今日はゆうきの百箇日でした。
私も、ゆうきと会えなくなったあの日から今日までの百日は今までの生涯の中で一番つらく苦しいものでした。
この百日の間で、何も変わっていないと感じたり少しは前向きに考えられるようになったり。。。

でも、こうやって生きていくしかないのですね。
私自身、これからの人生でゆうきへの想いがどのようになっていくのか今は全くわかりませんが、これからもずっとゆうきへの想いと共に生きていくのだと思います。
いつか愛する息子のもとに行く日まで、私たちは精一杯生きることが何より息子さんもゆうきも望んでいてくれていますよね。

息子さんもゆうきも、ふ゜んふ゜んふ゜んさんと私の子供として生まれてきてくれたことが私たちにとって何よりも幸せなことでしたよね。

ぷんぷんぷん (2011-1-31 12:57 )
ゆうきママさん

おひさしぶりです。
百箇日終えられたのですね。誰かが決めた区切りですが、やはりそれまでを振りかえることになりますよね。

ゆうきママさんは、ゆうきくんと同じくらいの子どもさんをみるのが辛いですか?夫はとても辛いと言いますが、私は不思議と何も感じません。でも、息子よりちょっとだけ大きい子、例えば幼稚園児とか小学生を見ると「あぁこうやって幼稚園に行くこともないんだな。」と思って涙が流れます。あと、お友達できたかな、とか、もう4才だから小さい子と遊んであげてるかな、とか、別のところで元気に暮らしているような気がしてなりません。
やはり、息子が亡くなったという事実を事実とわかっているけど受け止められていないんだと思います。うまく言えませんが、そこだけ、ぽっかり抜けている感じです。

先日、主治医の先生と担当の看護師さんが息子に会いに来てくれました。息子の思い出をみんなで笑いながら話して、ああやっぱり居ないんだなあ・・・と実感しました。
でも息子は私達家族だけじゃない、みんなに可愛がられていたんだと心から思うことができ、とてもよかったと思います。

息子に会いたい。
会いたくて会いたくて、それしかありません。
でも、いま命を終えても息子には会えないと思います。
すこしでも息子に近づくため、与えられた人生を一生懸命まっとうするしかないのですよね。

ゆうきママ (2011-2-8 17:41 )
ぷんぷんぷんさんへ

お久しぶりです。
私も、ゆうきと同じくらいの男の子がお母さんと一緒に手をつないで歩いている姿を見ると涙が溢れそうになります。
どうして私はゆうきと手をつないで歩けないんだろう。。。姿を見ることもできないのだろう。。。と思います。
私も、ゆうきより大きい幼稚園児や小学生くらいの男の子を見ると、「ゆうきのこういう姿はもう見られないんだなぁ」と悲しくなります。
ぷんぷんぷんさんと同じように、ゆうきが亡くなってしまったことを事実としてわかっていても、やはり受け入れられない自分がいるのだと思います。 先日は、主治医の先生と看護師さんが息子さんに会いに来てくれたのですね。 私たち親は、息子のことを忘れないでいてくれることや想っていてくれることが何より嬉しいことですね。息子さんは先生や看護師さんから可愛がられていたねですね。 ゆうきも、先生や看護師さんが大好きでした。 短い生涯の中で大半は病院で過ごしましたが、ゆうきにとって病院はもう一つのお家のようだったと思います。 私も、もう一度ゆうきに会いたい。ただ、それしかないです。精一杯生き抜いた息子さんやゆうきのことを思ったら、私達は決して命を粗末にしてはいけないと思います。でも、長生きなんてしなくていいから、ゆうきに会えるのなら早く生涯を終えたいと思います。今日は落胆的なことばかりで、ごめんなさい。

ぷんぷんぷん (2011-2-21 13:36 )
ゆうきママさん、おひさしぶりです。

ゆうきママさんの長生きなんてしなくていいから、ゆうきに会えるのなら早く生涯を終えたい、というお気持ち、わかる気がします。
私は、できれば息子と同じ病気になりたいと思うこともあります。同じ病気で同じように頑張って、息子に会いに行きたいと。

