月命日に思うこと(25歳の息子を失って)

  • このトピックには21件の返信、3人の参加者があり、最後にそら吉により2021-04-19 19:49に更新されました。
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  • #4711 返信
    mother

     25歳の長男の一周忌を先日行ないました。
     大きな写真の中の彼のほほ笑みを見ていると、何についても興味津々で、どんな事でも家族の中で一番物知りであった彼の得意気な顔が目に浮かびます。
     一年たった今でも、きっと今後何年たっても、なぜ、どうして、私の息子が病いに倒れなければならなかったのか、という行き場のない怒りと苦しみは尽きません。彼の命の炎がだんだん消えていくのを、泣きながら見守るしかなかったあの圧倒的な絶望感も。
     このサイトに来れば、同じ思いを抱いていらっしゃるだろう皆さんと少しでも気持ちを分かちあうことができる、そんなふうに勝手に思って、今日はちょっと感情的になっているかもしれません。すみません。

     彼の病状がぐっと悪くなっていったのが一昨年の年末。続いての年始はずっと彼のベッド脇に布団を敷いて、酸素マスクの彼を一晩中見守り続けました。何とか彼がこの危機を乗り超え、あともう少しの間頑張れるのでは、と言う甘い希望も打ち砕かれ、みるみるうちに弱っていった息子。そんな彼が可哀そうで、でも本当にいとおしくて、胸が張り裂けそうでした。

     彼が亡くなってからは、ただ寝て起きて食べてのロボットのような生活。そんな中で、彼が闘病中に「お母さん、俺に構わずに仕事行きなよ。外に出て歩いてきた方が良いよ。」などと良く言っていたことを思い出し、しばらくしてよろよろと仕事に戻りました。「働き過ぎじゃないの、ほどほどにすれば。」というこれも息子のアドバイスもあったので、仕事はセーブしたものに変えましたが、ある意味、仕事が今の私の生活の心の支えとなっています。息子の深い思いやりに今では感謝しています。

     こうして思い返すと、息子が私に教えてくれたこと、良いきっかけや刺激を与えてくれたことは、数限りなくあります。彼が私の中で生き続けていることの証しとしてこれからもしっかり頑張っていこう、と奮い立つ自分と、でもやっぱりお前に会いたいよ、と泣き崩れる自分を何とかコントロールしながらの毎日です。

     年が明けて、コロナのため緊急事態宣言も出る厳しい状況ですが、皆さん、天国にいる子供たちに心配をかけないように、感染に注意しながら、少しでも元気でいられるよう、頑張ってまいりましょう。

     

    #4712 返信
    スヌーピー

    一周忌を終えられたのですね。
    その頃の私はこういうサイトすらあることも知らずに、何に対しても怖い様な絶望感があり
    漢字の『終』とか記号の『!』にすら怖さを感じて新聞の死亡記事にも涙が出て止まらず毎日、
    目が腫れていました。
    今でも新聞やニュースで子供が亡くなった記事を読むと涙がとまらなくなるのですが
    四年たった今は小さな子や新しい命の赤ちゃんを見ると涙が溢れてきます。
    22歳で星になった息子と産まれてきた時の息子とそれぞれの思い出が自分の中で同時に生きているのだと実感するこの頃です。

    息子の部屋に壁いっぱいに貼った小さな息子を見ながら、あーもぅ3歳になったんだねと、
    星になってからの年数を産まれた時から数え始めて…22歳になったらその先はないのだけどまた、
    誕生から始めればいいんだと思っています。

    息子のお友達のよきパパぶりを見ては、息子に重ね合わせてみることのできる自分を空から息子が見てるのだと、写真の息子を見てるとそんなふうにも思えます。

    このサイトにくると決して私は1人ではないのだともぅ少し生きてみようと思います。

    12月の祥月命日には息子ならこんなマスクつけてるかな?とデニムのマスクもお供えしました。

    またここで他のママさんとお話しできるのも
    私の大きな癒しの1つです。

    #4713 返信
    mother

    スヌーピーさん、ありがとうございます。涙を流しながら投稿を読ませてもらいました。
    私の思いを読んでくださるだけでも、本当に心がほころびます。

     息子は大きくなってからはほっそりした身体になりましたが、小さいころはぷくぷくと太っていてとても可愛かった。25年間分の彼の写真やアルバムはたくさんありますが、今は見るのが辛くて。。。。

