同じ病で一人息子を亡くされた方にお会いし色々と話せた

#1907
泣き虫パパ

昨年一人息子を病で亡くしました。27歳でした。母性遺伝の進行性筋萎縮性の難病で根治療法は未だに解明されていません。1歳6ヶ月の時にこの病気と診断されました。家族3人谷底に突き落とされたような思いでしたが、この子と一緒に悔いの残らぬよう精一杯生きていこうと誓いました。お兄ちゃんの車椅子を押してあげる妹弟がほしいと思い、2番目の子をもうけようと思ったのですが授かりませんでした。神様が、「この子に全ての愛情を注ぎなさい。」と言っているんだろうと思うようにしました。

決して平坦な道ではありませんでしたが楽しい思い出もたくさん作ることができました。しかし二十歳を過ぎた頃から、私と家内、どちらかでも先に倒れたりしたら家族は崩壊する。この子がいる限り私たちは健康でいなければならない。終わりの見えないプレッシャーに押しつぶされそうになるときもありました。しかし、ある日突然、本当に残酷なまでにあっけない別れがやってきました。

悲しいと言うより現実として受け入れられない茫然自失の状態でした。空虚な毎日を過ごす中で、あの子が二十歳過ぎから感じていたプレッシャーがいかに私たちにとって、かけがえのない生きがいだったか、心の支えだったかという事を改めて思い知りました。

亡くなった後、精神安定上良かったと思える事は、同じ病で一人息子を亡くされた方にお会いし、色々と話せたことです。それによって急に前向きになれるなんて事はありませんが、同じような経験をされた方との会話は一時の平穏をもたらしてくれました。

これから先、残り少ない人生で心から喜べることなんてもうないと思います。しかし残された2人が少しでも元気で仲良く暮らしていくことを息子は望んでいたと思います。ある程度の年齢になったとき自分がどういう病気かと言うことは息子も知っていたはずです。「何でぼくは何も悪いことなんかしてないのにこんな病気で生まれてきたんだよ。」と両親が責められる時がきっと来るだろうと覚悟していました。しかしそういう言葉は一言も発しませんでした。

遺伝性の病気であるにもかかわらず、両親を一切責めることなく短い一生を精一杯生き抜いた息子を誇りに思います。私たち2人は残りの人生を息子に恥じないよう生きていこうと、毎日を過ごしています。

拙い長文で失礼しました。最後までお読み下さった方々、ありがございました。

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