息子が入院しているとき、もう助かる方法がないと言われたとき、しつけの悪いよその子を見て「あの子がなればいいのに」と思ったことがあります。あのときは頭の中が息子のことでいっぱいで、本当に余裕がなかった。今は、頭の中も時間も余裕ができたかわりに、心が定まらない気がします。これからどうなるのかも、どうすればいいのかも、わかりません。
でも息子とのことを少しでも知ってれてる人がいる、忘れないで思ってくれる人がいる、というのは、私たち残された家族にとって、とても大きな支えになります。ゆうきくんとうちの息子は、お空でお友達になっていると信じています。だから、ゆうきママさんとは、ママ友ですね☆

ゆうきママ (2011-2-28 17:45 )
ふ゜んふ゜んふ゜んさんへ

私も、息子さんとゆうきがお空でお友達になって元気に走り回っていてくれていると信じています。
だから、ふ゜んふ゜んふ゜んさんが私たちは「ママ友」とおっしゃってくれて、うれしかったです。

私たちは、これからも永遠に息子たちのママですよね。息子のことを少しでも知っていてくれる人や忘れないでいてくれる人がいることは、何よりも励みになります。

ゆうきの入院中は、一緒に病室で過ごしたお友達が元気に退院していく姿を見ては「もうすぐ、ゆうきも・・・」と願い、

同じ病棟に入院していた数人のお友達が旅立ってしまった時は、怖くて不安で・・・。でも、ゆうきはこんなに元気なのだから絶対に大丈夫と自分自身に言い聞かせていました。

私も、ゆうきの入院生活が長くなるにつれて心身共に疲れ果てていました。だから、ゆうきは「ママもう休んでいいよ」って、私にお休み期間をくれたようにも思うときがありました。

でも、やっぱりゆうきの居ない毎日なんて無意味なように思えてしまい、私もこれからどうすればいいかも、どうやって生きていけばいいのかもわかりません・・・。

この間までは少し前向きに考えられるようになっていたのに、また心が不安定で逆戻りです。

前に向かって進むのは難しいですね。

ぷんぷんぷん (2011-3-7 11:31 )
ゆうきママさんへ

少しずつ暖かくなっていますね。
息子が亡くなったときは秋で、それからどんどん寒くなって冬を迎えて、その冬も終わろうとしていることが辛いです。
息子のいない時間をたくさん過ごしたのだなあと実感します。
雪が降ったら息子と一緒に病室から見た雪を思い出し、桜が咲いたら入院中に病院の敷地内でお花見をしたことを思い出し、夏になれば買ってから一度も着ることのなかった息子の小さい水着を見て涙を流し…そうやって生きていくのだと思います。

息子に関わった先生や看護師さんも時々息子のことを思い出してくれているとおっしゃって下さり、とても嬉しく思います。
でも年月が経つにつれて、記憶は薄れ、思い出す回数も減るでしょう。いつまでも忘れることなく、息子と一緒に生きていけるのは私たち親しかいないのです。
ゆうきくんも、うちの息子も、いろんな人に笑顔や思い出をくれましたが、ママにしかくれてない宝物はいっぱいあるはず。
私たちは宝物を持っているから、生きている意味があるのかもしれないですね。

ゆうきくんは3年、うちの息子は4年と生まれる前から命の長さが決まっていて、神様が「あのママなら短くても楽しい人生を送れるな」と考えて、ゆうきくんはゆうきママさんのところ、息子は私のところへ生まれてきたんだと思います。

ゆうきママ (2011-3-22 16:01 )
ふ゜んふ゜んふ゜んさんへ

お久しぶりです。お返事が遅くなってしまいました。

去年の今頃は、ゆうきは入院生活を送っていましたがどうしても去年の記憶がよみがえり、戻れるものならあの頃に戻りたい。もう一度ゆうきに会いたいと思い苦しくなります。

でも、ふ゜んふ゜んふ゜んさんのおっしゃるとおり息子たちはママである私たちにしかくれてない宝物がありますね。
私は、ゆうきのママとして決して良いママではなかったし頼りないママでしたが、その分ゆうきはいつも明るくみんなを笑わせていて私にとって自慢の息子でした。

