返信先: 新しい命について悩んでいます。また何か起こるのでは・・・

#3471
北風と太陽

あすかさん、はじめまして。
私は3年前に当時6歳の娘を亡くしました。 姉の下に3つ下の弟がおります。
いまあの頃を思い返しても、よく生きてこれたなと自分を褒めてやりたいです。。

私と主人は娘が亡くなってすぐに、たまらぬ寂しさから新しい命を迎えたいと思い、
それから2ヶ月で赤ちゃんを授かることができました。
そして亡くなった娘の予定日だった日に、女の子が無事に産まれました。
(娘のお誕生日の3日後に産まれてきました。)
なかなかこのような考え方をする方はいないのかも知れませんが、私たち家族は産まれてきてくれた娘が、亡くなった娘の生まれ変わりだと思っています。
あすかさんのお考えとは違うかもしれませんが、すみません。あくまでも我が家の考え方です。

亡くなった娘を忘れることは、3年たった今でも片時もありません。
どれくらいの背丈になっていたのかな。もう漢字をたくさん書けるようになっていたのかな。好きな人はできたかな、、どんな場面でも成長した娘を想像し涙します。

現在2歳になる娘は、6歳まで生きた娘の面影ばかりで、私たちはそれを見つけるたびに嬉しく思います。
また最初から娘を育てられている、そんな喜びを感じる日々です。

6歳の娘はもう見えなくなってしまい、悲しくて寂しくて辛いのは変わりません。
矛盾しているように感じられるかもしれませんが、娘が居なくて寂しいのも事実。きっと一生消えません。
そして新しく産まれてきてくれた娘に救われているのも事実です。
そんな風に、亡くなった子と混同するのはかわいそうだ…と仰る方もいるかも知れません。
ですが、これからも家族で生きていくために、いろんな風な考え方があっていいと思っています。
どんなに辛くて引きちぎられそうな毎日でも、生きていかなくちゃいけないですもんね。

妊娠中は、産院の待合室で幸せそうな家族を見ては泣けて、産まれてきてくるまでは不安しかありませんでした。
産後も、やはり極度のストレスもあってか、上二人の時にはでた母乳が、ほとんど出ませんでした。
今でも不意に涙が出て、止まらなくなる時もあります。
ですが腹を抱えて笑える日も、息子と産まれてきてくれた娘のおかげであります。
今も2人の寝顔を見て、泣けるほど幸せな気持ちになります。
 
逆縁という絶望を味わったからこそ、前の自分より小さな幸せに気付いたり、しんどい人に気付き寄り添えるようになったように思います。
また、人は1人では生きていけないという当たり前のことにも気付くことができました。
当時3歳になりたてだった息子が、あるとき娘の遺影をじっと見つめて
「○○ちゃん、赤ちゃんになって帰ってくるって」と言い、その数日後に妊娠がわかりました。
もうわたしの残りの人生は消化試合だなと思ったあの日に光をくれたのが、産まれてきてくれた娘です。  
 
いま、家族や親族や友人達やお世話になった先生たちが、私たち家族を茶化さずに「また○○ちゃんに会えてよかった。おかえり」と娘を見て涙してくれること、何より有り難く感じています。
娘や息子だけでなく、周りの方々の優しさにも救われています。

一年生になる息子は、「前は僕がたくさん
○○ちゃんに可愛がってもらったから、今度は僕が可愛がる番!」と妹をものすごく大切に溺愛してくれています。

あすかさん、悲しんでいても残酷に明日はやってきて、日常が進み、周りはもう普通の生活を送っていることの違和感。わたしもこの3年、毎日感じてきました。。

我が家の場合は、生まれ変わりという特殊な価値観で捉えてますが、
いろいろな価値観でいいと思います。
そして赤ちゃんを授かりたいと思うことに、早いも遅いもないと私は思います。

悲しく辛い日々の中、長男さんの子育てとお仕事に家事に、そしてこの未曾有のコロナ。。
なかなかご自分の体を労る時間をもつのも難しいかもしれませんが、どうぞお身体ご自愛なさってください。

長々とつらつら書き連ねて申し訳ありません。
我が家の場合の話なので、そんな風な考え方もあるんだな…くらいに受け止めていただけたら幸いです。 

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