26歳の息子が心臓病で亡くなりました

  • このトピックには6件の返信、1人の参加者があり、最後にmotherにより2020-06-10 09:36に更新されました。
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  • #2026 返信
    はは

    こんにちは。26歳の息子が亡くなりました。
    息子は心臓病で小さい頃から手術をたくさんしてきました。小学4年生の時に余命を言われました。高校は行けませんでしたが、その後薬やペースメーカー等で成人式も迎えられ、仕事も障害者枠で仕事をして、お酒も一緒に飲むことも出来てました。
    仕事をして3年目体調が徐々に悪くなり、仕事をやめるように言われ、その後心臓移植を進められました。移植登録もして、気持ちを前向きにし、最近はゲームの実況などしてました。
    今年コロナが流行り、息子は心臓病だからと気をつけていました。3月脈が早い不整脈が出てもコロナで病院行くのが心配と。病院に指示を聞こうと連絡するも連絡とれず、もらってた薬を飲んだらよけいに具合が悪くなり救急車を呼びました。

    それから息子は何回かの心停止を乗り越え、移植予定の病院に転院出来これからと思ってました。

    緊急事態宣言の為、面会制限が厳しくなり、先生からの説明以外は逢えなくなりました。でも息子は回復と向かってると思っていました。
    1つ装置を外したら、具合が悪くなり、先生から手術の説明がありました。4/6手術。コロナで緊急事態宣言が出てた為、妹は息子に逢うことが許されませんでした。
    長い手術を乗り越えましたが、先生からは手術は上手くいったが予定してた所にはつけられませんでした。と
    面会が更に厳しくなり、一週間に一回たった10分の面会になりました。いつかかってくるかわからない病院からの電話。先生からの説明は先生が「つけた装置は上手く動いてる。息子の血液検査の結果がどんどん悪くなってきてる。普通では考えられない数値です。あと聞きたいことありますか?」と。
    「息子に逢いたいです!逢わせて下さい!」訴えてやっと逢える一週間に一回の10分。
    呼吸器が外せず私たちに伝えたいことを言えず、意識もうろうとしている息子。痩せて黄疸が出てきた息子。側にいたいのに。今まで生まれてからこんなに離れたことはなかったのに。辛くて不安で一人でICUにいる息子。どんなに寂しく不安だったのか。生まれつきの心臓病で塩分、水分、やりたいこと全部に我慢ばかり。それでも一生懸命生きてきた息子にこんな仕打ちはない!
    病院からの電話は一週間ごとにひどくなっていく息子の説明でした。
    心臓移植の為につけた装置が延命処置と同じになるので、心臓以外の内臓が腐っても、カビがはえても止められないと。
    家族で先生に息子が辛くなく、身体がこれ以上ひどくならないで、最後の時は一緒にいたいと訴えました。
    息子が亡くなるのはもちろん嫌です!でも、今まで我慢ばかりしてきたのに、更にこんなに辛い思いをさせたくありません!と。
    息子は私たちの面会のあと、自発呼吸が亡くなり、家族みんなで一緒にいさせてくれました。

    3月具合が悪くなり4月手術、5月亡くなりました。
    26年間ずっと側にいました。制限がいっぱいあって、それを時々無視する息子と喧嘩したことも多々あります。26にもなって甘えてくる息子をつきはなしたこともあります。本当は息子は不安で私に甘えたかったと思うのに。甘えさせてあげればよかった。26歳なんだからと突き放さなければよかった。一緒に過ごして着た26年。
    今は毎日泣き、後悔と寂しさ、言葉で表せない気持ちで………。

    #2027 返信
    みほくっく

    こんばんは、私も今年の初めに2歳になる息子を絞扼性イレウスで亡くしました。私も毎日泣いています。なんであの時もっと早く病院連れていかなかったんだろうとか後悔し、毎日毎日寂しさでたまらなくなります。ただ生きててほしかった。この気持ちはどんな言葉にも表せないですよね。。救いようのない痛みで。。
    私はこの掲示板に書き込みをする事で救われています。
    息子さんはお母さんに愛されて幸せだったと思います。