息子と過ごした時間は、いつまでも忘れることなく私たちの宝物ですね。
息子たちは、私たちの心のなかで永遠に生きています。

いつか、息子と再会する日まで人生を生き抜き「ママがんばったね」って、言われたいですね。

ぷんぷんぷん (2011-4-6 14:39 )
ゆうきママさん

こんにちは。
早いもので息子が亡くなって、今日で半年です。
生きるってつらいですね。この半年、本当に辛かったし、今このときも辛いです。
でも、よく「死ぬより辛い。」という表現がありますが、それは違いますね。
息子が経験した辛さより、いまの自分が辛いとは感じません。

ゆうきママさんは、ゆうきくんのことを周りの人たちにどの程度話できていますか。
私は職場の人などどうしても話をせざるをえない人とごく一部の友人にしか話ができていません。その友人にも詳しい話はしていません。
息子が病気になったこと、がんばったこと、なくなってしまったこと、どれも恥ずかしいことではないしコソコソする必要はないのですが、何も知らない人に「かわいそう」「大変だったね」などと同情されたくないと思うのです。
初対面の人に「子どもさんいらっしゃるんですか?」などと聞かれたときは、息子の存在を否定するのが嫌なので「います。」と答えていますが、それ以上深く聞かれたらどうしようと思ったりして、どうしても人と話をすることを避けがちになります。
何才ですか?と聞かれて「4才です。」と答えてそのあと適当に話を合わせたこともあります。そのときウソをついている自分がいやだったので、次に同じ場面があったときは「病気で亡くなりました。」と答えたら場が凍りました。
これから何度もこういう経験をするんでしょうね。
同じように子どもを病気で亡くした方が「時の変化とともに苦労も変化する。」とおっしゃていましたが、こういうことなのかもしれないなあと思いました。

ゆうきママ (2011-4-13 21:22 )
ふ゜んふ゜んふ゜んさんへ

私も、ゆうきを亡くしてから今日で半年が経ちました。
この半年間は、暗闇の中から抜け出せない気持ちと毎日がただ、ただ辛く苦しい日々でした。

ふ゜んふ゜んふ゜んさんが、初対面の人などからお子さんのことを聞かれた時に「います」と答えてしまうお気持ちよくわかります・・・。

私は、ゆうきを亡くしてからまだ仕事等をしていないこともあり初対面の人と会う機会がなかったので今のところは「お子さんはいますか」と聞かれたことはないのですが・・・これから働きに出た時に子供のことを聞かれたらどういうふうに答えよう・・・と考えていました。

以前からの友人は、ゆうきといくつも年が変わらない子供がいる人ばかりなので・・・ゆうきを亡くしてからはほとんど連絡を取っていません。
今は、ゆうきと同じくらいの子供を側で見るのは辛くてどうすることもできません。

私も、この先子供のことを聞かれたら何と答えるか今はまだ分からないのですが・・・たぶん「いません」と答えるかもしれません。
それは、子供がいた存在を否定してしまうような気もしますが世間には興味本位でいろいろ聞いてくる人もいるのではないかと思うからです。

私も、ゆうきを亡くすまではこれほど子供を失うということが悲しいとは想像はできてもわからなかったので、同じ経験をされた人でないと気持ちをわかり合うことは難しいと思います。

上手に言えないのですが、たとえ「子供はいません」と答えたとしても、ゆうきが存在していたことは真実なので今は誰の目に見えなくても親である私がいつまでも忘れずに想っていてあげれば喜んでくれるような気がします。

ふ゜んふ゜んふ゜んさんと私には息子と過ごした大切な宝物が胸の中にありますよね・・・。

私は、ゆうきは見えなくなってしまったけどいつも側にいて見守っていてくれているんだと思いながら生きています。
でも、ゆうきと会えない毎日は苦しいです。

ぷんぷんぷん (2011-4-26 12:14 )
ゆうきママさん

大変ごぶさたしてます。
他人に聞かれたとき、ゆうきママさんが「いません」と答えるかもしれないとおっしゃる理由、わかる気がします。知らない人に「大変だったわね」とか言われたくないし、悪意はなくてもやはり世間は好奇の目でみますよね。うまく言えませんが、子どもの闘病をドラマでやっているのとかも私はあまりいい気分がしません。