     彼が着ていた衣類等で私のサイズのものは、家の中でいつも身に着けています。鏡に映る彼のジャージを着た自分の姿をふと見ると、当たり前ですが、あっ、似てる と思って見入ってしまいます。
     毎晩、夕食時には、出来上がったこの料理を、食べることが大好きだった息子がどんなに喜んだことだろうと想像して、思わず涙の塩味が入りそうになる時も少なくありません。

     今ここにはいない彼を思いながらも、自分だけ生きていると言う事実に、日々葛藤しています。
    でも何とかこのサイトの力も借りながら、これからも少しずつ息子の分まで頑張っていかなくては、と自分に言い聞かせています。

    #4728 返信
    mother

     コロナの状況がまだまだ落ち着かないこの頃ですね。
     病気の怖さを見聞きするたびに、息子が生きていたらさぞや今頃、毎日薄氷を踏む思いで過ごしていただろうと思っています。
     25歳でついに癌の末期で亡くなってしまった長男は、それでも最後の最後まで生きる希望を持ち、在宅医療のかたわら、入院、そして通院、さまざまな検査、投薬による治療、と本当に根気強く頑張り続けました。
     誰にも真似のできないほどの強さと忍耐力を見せてくれたこと、家族はもちろんのこと他者をを思いやる気持ちまで失わずにいたこと、とても素晴らしい息子でした。
     でも、親としては、彼がどんな状態であっても、いつまでもいつまでもここにいてほしかった。一緒に病気に立ち向かう毎日が家族の、私の生き甲斐だった。子供さんの闘病を経験された方の思いは皆同じだと思います。
     一周忌を終えましたが、彼との日々を思い返して涙しない日はありません。

     息子の病気もすべて受け入れて、それでもある意味楽しく過ごしていた平穏な生活が奪われてしまい、これからどうやって自分がどんな風に生きていけば良いのか、何を目指して行けばよいのかと、戸惑う日々はまだまだ続きます。

      

    #4732 返信
    スヌーピー

    送信したと思っていたのにされていなかったことになんだか気落ちというか再度、書き込むことが出来なくて。
    でも庭のさくらんぼの花が満開から一変して雨で散ってしまった姿を見たら
    短い内容でも書いてみよう、ここを訪れるママさん達は散った桜のごとく、白い満開の桜を見るたびに涙を流すママさん達だから、
    自分がそうしてるように、このサイトを覗くことで自分は1人ではないと思える一瞬があるのだから短くても文字にしてみようと。

    送信されなかった内容ははっきり覚えてないけれど日曜日は涙で目が腫れてもいいから
    書き込みしやすい曜日です。

    同居してる母が満開のさくらんぼの花を見て
    きれいだと話しても、私には子供を失ってからは白い花の集まりが葬儀の白い花達と重なって
    見るのも辛い白さとなりました。

    ただ、その庭木の下で写真を撮った次男は
    私のお気に入りの写真でもあります。

    桜の美しさをテレビで見たり景色で見るたびに
    私の心はこうつぶやいてる。

    『今年の桜を我が子は知らない』と。

    我が子 には子どもの名前でつぶやいてますけどね。 みなさんは桜ってどう写りますか?
    私の様に辛い花に写るのでしょうか?

    家族で唯一1人、花粉症でなかった次男が羨ましかった季節でもあります。

    #4735 返信
    まこ

    スヌーピーさん

    私は桜がつらいです。大好きだった花だったのに、今はつらい花です。
    娘が旅立ってから、もう4年半。そしてちょうど7年前の桜が満開の日に娘が誕生しました。病室から見た桜と菜の花が印象に残ってます。きらきらとした光に綺麗な桜、ああ、この子は祝福されているんだなと幸せに思っていました。

