18回目の月命日:突然スイッチが入り涙が止まらない

18回目の月命日:突然スイッチが入り涙が止まらない

アップルティー (2016-11-29 23:06 )
皆さん、こんばんは。
久しぶりに投稿させていただきます。

昨日息子の18回目の月命日を迎えました。
あの日から1年半が経ってしまいました。
そんなに息子に会ってないなんて
未だに信じられないです。
月命日の前日は、私の誕生日でした。
息子は永遠に20歳のまま止まってしまったのに
私だけがこの世で歳を重ねていくことが
許せないでいます。
どうして息子の倍以上も生きている私が、
今も生かされているんだろう。
虚しさでいっぱいです。
それでも…生きていかなきゃいけない。
1年半前は、息子のところへ行くことしか考えていなかった。
遺された娘や旦那、年老いた母のことまで
考える余裕なんてなかった。
息子を亡くした自分のことだけしか考えられなかった。
今でも早く息子に会いたいと思う気持ちは変わらないけど、
でも、今は、目の前にいる娘のためにも生きなきゃいけない…
そう思えるようになりました。
それでも突然スイッチが入り、涙が止まらなくなったり…
ひとりになれる車の中で息子の名前を叫んでみたり…
落ちるところまで落ちて、時間をかけて這い上がってきたり…
そんな毎日の繰り返しです。
このどうしようもない悲しみを共有してくださる同志の皆さんに日々助けてもらいながら、何とか…1年半過ごしてきました。
これからもよろしくお願いします。

かおる (2016-12-1 8:38 )
飛込みコメント!失礼いたします。

全く同じような環境で、私は最愛の長男を
今年の2月に亡くしました。

前日まで元気にしてたのに!
ウィルス感染からの敗血症で半日で他界してしまいました。

それ以来、一切仕事をしていません。
と言うか、何もしていません。

泥酔したり、破茶滅茶な日々の中で当初は
日にち薬、少しづつ楽になってたのが
同時に、知らせを受けた時の電話がフラッシュバックし
半狂乱の状態になります。

この10ヶ月、投げやりな日々を送ってます

仕事とか?どうでもいいや!って

何もかも、どうでもいいや!

って

その どうでもいいやって思いを深めることで
愛息との別れも どうでもいいや!って

思えるようになるのかも?って期待しながら

チョコ (2016-12-1 22:49 )
かおるさん、こんばんは。
私は、娘を見送って1年半が過ぎました。
病気がわかり、亡くなるまで4ヶ月でした。

同じです。どうでもいい。
すべての事に、しらけています。
表向きは、分からないようにしていますが、何に対しても、心から楽しむことも、怒ることもありません。
感情を麻痺させていないと、生きていけないのです。
それほどの大きな大きな出来事だったのです。
ただ、哀しみの感情は大きく根を張っていますが…

無理をせず、どうでもいい自分を許していいと思います。

sayamama (2016-12-4 22:04 )
かおるさん、初めまして。私は13年間一緒に闘病生活を送った最愛の娘を、3年半前にとうとう亡くしてしまいました。
以来本当に、毎日どうでもいいや、と思って暮らしてます。
一人暮らしだったら、食事もしなかったかも・・・。夫がいるので、最低限の家事はしていますが、もう本当に何もかもどうでもいいです。地震?来たらいいじゃん、死ねたらあの子の所にいける・・・そう思ってます。

一時期は、お酒におぼれた時もありました。でもその後糖尿病になってしまいました。これも最初はどうでもいい、治療しなくてもいいや、とも思ったのですが、重篤になれば死ぬより先に、目が見えなくなったり足を切断する事も多いと知り、さすがにそれは嫌だと治療しています。お酒もやめました。
実際お酒に逃げても、辛いのが薄れるのはほんの一瞬だけだし・・・。

どうでもいい、と思い、何もしない時期は長かったですが、ようやく去年あたりから、ごそごそ動きだしました。仕事も短期のバイトみたいなものをやったり、昔好きだった趣味のサークルに行ってみたり・・・。でも昔のように楽しめないし、何をしても虚しい気持ちは変わりません。でも家の中でただ泣いていることにも嫌気がさしてきて、動き出しました。

いつかそういう時が来たら、動きだせばいいと思います。それまではどうでもいい、と投げやりに何もしない自分を認めてあげてればいいのです。

カオル (2016-12-5 9:23 )
sayamama さん

お慰めありがとうございます。

私が投げやりな日々を送ってるのは

当然、愛息を突然に亡くした失望、絶望感ですが、それに拍車をかけてるのは、私自身、波乱万丈の人生を歩み
死生観に関してある種、達観してるって自負がありました。
人間必ずいつか死ぬ!今日か?明日か?
ならば、その時は、のたうち回る事無く、静かにそれを受け止めるって覚悟で、、、

しかし、それは私自身の命であって、、まさか!
人生これから!って言う青年の、しかも愛息の命を持って行くとは!
まさに運命の奇襲でした。
無防備な背中からバッサリ袈裟懸けの一撃でした。

人の命、人生って、、まさに朝の露、、、

その儚さ、、ならば!であるならばしっかりと生きよう!
では、無く、、どうでもいいや!なんです!

明日を考える必要も無く、その日その日を
充実では無く自堕落に!

