返信先: 月命日に思うこと(25歳の息子を失って)

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mother

 25歳の長男の一周忌を先日行ないました。
 大きな写真の中の彼のほほ笑みを見ていると、何についても興味津々で、どんな事でも家族の中で一番物知りであった彼の得意気な顔が目に浮かびます。
 一年たった今でも、きっと今後何年たっても、なぜ、どうして、私の息子が病いに倒れなければならなかったのか、という行き場のない怒りと苦しみは尽きません。彼の命の炎がだんだん消えていくのを、泣きながら見守るしかなかったあの圧倒的な絶望感も。
 このサイトに来れば、同じ思いを抱いていらっしゃるだろう皆さんと少しでも気持ちを分かちあうことができる、そんなふうに勝手に思って、今日はちょっと感情的になっているかもしれません。すみません。

 彼の病状がぐっと悪くなっていったのが一昨年の年末。続いての年始はずっと彼のベッド脇に布団を敷いて、酸素マスクの彼を一晩中見守り続けました。何とか彼がこの危機を乗り超え、あともう少しの間頑張れるのでは、と言う甘い希望も打ち砕かれ、みるみるうちに弱っていった息子。そんな彼が可哀そうで、でも本当にいとおしくて、胸が張り裂けそうでした。

 彼が亡くなってからは、ただ寝て起きて食べてのロボットのような生活。そんな中で、彼が闘病中に「お母さん、俺に構わずに仕事行きなよ。外に出て歩いてきた方が良いよ。」などと良く言っていたことを思い出し、しばらくしてよろよろと仕事に戻りました。「働き過ぎじゃないの、ほどほどにすれば。」というこれも息子のアドバイスもあったので、仕事はセーブしたものに変えましたが、ある意味、仕事が今の私の生活の心の支えとなっています。息子の深い思いやりに今では感謝しています。

 こうして思い返すと、息子が私に教えてくれたこと、良いきっかけや刺激を与えてくれたことは、数限りなくあります。彼が私の中で生き続けていることの証しとしてこれからもしっかり頑張っていこう、と奮い立つ自分と、でもやっぱりお前に会いたいよ、と泣き崩れる自分を何とかコントロールしながらの毎日です。

 年が明けて、コロナのため緊急事態宣言も出る厳しい状況ですが、皆さん、天国にいる子供たちに心配をかけないように、感染に注意しながら、少しでも元気でいられるよう、頑張ってまいりましょう。

 

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