    本当なら、今年からランドセルを背負って小学生になるはずだったのに…。
    桜は残酷です。

    皆さんもそれぞれの気持ちを抱えて、桜を見るのでしょうね…。

    #4736 返信
    mother

     桜の花は、コロナや震災など人間たちに降りかかるさまざまな出来事に関わらず、毎年きれいに花を咲かせるのですね。
     
     私の思い出は、癌の末期で、緩和病棟に入院していた当時25歳の息子と久しぶりに車椅子で外出して、近くの大きな公園にサクラを見に行ったときのことです。
     初めは上を見上げてはサクラを熱心にスマホで写真に撮って喜んでいましたが、途中で気分が悪くなってしまい、早々に病室に帰っていくことになりました。それが彼にとっては最後の花見でした。
     
     思い出を呼び起すものは、サクラだけではないですね。外に出てるたびに目にうつる自然の移り変わりを現す全てのものに、息子と過ごした日々が重なります。

     彼がいる天国は、毎日綺麗な花が咲き誇り、良い香りに包まれた世界であると信じています。そして、私も彼と一緒にもう一度満開の花々を見上げてほほ笑みあいたいです。
     

    #4737 返信
    泣き虫パパ

    motherさん、
    2年前一人息子を27歳で亡くした「泣き虫パパ」です。
    motherさんのお子さんとは違う病気ですが、根治療法のない進行性の難病でした。
    一昨年4月中旬に会津のお城に満開の桜を見に行ったのが最後の家族旅行となりました。
    まさかその半月後に別れがくるとは思いもせず、しばらくは家内と共に魂の抜け殻状態でした。
    病気の進行につれ家族の精神的、肉体的負担は重くなる一方でしたが、息子が旅立った後で、
    そのプレッシャーが、いかに私たちの生きがいだったかを実感しました。
    息子と一緒に行きたかった所、或いは思い出に残った所に行こうという気が出て来たのは、
    一周忌を過ぎてからですね。
    最近この板への投稿が少なくなっていますが、いまでも目を通しています。
    我が子に先立たれた悲しみを理解出来るのは、この板にくる同じ思いをした方々しかいないのですから。

    #4738 返信
    mother

     泣き虫パパさん、会津に家族で行かれたとのこと!
     
     私たち家族も息子がまだ多少動けるときに、訪れた場所です。偶然ですね。
     当日は、残暑のきびしい日に当たってしまい、息子の体調と足取りを大いに気遣いながらも、彼が得意げに歴史のウンチクなど披露するのに耳を傾けつつ、楽しく会津で過ごしたことを今でもありありと思い出します。
     もしかしたら、泣き虫パパさんの息子さんと天国で友達になって、その旅のことなど話しているかもしれませんね。

     彼が在宅医療を受けながら最後まで過ごした部屋、私と二人きりで行った場所など、そこにいくとたまらない思いになる場所は、少なくありません。もちろん辛い思い出ばかりでなく、同じくらい楽しい思い出もありますが、息子と過ごした日々がどんなに貴重だったかを思い知らされて、やはり悲しみの方が大きく胸に迫ります。つらいですね。

     この頃はコロナの中ではあっても、ふさぎ込んで鬱々としている私の姿を、きっと息子は嫌うと思う一心で、夫と一緒に散歩に出るようにしています。息子との思い出話もポツポツと口にしながらのウオーキング。少し元気が出るような気がして、できる限り続けて行こうと思っています。そんなカラ元気で過ごしている私を息子はどんな風に見ているでしょうか。それでもオッケーだよ、お母さん、と言ってくれるかな。。。  

     泣き虫パパさん、また思い出話など聞かせてくださいね。

    #4745 返信
    スヌーピー

    他の方の投稿を読んでは
    自分も書き込もうと文字を打ち始めると
    やっぱり胸がいっぱいになり涙が止まらなくなってしまい手を止めてしまいます。

    まだ四年、もぅ四年。
    生きてたら26歳で27歳を迎える年。

    小さかった頃のビデオは見たくても胸が潰れそうなほど切なくて見れなくて。
    友達から送ってもらった携帯の中での数秒の声は
    今でも元気でどこかで友達と遊んでるかのごとく
    リアルすぎて息子が居ない事に実感がわかなくなるほどせつない、でも時々ママは聞きたくなる

    もっと文字を打ちたいけれど
    涙でもぅ打てない。  逢いたい。

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