充実も自堕落も、、
どうでもいいや!なんです。

アップルティー (2016-12-6 22:28 )
こんばんは。
アップルティーと申します。
カオルさん、
人の命って何なんでしょうね。
生きる…て意味がわからない。
愛するわが子がいなくなってしまったのに、
自分の未来なんて考えられない。
これからの自分の将来に
息子がいないなんてあり得ない!
息子が亡くなってから
ずっとそう思ってきました。
息子がいなくなってしまったら、
私も生きていられない…
そう思ってたのに、私は今も生きてる。
生かされてる。
この理不尽さ…到底納得なんてできるものではない。
悔しいです…。
いろんなことを諦めながら、
1日1日やり過ごす毎日です。
カオル (2016-12-7 17:36 )
チョコ さん

同じ思いで過ごされてるのですね!

投げやりでしか歩めない日々、、
でもその自分の今の歩調に決して苛立ちも
焦りも有りません。

もっと静謐で、どうする事も出来ない時間に
身を委ねております。

同じ境遇の知人の母親は

それまでの世界をリアルワールドと呼び
その日以来の世界をアナザーワールドと表現し
死ぬ迄、元のリアルワールドには戻れない
逆縁を知った人にしか分からない世界
アナザーワールドの住人として
生きるしかない!

何をしても楽しめず、どんな美味しい物を食べても
感動は無く、、って

どうでもいいや!って歩調の
唯一私がしている事は
祈り続ける事だけです、、、

あの世で愛息と再会出来る事だけを!

きむ (2016-12-9 2:02 )
カオルさん こんにちは きむです

私も気持ちは、同じです
元気だった最愛な息子がいなくなるなんて
いまだに信じられません

あの日から、しばらくひきこもりになり
買い物も近くのいつも行ってる所には行けなく、少し離れてる所まで行ってます

本当にあの日から
人生が変わりましたね
何をしても心から喜べない
息子のいない人生は考えられません
私の命と引き換えに息子の命を取り戻したい

今は息子と逢えた時に
「お母さんは、辛くて哀しかったけど
頑張ったよ」と言える様に
普通に頑張ってます

カオルさん
この気持ちは同じ思いをした人しか
わからないですよね
泣きたい時には泣いていいんです
少しずつでいいんです
前向きに・・

息子さんは、いつでも側にいますからね

えむけい (2016-12-15 13:48 )
こんにちは。
えむけいです。

皆さんの、どうでもいいや!の気持ち、まったく同じです。
何をしても楽しくない、美味しいものを食べても感じない、バラエティ番組はくだらない、本当に投げやりな毎日です。娘は一人っ子だったので、本当に生きがいが無くなってしまいました。最低限の家事だけをなんとかこなしています。

先日娘の20回目の月命日を迎えました。
長かったのかあっという間だったのか、よくわからないままここまで来てしまいました。理屈ではわかっていても、娘のいない現実をどうしても受け入れることが出来ません。なぜ、どうして、を繰り返しています。

そうして年賀状の季節ですね。
昨年は手作りの喪中葉書を用意しました。既製のものではあまりに娘が不憫に思えたので、手製で娘がどれだけ頑張ったのかをお知らせしました。作っている最中は、娘がやっぱりいないことを思い知らされているようで悲しかったです。今年も年賀状は出しません。もうこれからずっと出せない気がします。
娘のいない新しい年をお祝いする気になんてなれないから・・・

アップルティさんの言われるように、いろいろなことを諦めながら1日1日やり過ごすしかないのですね。

カオル (2016-12-15 14:41 )
悲嘆のどん底の皆様へ

愛息が元気な時に、私淑する哲学者、本物の
宗教学者、、ひろ さちや師の 言葉

人生は であい

で、、でたらめ、善き人は逝く
人生これから!って言う若者が先に行ったり
本当に善人なのに行ったり
あ、、明らめる 諦念のあきらめでは無く、そんなもんなんだって思うこと

い、、いい加減ではなく、好い加減のい
だからと言って極論に走らない

の教えを素直に納得していました。

でもあの日以来、、
諦める、、逆縁を明らめる、受け入れる事は出来ません。

師は続けます、、、

何時迄も悲しまないで、、お地蔵様にお任せしなさい!って
その為に、地蔵菩薩がいるのですからって

あの日以来、何十回、何100回、、、
この悲しい地蔵和讃を聞いた事か!

でも!10ヶ月経ってもまだ、お地蔵さまに
お任せは出来ません!

なるがまま、なせるがままに、この地獄の苦杯を
今宵も飲もう、、、

YouTubeで、、地蔵菩薩何時も聞いてます、、

宜しければ是非、皆様も聴いて涙流してください。

みっちゃん (2016-12-17 11:00 )
皆さん こんにちは。
みっちゃんです。

皆さんの、今のお気持ち私も全く同じで、深く心に突き刺さっています。
どうでもいいや!!まさに全てにそういう気持ちです。

娘を亡くす前、私の命と引き換えにどうか娘を助けてほしい。
これから、未来のある娘を助けてほしい・・・と、祈りました。
ずっとずっと祈りました。
奇跡があるなら、その軌跡を起こしてほしいと、ずっとずっと祈りました。
けれど、娘は逝ってしまいました。

今も涙は枯れる事無なく、何をしていても何処にいても零れてしまいます。
毎日投げやりな日を送っています。
もう何も信じない、何があっても怖くない、ホントにどうでもよくなりました。
自分の人生、、、いつまで生きなければいけないのか娘のいないこの世界に未練はありません。

カテゴリー: 命日・法要

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