私はゆうきママさんのお話も参考にして、新しく知り合う人には「子どもはいません」と答えることにしました。ゆうきママさんのおっしゃるとおり、目に見えないけど「いる」ということは私たちがわかってるからいいと思っています。
困るのは、めったに会わない仕事関係の人とかに「子どもさん大きくなったでしょう」とか言われるときです。なんとかその場はしのいでいますが、これから幼稚園や小学校のことを聞かれたらと思うと、どうしようかと思います。
考えすぎだと思いますが、こういう他愛ない話でも傷つく人がいるということがわかってから、相手に対してもそういう話がしにくくなりました。同じくらいの年の子どもがいる友達ともあまり会いたくないし、人付き合いがうすくなっていると思います。

でも私は、息子がこうなったことによって出来た人間関係は大切にしたいと思っています。息子の笑顔がつないでくれた関係だからです。
もちろん、ゆうきママさんもその中の一人です。
いつか天国へ行ったときに、息子がゆうきくんを私に紹介してくれると信じています。そのとき、ゆうきくんに「ママともお友達だよ。」と伝えたいです。

ゆうきママ (2011-5-7 22:12 )
ふ゜んふ゜んふ゜んさんへ

お久しぶりです。

つい先日「子供の日」が終わりましたね。この時期になると、あちこちの家で鯉のぼりがでているので、今年は鯉のぼりを見かける度に苦しくなりました。
きっと、これからもこの時期になると苦しくなりゆうきと過ごした日々を想い出し、生きていくのだと思います。

私も、ゆうきと同じくらいの子供がいる友達とはあまり会いたくなくて、ゆうきを亡くしてからは疎遠になっています。。。
考えすぎかもしれないですが、相手の人に子供の話題を避けられたり私に気を遣わせてしまうのではないか、と考えたり傷つくことを恐れてしまう自分がいます。

最近とても、ゆうきと同じくらいの年の男の子を外で見かけると胸が張り裂けそうになり、この子がゆうきだったら・・・と思ってしまいます。
電車やバスの中で目にすると、その子をジッと見てしまい目で追ってしまいます。その子は、ゆうきではないのに、その男の子とゆうきを重ねて見てしまいます。
でも、同じ年くらいの男の子を見ると、この子よりはゆうきの方が身長がもう少し大きかったなぁ、と思っても心のどこかで記憶が曖昧になっていて思い出せなくなるときがあり、だんだんゆうきの記憶が薄れてきているような気がして切なくて苦しくなります。

私が年をとっていくにつれて、きっと、今よりもゆうきと過ごした日々は少しずつ色褪せていくのだろうと思います。でも、私はゆうきのママになることができて、ゆうきが私にくれた宝物があるから、ゆうきの居ない人生を乗り越えます。

今でも、時折り病院に行くとゆうきが私のことを待っているのではないかと思うときがあります。
うまく言えませんが、ゆうきはこの世にいなくなってしまったけれど私の心の中にはいつも居てくれるので、居ないけれど生きている。。。生きているけれど居ないような気がします。

ふ゜んふ゜んふ゜んさんのおっしゃるように、私もいつかゆうきのところに行ったら、ゆうきが息子さんのことを紹介してくれることを信じ、その日を
楽しみに、与えられた人生を生き抜こうと思います。
息子さんとゆうきが、ふ゜んふ゜んふ゜んさんと私を巡り会わせてくれたと信じています。

ぷんぷんぷん (2011-5-17 15:30 )
ゆうきママさん こんにちは

ゆうきママさんのお話を読んで、似てるなあと思いました。
私も他の子をみて、息子と同じくらいかな…、こんなこともできるようになってたかな…と思うことが最近多いです。
でも、どうしても3才までの息子しかわからない。
それもどんどん過去になってしまい、写真とか、動画とかでイメージを膨らませてるだけで本当はわすれてしまったんじゃないかと自信がなくなることがあります。
寂しくてつらいです。

息子が亡くなってからたくさんの写真や動画を何度も何度も見ました。
でも最近そういうことを避けたいと思うことがあります。
逃げているのかもしれません。
心の中では毎日息子とお話していますが、写真を見たり、思い出したりするのがつらいのです。
それでもどうしても息子の笑顔を見たくなって、時々、写真をみては泣いています。

息子の居ない人生なんか早く終わってくれればいいのに、と思ったり、あんなに頑張った立派な息子のママだから前を向いて生きよう、と思ったり、言ったり来たりです。

「ぷんぷんぷん」は息子の口ぐせでした。
「ぷんぷんぷ~ん♪」と言いながら、ヘン顔をしてよく笑わせてくれたんです。
私も息子のように明るく生きていきたいと思いますが、なかなか難しいですね・・・