    #2030 返信
    みんとママ

    はは様

    私は1歳の息子を脳腫瘍で亡くしました。はは様のコメントを読み、はは様の悲しみ、悔しさが伝わってきて自分の息子に対する思いと重なり涙が溢れます。ずっと側で息子さんに寄り添っていたかった時期に、それが出来なかったはは様の無念さは計り知れません。
    息子さん、26年間ご家族の愛、支えの中、ご立派に生きてこられたのだと、はは様のコメントからわかります。私も、もっと息子と一緒にいたかったし、息子の成長をこれからも見守りたかったのですが、大きい手術も乗り越えてくれて精一杯生きてくれました。お互い、自慢の息子ですね。
    今は亡くなられてまだ日が浅く、深い悲しみの中にいらっしゃると思うのですが、はは様が息子さんとの成人式での思い出や、お酒を酌み交わした日のことなどを、少しでも穏やかな気持ちで、思い出すことができる日が来る事を願っています。どうかご無理なさらずに、ご自愛下さい。

    #2028 返信
    はは

    みほくっくさん、お返事ありがとうございます。
    もう少しで亡くなってから1ヶ月たとうとしています。まだ私は買い物など、家の外に出ると呼吸が辛くなってきて気持ちが悪くなり、家の息子の側に居たくなります。
    買い物していると、これ好きだとか、これ買っていかなきゃとか、早く帰らないととか、薬飲んだかとか……どんどん頭に浮かんできて苦しくなります。
    料理が好きだったはずなのに、料理番組も、料理の雑誌も何も見たくなりません。メニューもうかばず。息子は減塩や水分等制限がいっぱいありました。買い物に行っても塩分表示見て買い物して、献立もとしてきました。
    それも息子がいなくなったら何も考えられなくなりました。息子に作りたい!出しても食べてくれない!辛いです。

    #2031 返信
    みんとママ

    はは様

    今は心身共にお辛いと思います。本当に息をする事さえ辛い瞬間も多々ありますよね。もっといろんな事が出来たはずだし、してあげたかった。息子はあんなに頑張ったのにと思うと、未だに深い悲しみに襲われます。辛いですよね。時には悲しみに身を任せても良いと思うんです。ご無理なさらないで下さい。辛い時はこちらにコメントさせて頂くことで、少しは楽になることもあります。息子さんのお話しまた聞かせて下さいね。

    #2032 返信
    mother

     25歳の息子を甲状腺癌の全身転移で亡くしました。もうすぐ26歳の誕生日、そして五回目の月命日を迎えます。
     高校生の時に突然ステージ4の癌告知を受け、そのあとの時間は彼のやりたいことを最優先として、最期まで家族全員でサポートしてきました。いつか良い治療法ができて、何とか持ちこたえることができるかもしれないという希望で治験も試しましたが、願いはかないませんでした。
     病気のことで特別扱いされたくない、という本人の希望があり、ごく少数の人にしか病気のことを知らせずにいたので、彼が心の底にどんなに深い苦しみを抱えてけなげに生きていたのか、と想像すると、胸が張り裂ける思いです。
     食事を家族で囲むことができた時期は、彼が好きなものを食べられるように、慣れない料理に挑戦したり、栄養価の高いものを用意したりして、母親としてできることを精一杯頑張ってきたつもりです。彼がいなくなった今は、凝った料理をする気力もなくなり、自分が食べられそうなものを簡単に作って家族に出すだけで、家で食べる楽しみは激変しました。
     先日、息子が去年一時的に緩和病棟に入院していた病院の入り口で、いつも受付をしていた方を見かけました。その当時、毎日私が病院に通って来るのを気遣い、いろいろ声をかけてくださっていたので、あらためて報告とあいさつをすべきところでしたが、一瞬にして入院中の息子の姿が蘇り、涙があふれてあわててその場を去りました。
     もう今は息子はここで一緒に生きていくことはできなくなってしまったけれど、彼はずっと私を気遣ってくれている。泣いて泣いて、悲しみがあふれて止まらないとき、ただただ息子のことが恋しくて眠れないとき、「俺、大丈夫だから。そんなに泣くなよ。その顔みっともないよ。」と言っている気がします。
     かけがえのない我が子を亡くした悲しみを、思いっきり吐き出させてもらうこのような場所があり、日々何とか過ごしています。
     皆さん、同じだと思います。。。

    #2029 返信
    みほくっく

    みなさん思うのはなんでうちの子がという怒りですよね。こんかに頑張ったのに。。ははさんも食事や入院のお世話など本当に大変だったと思います。
    息子の服を見るとわーっと泣けてきたり、何もかも逃げ出したかったり、
    ただ生きててほしかった。会いたいですね。

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