ゆうきママ (2011-5-31 18:04 )
ぷんぷんぷんさん こんにちは

ぷんぷんぷんさんのおっしゃること、よくわかります…。
私も、ゆうきと一緒に過ごした日々がどんどん過去になっていくことが悲しくて
苦しいです…。

息子さんも、ゆうきも永遠に私たちが知っているときのままなのですよね。
もう叶わないとわかっていても、ずっと、ゆうきが成長する姿を見守って
いたかったです。

私も、ぷんぷんぷんさんと同じです。
少し前までは、毎日のようにゆうきの動画や写真を見ていましたが…最近は
動画のゆうきの声を聞くのがつらくて、見るのを避けてしまいます。
動画を見ると、今でもゆうきが亡くなってしまったことが嘘のようで涙が止まりません…。

それでも、時々どうしてもゆうきの声が聞きたくなって動画を見ています。
ゆうきの声を聞くと、あの頃と変わらないゆうきの声がとても愛おしく、そうそう
この声だ…と安心します。
声が聞きたくなるのは、ゆうきの声を忘れてしまいそうな気がして怖いから
かもしれません…。

「ぷんぷんぷん」というのは、息子さんの口ぐせだったのですね♪
いつも、そうやってママを笑わせてくれていた明るい息子さんだったのですね。

ゆうきも、いつも明るくて音楽に合わせて踊るのが好きな子でした。
どの写真を見ても、笑っているゆうきがいます…。

息子さんとゆうきの笑顔は、ぷんぷんぷんさんと私にとって宝物ですね♪
私も、いつも笑っていたゆうきのように生きたいですがまだまだ難しいです。
でも、ゆうきが心配しないように少しでも、ゆうきの笑顔に近づくように
生きていきたいです。

ぷんぷんぷん (2011-6-22 9:58 )
ゆうきママさん ごぶさたしています

最近、1人になると泣いてしまいます。
1人じゃないときに無理しているんだと思います。

1日だけでも息子がお空から帰ってきてくれたら、もう私はその日に命が終わってもいいと思います。
でも息子にしてあげたいこと、連れて行ってあげたいところ、食べさせてあげたいもの、見せてあげたいもの…とても1日では足りません。
そう思うと、息子はなんて短い人生だったんだろうと思って、涙が止まらなくなります。

そういうときに、今このときに、ゆうきママさんも泣いてるかも…なんて思ったりします。泣いてばかりではダメだと思っていましたが、そう思うと泣いている自分がちょっと許せたりします。
勝手に引き合いに出してスイマセン(笑)

暑くなってきましたね。息子は結局、一度もプールに入ることができませんでした。いまごろお空で初めての水遊びしてるといいなあと思います。
今日はちょっと後ろ向きな話ばかりですいませんでした。

ゆうきママ (2011-6-30 21:15 )
ぷんぷんぷんさんへ

毎日暑い日が続きますね。

もうすぐお盆の時期ですね。ぷんぷんぷんさんの息子さんと、
ゆうきにとっては新盆ですが、あと少しで1周忌だと思うと心が
苦しくなりますね。

ゆうきを亡くして間もない頃は、1年後にはいくらか前向きに過ごす
ことが出来ているのかな・・・と思っていましたが、少しは前向きに
考えることが出来るようになったと思ったら、また後戻りです・・・

私も、まだ毎日のように泣いてしまいます・・・一人でいるときに
思いきり泣くことで、どうにか心のバランスを保っているような感じ
がします。

今はまだ、泣きたいときに泣いてもいいのではないかと思います。
それだけ、ママである私たちにだけ残してくれた息子との深いつながりが
あるのですよね・・・。

ゆうきも一度もプールに入ることができませんでした。スイミングを
習わせようかと思った矢先に病気がわかり、すぐに入院したので結局
行くことはできませんでした。

もし、ゆうきの人生が短い人生だとわかっていたら、もっともっと
楽しませてあげることができたのにと、後悔ばかりです・・・。

最近よく考えてしまうのですが、ゆうきの3年の人生はどんな人生
だったのだろう・・・
病気になってしまって短い生涯でしたが、それでも楽しい人生だった
と信じたいです。

カテゴリー: 命日・法要

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